第9話「黒幕の存在に気づいた」
クロードが調べていたのは、一つの家名だった。
「ダーリン侯爵家」
図書室の奥、誰にも聞こえない声で、クロードはその名を言った。
「父上の派閥の中で、ここ数年で急速に力をつけてきた家だ。クレシェント公爵家──つまりお前の家を、政治的に追い落としたがっている」
「……なぜ私の家を?」
「クレシェント公爵家は王家の直系に近い。ダーリン侯爵家が王家に取り入るには、お前たちが邪魔なんだ」
私は手の中のメモを見た。昨日から書き集めた情報の断片が、一本の線でつながっていく。
「アルディアが断罪される罪状というのは、ダーリン家が仕立てたもの、ということ?」
「可能性が高い」クロードは声を落とした。「お前がヒロインをいじめた、王子の邪魔をした……そういう噂が学院内に流れているのは知っているか」
「知らなかった」
「表には出ていない。でも水面下で、確実に広がっている。誰かが意図的に流している」
(噂を流している人間がいる)
「証拠は?」
「まだない」
「証拠がなければ誰も信じない」
「分かってる」クロードが拳を握った。「だから調べていた。一人で。でもお前が今日来てくれたから」
言葉が途切れた。
「……ずっと心配だった」クロードが続けた。「お前が何かを抱えているのに、俺に話してくれなくて。でもお前は昔からそうだった。全部一人で抱えて、誰にも頼らなくて」
(昔のアルディアも、そうだったんだ)
胸が痛い。でも今は、それを言葉にする余裕がない。
「一緒に調べましょう」
「アルディア」
「一人じゃ限界があるわ。二人なら早い」
クロードは少しの間こちらを見てから、ゆっくりと頷いた。
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その日の放課後、私はアルヴィン殿下を図書室で見つけた。
いつもの席。いつもの本。でも今日は話しかけなければならない。
「殿下、少しよろしいですか」
アルヴィンが顔を上げた。
「ダーリン侯爵家について、何かご存知ですか」
一瞬だけ、アルヴィンの目が鋭くなった。それだけで分かった。
この人は、知っている。
「……なぜそれを」
「調べているのです」
「何のために」
「自分の身を守るために」
静かな図書室で、二人は見つめ合った。
アルヴィンはしばらく沈黙してから、周囲を確認して、小さな声で言った。
「俺も、調べていた」
(全員調べてた)
「クロードも同じことを言っていました」
アルヴィンが少し目を見開いた。それからわずかに、口元が動いた。笑ったのかもしれない。
「三人で動いた方が早いな」
「ええ」
「リリア・ベルとも話してみろ」アルヴィンが言った。「あの子は地方の出身だが、ダーリン侯爵家の本拠地に近い場所で育っている。何か知っているかもしれない」
(リリアが、鍵を持っている)
ヒロインが、悪役令嬢を救う側にいる。
乙女ゲームの構図が、完全に逆転していた。
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◇
夜、一人になってから、私はベッドに腰かけて天井を見上げた。
三ヶ月前、この世界に来たばかりのときは、一人で全部抱えるつもりだった。ゲームの記憶を頼りに、なんとかやり過ごせると思っていた。
でも今、隣にはクロードがいて、アルヴィンがいて、リリアがいる。
うろ覚えの記憶じゃなく、ちゃんと出会った人たちが。
(私、この世界でちゃんと生きてるんだ)
それが嬉しくて、少しだけ怖かった。
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*次話:「クロードに、本音をぶつけた」*




