女神の呪いで「お姉様に毒を盛ったのは私」と自白させられた。~愛される王子妃になるはずだった私は、今日も床に這いつくばる~
ひとつ前の短編
妹が「お姉様に毒を盛ったのは私」と自白した。~怠け者だと婚約を破棄されたわたくしは、隣国の王太子に愛を囁かれる~
の妹視点になります。
単体で読んでも大丈夫だと思いますが、先にそちらをお読みいただいてからの方がストーリーがわかると思います。
明日は待ちに待った婚姻の日。
私が誰よりも輝く希望の日。
「おめでとう、イエナ。立派な王子妃となり殿下を支えるのだぞ」
「はい、お父様」
真面目な表情で差し出してきたお父様の手を軽く握ってすぐに離した。
早くいなくなればいいのに。
せっかくの幸せな気持ちが台無しだわ。
「大丈夫だよ、イエナなら誰からも愛される王子妃になれるさ。だってこんなにも愛くるしいんだ」
両腕を広げた叔父様は、満面の笑顔で私を褒めてくれる。
「ありがとう、叔父様。私頑張るわ!」
私は迷わずにその胸に飛び込んだ。叔父様がぎゅっと抱き締めてくれる。
バートンお父様。私のたったひとりの本物のお父様。
「まあ、なんて仲がいいのかしら。まるで実の親子のようね」
お母様が嬉しそうに微笑んだ。
そうよ、お母様とバートンお父様と私。本物の家族は私たちに三人だけ。
用済みのお姉様も偽物のお父様も、この婚姻が終わったら天国に送ってあげるわ。
もうすぐ『叔父様』じゃなく胸を張って『バートンお父様』と声に出して呼べる。
*
重厚な扉が開かれ祭壇へと真っ直ぐに歩みを進める。
パイプオルガンが奏でる厳かな旋律に包まれた大神殿。参列する人々の羨望の眼差しが、私たちに注がれて気持ちがどこまでも高揚していく。
隣には、王族の象徴である輝く金色の髪を後ろへと撫で付けたハロルド様。
彼の腕に手を添えて歩く私はまさに、主人公だわ。
ハロルド様も私も純白の婚礼衣装を纏っている。刺繍も装飾も何一つないのは不満だけど、『清廉潔白』を示すためだとハロルド様に説明されて我慢した。
その代わり、これから新しいドレスをたくさん仕立てて貰うわ。だって、私は愛される王子妃だもの。
参列席のいちばん端で俯いて座るリネットお姉様の姿が視界に入った。綺麗に結い上げられた私の髪と同じ亜麻色の髪は艶を失いくすんでいる。
ほんとうならハロルド様の隣にいたのは、お姉様なのに。
一年前、原因不明の高熱に倒れたお姉様。その後は後遺症によって体力に集中力そして記憶力が衰え、ハロルド様との婚約を解消されてしまった可哀想なリネット。
――まあ、私が毒を盛ったのが原因だけどね。
お母様と叔父様――バートンお父様から渡された毒でリネットとお父様を殺して、私がハロルド様の婚約者になる。それからお母様とバートンお父様が夫婦となって二人の実の子の私と三人本物の家族に。
計画通りにリネットは死ななかったけれど、婚約者の座は手に入れた。後は改めてリネットと偽物のお父様に消えて貰う手筈を整えて決行するだけ。
さあ、せいぜい私の晴れ舞台を惨めに眺めてなさい。怠け者のお姉様。
リネットとは対照的に、満面の笑みを浮かべるバートンお父様と目が合った。嫡男ではないバートンお父様は、今まで一度も王族の婚姻に参列したことがないと悲しそうに呟いていた。だけど今日、私の父としてこの場にいる嬉しそうなバートンお父様の姿に胸が熱くなった。
祭壇の奥には見上げるほどの大きさの女神ヴェリミナの像。大理石で出来ているというその艶やかな像の白い瞳と目が合うと一瞬、背中がゾクリとした。
女神様なのになんだか怖い顔。
嘘を嫌う女神ね……。リネットは呪いを信じてたけど、バートンお父様が言っていたわ『祝福の花は神殿の神官たちが隠れて天窓から撒いているだけだろう』って。お母様だって『呪いなどあるわけがない』と笑っていた。
そうよ、馬鹿馬鹿しい。呪いなんて存在しないわ。
「これより、女神ヴェリミナへと『高潔なる真実の宣誓』を執り行う。――偽りあれば、すべて白日のもとに晒されよう。汝らの言葉に一点の曇りなくばヴェリミナの祝福が花となりて降り注がん。……さあ宣誓を」
年老いた神官の声が響いた。
「我、ハロルド・アイザックスは女神ヴェリミナに誓う。我が心、我が魂は高潔であり一点の偽りもないことを」
ハロルド様が、堂々と朗々と宣誓された。
「我、イエナ・ゼインは女神ヴェリミナに誓う。我が心、我が魂は高潔であり一点の偽りもないことを」
続いて私も特別可愛い声で誓いの言葉を述べる。
さあ、祝福の花を降らせなさい。
……。
早くしなさいよ、どんくさい神官ね。
花を降らせるのを催促したくて、天窓を見上げたけれど、そこには誰もいなかった。そもそも人が隠れる場所など存在しない。
おかしいわね。バートンお父様はあそこに神官が……と考えた瞬間。
「――っ。あの夜、お姉様に毒を盛ったのは私よ。でも熱が出ただけで死ななくてがっかりしたわ。だけど熱が下がってから後遺症に苦しむお姉様を見てこれだと思った。毎日毎日、少しずつ紅茶に毒を混ぜてやったのよ。あの完璧なお姉様が人前で恥をかいて叱責されるのを見るたびにおかしくって笑いだすのを堪えるの大変だったわ!」
私の口が勝手に言葉をしゃべりだした。
何? どうして? なんで勝手に?
私の言葉に、神殿内がざわめいていく。
ま、待って、私なんて言った?
『お姉様に毒を盛ったのは私』
慌てて口元を両手で押さえた。全身から血の気が引くのが、はっきりとわかる。
誇らしげだったハロルド様の表情が失われている。戸惑いに見開く瞳射貫かれた。
嫌、誰か、助けて……!
お母様! バートンお父様!
両親の方を振り返った私の口の指の隙間から、また言葉が滑り出す。
「ぐっ……。あの毒は叔父様が用意してくれたわ。叔父様とお母様は愛し合っているのよ。二人の愛の証が私! 私の婚姻が結ばれたらお姉様とお父様にあの毒を飲ませて、叔父様とお母様と私は本当の家族になるのよ! 今度こそ失敗しないわ。……ああ、なんなの? なんで勝手に言葉が出るの? 呪いなんて嘘なんでしょ? ねえ、お母様! バートンお父様!」
ああ、終わりだわ。何もかも終わり。
バートンお父様がお父様に殴りかかられそうになっているのを呆然と見つめるしかできない。
「不義の子だということか?」
どこからか聞こえてきた声に、頭を殴られたみたいな衝撃を受けた。
……不義の子?
違う、違うわ。私はお母様とバートンお父様の真実の愛の証なのよ?
私はみんなに愛される、可愛いイエナなの!
「……リネット、すまない。君が苦しんでいたのに僕は……僕は、君を支えることなく責めてしまった。どうか許してほしい。そして、もう一度僕の婚約者として隣にいてくれないか」
ハロルド様が亡霊のようにふらふらと祭壇を降りる。そのまま力なく進む先にはリネットの姿があった。
「ハロルド様! 待って、お願い行かないで。 私が貴方の妃になるのよ!」
必死に引き留めようとしたけれど、私の声が聞こえていないのかハロルド様は一瞥すらくれなかった。
「私は貴方だけを愛しているのよ? だから、戻ってきて……っく……私の体はとっくに純血を失ってるのに、口づけのひとつもしてくれないなんて、つまらない男! あの夜の騎士は情熱的だったし、あの旅商人はとても優しくしてくれたわ……。 ぎぃぃぃ。もうやめて!」
参列していた貴族たちの汚い物でも見るような視線が突き刺さる。
許せない、私は王子妃になる女なのよ?
『イエナを見てご覧。君のために自分の時間を犠牲にして付き添っているんだよ。彼女の方がよほど王子妃に相応しいと僕は思う』
ハロルド様だって私を褒めてくれじゃない!
「なんと穢らわしい。王家を、いやこの『偽らざる国』を欺いた大罪、断じて許されんぞ……! 女神ヴェリミナ様、どうかこの不届き者に罰をお与えください!」
年老いた神官の怒りに震える声がうるさい。
罰? 私が罰を受けるの?
……なんで? どうしてなの?
見えない何かを追い払おうと喉を掻き毟る私が見たのは、リネットの前に跪く黒髪の男の姿だった。
かろうじて私の耳に届いたのは「愛している」という言葉と周囲の歓喜の声。
そして――。
どこからともなく舞い散るのは白い花。嗅いだことがない甘い香りはむせ返り、吐き気がするほどだった。
これが、女神の祝福。
騒然となっていた神殿のあちこちから喜びの声が生まれ、次第に歓声がすべてを飲み込んだ。
私が手にするはずだったモノ。
私が手にできなかった幸福が、そこには溢れている。
「いやぁぁぁ! お母様、バートンお父様……! 私の幸せが……幸せが……」
泣きわめく私を抱き締めてくれるはずの二人は、放心したまま微動だにしない。
涙でぼやける視界に、黒髪の男と寄り添い歩き出すリネットの背中が眩しい世界に消えていくのが見えた。
*
冷たい石畳に膝をついて手にした硬いブラシでなげやりに床を磨く。ガリガリと耳障りな音が響き、指先は荒れ果てている。端から端へとひたすら磨き続ける。来る日も来る日も、同じことの繰り返しだ。
くたくたになるまで働かされ、与えられるのは粗末な食事。窓のない部屋は外から鍵がかけられて自由などない。部屋にあるのは薄い毛布一枚だけ。
何度も逃げ出そうとした私の脚には、動きを制限する重い枷が嵌められている。動くたびに冷たい金具が食い込んで痛んだ。
あれからすぐにハロルドは王位継承権を剥奪され、私との婚約も破棄された。
侯爵家の娘から重罪人へと落とされてしまった私は、神殿で死ぬまで重労働をしなければならない。
お母様とバートンお父様はそれぞれ遠くの監獄に連れていかれて、私たち家族は離ればなれになってしまった。
リネットはあの黒髪の男と婚約したらしい。まさか、あれが隣国の王太子だったなんて。
私は大好きな両親にも会えなくなり、王子妃の座も奪われてこんな惨めな暮らしをしているのに。なんで、あの女が幸せなの? 不公平だわ。
なんて可哀想な私。
「女神様への謝罪の気持ちを込めていますか? イエナ」
「はい。もちろん!」
監視役の若い男の神官に声をかけられ、にこりと笑顔を作って答える……けれど。
「っう……ぐっ……謝罪の気持ち? ないわよそんなの」
あの日からずっとこうだ。口から勝手に言葉が出てくる。
「……はあ。なんと罪深い。とてもリネット様の妹とは思えませんね」
「嫌い。みんな嫌いよ。リネットもハロルドもあんたも大っ嫌いよ!」
「今日の食事は抜きにします。反省なさい、怠け者」
冷たく告げる若い神官の目は私を蔑んでいるのを隠しもしない。
「い、嫌、ひもじいのは嫌。ごめんなさい……こ、この……最低男! 誰が反省なんてするもんか……! ああ、また本心が漏れてる……うわあああん!」
泣きじゃくる私を、神官は慰めるどころかこぼれ落ちた涙が石畳に染みを作るのを不快そうに顔を歪めて「汚ならしい」と吐き捨てて去っていった。
私は涙の一滴ですら不浄な存在だというの?
悔しい。悔しい。悔しい。
私は愛される可愛い存在。王子妃になるはずだった……! 誰よりも幸せな主人公なのよ!
石畳にこぼれ落ちた涙の跡をブラシで激しく擦り続けた。
……この惨めな気持ちも消えたらいいのに。
今日も女神像の真っ白な瞳が私を見下ろしている。
最後までお読みいただきありがとうございます。




