君に送る花言葉
「ん?なんだこれ」
それは高校二年の夏、じりじりとした熱気とセミの大合唱をBGMに、じいさんの蔵の中を見ていた時に発見した。
「裏山の地図?あ、印がついてる」
ここは華やかなものとは無縁のくそ田舎で、あるのは田んぼと山ばかり。昭和に取り残されたような所で夏休みになったとて出来る事は限られている。最近は気温も高くなり家に籠って勉強していたが、今日は朝っぱらからじいさんに「たまには外出て体動かせ」と言われ畑の手伝いをさせられた。
そして農具を片付けたあとふと気になって、気分転換に蔵を探索していたらこの地図を発見したのである。
「えーと、裏山のてっぺんあたりか」
「あ、梗一」
「紫苑。どうしたんだ?」
地図を見ていると不意に声がかかり、振り向くと幼馴染の紫苑が蔵を覗いていた。帽子を被りノースリーブのワンピース。服の間際にある小麦色と白の境界線に少しの色を感じさせる。肩までのつややかな黒髪を揺らし、涼しげな目元でこちらを流し見る姿は改めてみるととても絵になる。だれにでも優しく、狙っている男も多いというのは公然の秘密だ。
「おすそ分け。梗一のおじいちゃん、スイカは育ててなかったでしょ。畑にいるかと思って来たらいなくて、蔵の扉が開いてたから」
「なるほどね。じいさんならもう家に戻ったぞ」
「そうなんだ」
二人きりの状況に微妙に気まずさを感じる。小学生のころは毎日のように遊んでいたが、中学高校と大きくなるにつれその頻度は減っていった。なにかあったわけではない。お互いに同姓の友達と遊ぶ機会が増え、思春期に入って異性との付き合い方を見直していった、ただそれだけのよくある話だ。家が近いから放課後たまに会ったりはするが、学校ではあまり話さない。
「そこでなにをしてたの?」
「ああ、何か面白いものはないかちょっと探してた。そしたらこんなの見つけてな」
「私にも見せてよ」
手にした地図を渡そうとする前に、俺の肩越しに紫苑が覗きこんだ。ふわりと漂う花の香りとその奥にある甘い香りに思考が一瞬停止する。
「学校行ってたのか?」
「よく分かったね。うん、花壇のお花に水をあげに行ったよ。うちの学校いっぱい花壇があるから手分けしないと案外大変なんだよね。そろそろ咲きそうな子たちもいるんだ~」
(こいつ、こんなだったっけ)
最近は勉強で忙しく放課後もあまり会わなかった。だから一番印象に残っている紫苑は、一緒に田んぼで泥だらけになり、山を走り回っている男勝りな昔の姿。さっきのワンピース姿といい、知っている紫苑と知らない紫苑が混在していて変な感じがする。
「ねえ、この場所になにがあるの?」
はっと意識を戻せば、不思議そうな顔をした紫苑がこちらを見ていた。それに若干早口になりながら答える。
「さあね。けど裏にひいじいさんの名前が書かれてた。ひいじいさんはかなり金持ちだったし、もしかしたらお宝でも埋めてたのかも」
「ふふっじゃあこれ宝の地図ってこと?いいねロマンだね!」
そう言って、かつての面影を映しながら笑う紫苑はどこか眩しくて。もう少しだけこの時間を続けていたい。そして、もうこんな機会は訪れないかもしれないような予感がして半ば反射的に、その言葉が口をついて飛び出した。
「なあ、二人で宝探しに行かないか?」
目を丸くする紫苑は、一拍してふんわりとした温かい笑みを浮かべ楽し気に質問をする。
「勉強はいいの?」
「こう見えて俺、夏休みに入ってからほぼ勉強しかやってないんだ。だから一日くらい平気だし、むしろいい息抜きになる」
「そ。そうゆうことなら、一緒に探検に行く?」
いたずらっ子のように背中をつつく紫苑と一緒に、夏休みの朝、俺たちは宝探しへと出発した。
==========
「よし、準備できたよ梗一」
「それじゃあ行くか」
スイカをじいちゃんに渡し、水筒なんかを準備して俺たちは早速山へ向かった。紫苑は山道ってことで一度家に戻ってズボンを履いてきている。
「あ、この用水路で昔ザリガニとったよねー」
出発して少し。畑やあぜ道、花壇の横を通り抜け、山の麓に流れる用水路で紫苑がしゃがみ込む。俺も隣に習ってしゃがむと、石の陰に相変わらずザリガニがいるのをみつけた。さらに探すと反対の壁近くにカメもいた。
「ここでカメ見つけた日は運勢が良い日ってのがあったよな。今日は運がいいみたいだぞ?」
「だね、そしてかわいい~」
「そうか?ただのクサガメだろ」
「あののっそりした感じがいいんだよ」
そんなことを言い合って用水路を後にする。このまま川をたどって行こうと決めて、飛び出している枝に気を付けながら、俺たちは上り坂を登って行った。
「なんか、二人で山に来るとすごく懐かしい感じがするね」
前を歩く紫苑が後ろ歩きになりながら呟く。その言葉で思い出されるのはかつての俺たち。
「そうだな。いつだったか、山で迷子になってお互いの親にしこたま怒られたこともあったな」
「あーあったあった、梗一が秘密のトンネルがあるとか言ってあたしを連れ出した時のやつだね!今日はドングリでも辿る?もう年齢的に厳しいと思うけど!」
「紫苑が一人でデカい森の精に会ったら泣き出しそうだし、かわいそうだからもうやらないさ」
「森の精はかわいいから泣かないよ!、、ん?森の精って子供にしか見えなかったよね。しれっと自分のことは棚に上げて何言ってくれてるのかな?」
「気のせい気のせい」
「だよね。夜一人でトイレに行けなくて変な維持張ってた人が言い間違えただけだよね。マシになったのは確か~」
「なあ、そのことだれにも言ってないよな?悪かったから。なあってば」
昔話に花を咲かせていると、最初の気まずさは噓のように消えていった。よく遊んでいた頃のように遠慮のない口調になる。あと怖かったのは小学生までだ。そこで暗闇も克服した。したと言ったらしたのだ。
そして汗をじんわりかいてきた頃。跨げる程度だった小川の幅が広くなり、十分も歩くと開けた草原とちょっとした河原が現れた。ここも昔からの思い入れがある感慨深い場所だ。今年の蛍も、暗闇の中ぼんやりと煌びやかに光る様が幻想的だった。
「ねえ梗一、いったん涼んでいかない?」
「まあ急ぐ必要もないしな。汗かいたし休憩するか」
「やったー!ほら梗一も早くおいでよ!」
川に駆け寄り水を掬う姿に親心を感じさせられながら、俺も川に手を入れる。蛍がいるだけある綺麗な水は程よく冷えていて気持ちいい。
「ほらっこうしたほうが涼しいんじゃないっ?」
靴を脱ぎ、川にくるぶしまで浸かっている紫苑がパシャッと水を飛ばしてくる。
「うわっ濡れるじゃん!」
「これくらいすぐ乾くよ!」
「なら、、そおいっ」
俺も川に入り、お返しにバシャアっと水を掬いあげた。足を狙ったから派手さに反してそれほど濡れてないが、紫苑は大げさに反応しきゃあああっという歓声だか悲鳴だか分からない声を上げる。
「やったな~っそれ!」
少しの間、もはや水浴びになった休憩に勤しみ遊んでいた。
そして再び宝探しに戻る。この夏場なので、俺たちの薄い夏服はすぐに乾いた。風邪をひくどころか、濡れてたおかげでしばらく涼しかったので水浴びはファインプレーだったといえる。
「結構歩いてきたけど、案外着かないね」
「慣れてない山道だからってのもあるんだろうが、これでまだ半分くらいだな」
来慣れた道は過ぎ去り、人の手入れもほとんどされてない山道を登る。地図によるとこの道をずっと登っていけば頂上付近までいけるはずだ。
「それにしても、おかげでびしゃびしゃにされちゃった。私をあんなあられもない姿にして楽しむなんて、、。いやって言ったのに容赦なく攻めるんだから」
「おうあれはお互い様だしそんなつもりはねえよ。あと言い方がやらしいんだよ」
「想像力豊かだね。小説書けるんじゃない?大人の」
「ことずてに人を妄想の達人みたいに言うな。紫苑のほうがよっぽど適正あるわ」
肩を抱き、照れたように目線をそらして意味深なことをのたまう紫苑にジト目を送る。しかし実際、つい俺もはしゃぎすぎて川から上がった時は目のやり場に困る状態だった。何も感じなかったかと問われれば No と答えるしかないが、反応したら負けな気がして何事もなかったかのように振る舞う。耳が赤くなってないといいが。
さらに上ることしばし。そいつはいきなり現れて、余計なスリルを運んできた。
「ふう、だいぶ登ったな。いまどのへんだろ」
「っ!?梗一!」
突然の紫苑の焦りの含まれた声を聞き急いで振り向くと、そこにはこちらを見据える一匹の猪。
「ブィィィッ」
俺の太ももくらいの高さに頭がある猪との距離は5メートルもない。あんまり急に現れるから一瞬呆然とする。しきりに地面に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ仕草に再起動する。心臓が大きく跳ねて血の巡りを全身で感じるが、隣で怯える紫苑をみると冷静に体が動いた。
「静かに。目を離さないでゆっくり下がれ。大丈夫、俺がなんとかするから」
走ったりしないよう落ち着かせるため紫苑の手を握る。数歩下がると猪も付いてきた。
「っ!?」
「大丈夫だ。そのままゆっくり動け」
びくりと震えた紫苑を落ち着かせ、慎重に下がり続ける。するとこちらに興味を失ったのか、数メートルついてきた後に茂みの奥へと消えていった。
「ふうぅ。いったか。まさか会うとは思わなかったな」
「、、 寿命が10年くらい縮んだよ。ありがとね梗一」
「前に畑にきたのを見ててよかったぜ。初めてだったら俺もあわててたかも」
「どうする?降りる?」
「んー、あと5分もあればつくだろうし、猪は基本臆病だから大丈夫だろ。子連れならヤバイけど一匹だけだったしな。、、、、ぷっ、あはっははははは!!あービビった!」
一難去ったことを意識し緊張の糸がほぐれると、なんだか無性に笑いが込み上げてきた。座り込んでその衝動に少しの間身を任せる。
「ふふっ、ほんと、心臓バクバクだよ!」
紫苑もへたり込みながら口を大きく開けて笑う。そしてふいに視線を落とした後、今度はにんまりとした笑顔を俺に向けてきた。
「ね、いつまで手をにぎってるの」
「あっすまんっ」
「いいよ。ん~と、よくぞわたくしを守ってくださいました。城に戻ったら褒美としてスイカを授けましょう~」
「ぷっ、もう頂いてますよー姫」
「わたくしからのスイカが食べられないというのですか!さあ、冒険はまだ終わってませんよ!しっかり守ってくださいね!」
「はいはい、ずいぶんやんちゃな姫だこと」
今度は紫苑に手を引かれ、俺たちは再び進みだした。心臓はまだ高鳴ったまま、もう少し休んだほうがよかったかもしれない。
「あそこから開けてるよ!やっと頂上だね!」
それからほんの数分もかからず、俺たちは頂上へとたどり着こうとしていた。紫苑が浮かれた足取りになっていて俺も少し浮足出すのを隠せない。ここまで色々あったし、どんな宝があるのか期待が高まる。勿論ガセの可能性も承知してるが、宝や一攫千金を目の前にして興奮しない男はいないのだ。 それぞれの思いを胸に、木々の木漏れ日が落ち着く薄明りの中から日の光溢れるただ中に飛び出した。そこにあったのは______
「、、、、、、、綺麗だね」
「、、、ああ」
目に飛び込んできたのはあたり一面の花畑。赤い花が何百何千と集まって美しいカーペットを創っている。青い空と流れる雲、眼下に見える俺たちの村。そよ風が運ぶ香りとざわめき。まるで一枚の絵画のような幻想的な景色がそこにあった。
「この花、、ベゴニアだ」
「へえ、よく知ってたな」
「この地域は花の伝統産業が盛んだから色んなところに花があるじゃん。私が園芸部なの差し引いても、梗一も興味なくてももうちょっと知っとこうよ。それはそうと、あの地図ちょっと見せてよ」
「いやあ、ずっと言われ続けて逆にめんどうになったというか、な」
ポケットから地図を取り出し渡すと、紫苑は表面だけでなく裏面なんかも見回している。なにか探していたみたいだが、やがてお目当てのものを見つけたのか、ある一点を見つめ大きく息を吐いた。
「なにか分かったのか?」
「うん。きっと、この花畑が宝なんだよ」
そう言って紫苑が指さしたのは裏面の端。そこには色も落ちてきた字で「秋子へ」と書かれていた。
秋子は俺のひいばあさんの名前だ。それで俺も経緯を察する。
「なるほど。ここはひいじいさんがひいばあさんのために作った場所だったってわけか」
「梗一のひいおじいさん、凄く素敵な人だったんだね。胸がキュンとしちゃったよ」
「ロマンじゃなくロマンチックが広がってたかー」
思っていたものではなかった。それでもなんだか悪い気はせず、素直に美しいと思う。花も、かつてこの場所で咲いた思いも。二人で花畑を歩いたあと、花と俺たちの家が見渡せる特等席に腰を下ろす。
ひいおじいさんたちも、ここに座って花をみていたんだろうか。告白はこの花畑でしたのかもしれない。いや、時代的に結婚後だろうか。どんなやり取りがあったんだろう。
幼い頃にこの世を去ったから話した記憶はほとんどない、いままでどこか曖昧だった彼らの存在が、確かにこの世に生きていた人間として俺の胸の中で実感し、点を通して線となる。
「もっと、話を聞いてみたかったな」
「そうだね。でも、今もこうして綺麗に咲いてるってことは誰かがお手入れしてるってことじゃない?梗一のお父さんとかに聞けば、ベゴニアの事とかひいおじいさんたちについてなにかわかるかもよ?」
「確かに。なんで遺してるのかにも色々と理由がありそうだし、後で聞きに行くか」
しばらく、景色を並んで眺める。とても穏やかで心が透き通るような時間。鳥のさえずり、草花や土の匂い、肌を優しくなでる風。感じるすべてが心地いい。
「ねえ、梗一はこの町から出ていくんでしょ?」
どれくらいそうしていたのか、紫苑がそよ風のような、この場を壊さないよう気を付けているかのような声で尋ねてきた。
「ああ、俺は都会に行く。こんな田舎とおさらばしてデカくなるんだ」
「そう。それじゃああんまり会えなくなるね」
そう小さくつぶやく紫苑の横顔は、どこかさみしそうに遠くを見つめていた。紫苑にそんな顔は似合わないと心がざわつく。俺はその横顔に何か言うべきことがある気がする。でもその何かが出てこない。教えてくれひいじいさん、こんな時あんたならどうしてた?
その時強い風が吹き、花びらが幾枚か飛んできて一瞬目をつぶる。それがなんだか、ひいじいさんが俺を叱ってるような気がして。ふっと笑って肩の力を抜くと、その言葉はすんなり出てきた。
「紫苑。今度ある夏祭り、一緒に行かないか?」
一陣の風が、俺の悩みを攫っていってくれた。そうだ、大事なのは俺がどうしたいかだ。じいさんでも紫苑でもない俺自身の思い。
「、、、なんかやたらと自信ありげだね。でも、人多いし、学校のみんなに見られたら変な勘ぐりされ
るかもよ?」
俺がそう切り出すと、紫苑はどこか面食らったような顔をしてまじまじと俺を見つめ返した。そして一転し、からかうように、あるいは遠回しに遠慮するように返事をする。
「別にいい。それよりも、今行動せずに後悔する方が嫌だ。今日は紫苑と遊べて楽しかった。昔みたいにはしゃいで、笑って。だから、もう少しお前と一緒にいたいと思ったんだ。どうだ?」
そう言うと紫苑は今度こそ驚きをあらわにし、からかいもせず顔をそむける。だが赤くなった耳は隠せていない。
「、、後悔するんだ」
「ああ。悔いは残したくないからな。紫苑も悔いは残すなよ?それに、俺が都会に行っても音信不通になるわけじゃない。気が向いたら遊びにこいよ。案内できるよう勉強しとくから」
「、、、急にそういう事言われたらハズいじゃん。どうしたんだよまったく。
行こう、お祭り。その、誘ってくれて嬉しい、です、はい、、」
振り返って、右下を見つめながら嬉しいと言ってくれた紫苑はリンゴみたいで。この気持ちがなんなのか、なにに対する感情なのか、俺はまだよく分かっていないけれど。それでも今この時を大事にして、いつか必ず答えを出したいと思った。
やたらと耳に響くセミの声。生きた証を残そうと必死に鳴くその声は、この夏が特別なものになるような予感を俺に伝えてきた。
********
私が初めて梗一を意識し始めたのは中一の頃だった。きっかけはなんだったんだろう。小さい時から一緒にいて、体が大きくなってきて。遊んでいるときの無邪気な笑顔とか、ふとした時に見せる力強さとか、弱さとか、困っていたらいつも助けてくれる頼りがいとか、気遣い上手なとことか、たまに天然なとことか。そういう色んなきっかけが積み重なって、気付いたら梗一を目で追うようになっていた。
でもそれを自覚する頃には、私たちの間に見えない線が引かれていた。越えられない線でもない、越えちゃいけない線でもない。唐突に表れた思春期特有の一線。私はその、こっちとあっちを分ける線を跨げなかった。
女のコミュニティは噂の広まる速さと情報網が異次元だ。学生の女の子は基本何人かのグループごとに構成されている。トイレにも連れだっていくし大抵グループの子との行動を大事にする。どこもグループが出来上がってるから、一度抜けるとよそのグループへの転職は難しい。グループ以外の子とも普通に話はするけどどこかでストッパーがあるのだ。何度か、男の子を羨ましく思ったりもした。
特に多感な中学校では、余計なおせっかいや摩擦を恐れ、私は何もないように振る舞った。みんないい人たちなのは分かってる。困ったことがあれば助けてくれるし優しい自慢の友達だ。でも私は、この事だけは自分の胸の内だけに仕舞っておきたかった。
高校生になり、男女の差なんかは落ち着きを取り戻しそれぞれの交流も増えてきた。私もたびたび梗一に話しかけに行ったけど、そのころの彼には本気で打ち込める夢ができていた。
「俺は都会にいってでっかい仕事をするんだ。十年後の俺みて腰抜かすなよ?」
「んだよでっかい仕事ってww」
「はは~梗一様~」
どこかふざけて友達と笑いあう姿とは裏腹に、梗一は本気で夢を追っていると私は知ってる。時間があれば単語帳をめくり、夜も遅くまで電気が付いていた。そんな梗一の邪魔をしたくなくて、会いに行くことをやめてこの思いは胸に秘めておこうと思った。
「紫苑~、これ梗一君のとこに持っていってちょうだい」
でもある夏の日、お母さんにそう言われて私の胸はトクンと高鳴った。会う口実ができちゃったどうしようっ。まるで言い訳を探す子供のように、ずっとその言葉がリフレインする。少しだけ、スイカを渡すだけだと言い聞かせながら、心の片隅では何かを期待して私は梗一の家へ向かった。
「紫苑。どうしたんだ?」
久しぶりに正面から見る梗一はさらに大人の男性へと近付いていて、あの頃同じくらいだった背はとっくに抜かされ、肩幅もがっしりとしていた。名は体を表すというけれど、まさに名前に入っている桔梗の花言葉ー「誠実」ーを体現しているよう。呼びかけられたことにしらず胸が弾むのを感じながら、いつも通りを心がけて話しかける。本当はスイカを渡して終わりだったのに、楽しくて中々切り上げられない。
そして君は、二人で宝探しに行こうと誘ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか。この冒険を最高にいい思い出にしよう。そう決意して、私たちのひと夏の冒険の幕が上がった。
==========
穏やかな青空の下、綺麗な花畑を二人で眺める。束の間の回想から戻ってきてちらりと隣を伺うと、そこには花を見つめる君の姿があった。
今日一日、本当に楽しかった。あの頃に戻ったみたいで胸が高鳴りっぱなしだ。テンション上がっちゃって少し大胆になったりしたけど、君は濡れた私に反応してくれてたよね。平静を装ってたのが可愛かったよ。猪から守ってくれて、手をとってくれて、すっごくすっごくかっこよかったよ。照れ隠しでおかしなことも言ったけど、のってくれてありがとね。
だけど、楽しい時ほど終わりが憂鬱になる。そしてつい、困らせるだけだと分かっていながら本音の一部を零してしまった。
「紫苑。今度ある夏祭り、一緒に行かないか?」
でも、君はそんな思いもまるっと受け止めてくれた。後悔したくないと、また会えると言ってくれた。
___いいの?後悔しないよう行動しても。
自分に問いかけるが、答えはもう決まっている。もうこの思いは止められない、止めたくない。 梗一、君は知らなかったみたいだけど。
_____ベゴニアの花言葉は「愛の告白」「片思い」。
こんなめんどくさい私だけど。うじうじして弱い自分を隠す私だけど。もう縮こまったりしないから、勇気をだして思いを伝えるから。
だからいつか、私のベゴニアの花を、受け取って下さい。




