第7話「ヒロインと本音で話した」
リリアと仲良くなるのは、思ったより難しかった。
図書室に案内して以来、廊下で会えば挨拶するようになった。警戒度は明らかに下がっている。でも「仲良し」かと言われると、まだ遠い。
当然だ。原作では敵同士なのだから。リリアの中に、まだ「クレシェント様は油断できない」という認識があるのだろう。
(どうすれば壁が取れるんだろう)
考えながら中庭を歩いていたら、ベンチに座ったリリアを見つけた。
一人で、うつむいている。
(……泣いてる?)
近づくと、違った。泣いてはいない。ただ、ひどく疲れた顔をして、膝の上の手紙を見つめていた。
「リリア様」
呼びかけると、リリアが顔を上げた。一瞬だけ表情が揺れて、それからいつもの笑顔を作ろうとした。
「クレシェント様、こんにちは──」
「無理しなくていいですよ」
言葉が、口から出ていた。
リリアが目を丸くする。
「……え」
「笑顔、作らなくていいです。疲れてるでしょう」
「そんなこと、」
「見れば分かります」
リリアは少しの間黙って、それからゆっくりと笑顔を下ろした。
「……実家から手紙が来て」
「故郷が恋しくなりましたか」
「それもあるんですけど」リリアは手紙を折りたたんだ。「お父さんが、早く誰かいい人を見つけろって。こっちはまだ学院に慣れるのに必死なのに」
「……親御さんは心配なのでしょうね」
「分かってるんです。でもなんか、疲れちゃって」
リリアが小さく笑った。今度は本物の、少し情けない笑顔だった。
私はベンチの端に腰を下ろした。
「私も、似たようなことを言われますよ」
「クレシェント様が?」
「早く殿下と婚約を固めろ、家の名を高めろ、令嬢らしくしろ」
言いながら、少し笑えてきた。
「令嬢らしくしろと言われるのに、令嬢らしくしたら怖いと言われて」
「……あ」リリアが口を押さえた。「私、最初にそう言いましたね」
「ええ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいです。本当のことだったので」
二人して、少し笑った。
おかしな沈黙だった。でも悪くない沈黙だった。
「クレシェント様って」リリアがぽつりと言った。「最初はすごく怖かったんですけど」
「怖かったですよね、知ってます」
「でも、なんか……本当は全然違う人みたいで」
「違う人、ですか」
「うまく言えないんですけど。前のクレシェント様と、今のクレシェント様が、なんか違う気がして」
(鋭い。このヒロイン、鋭い)
「人は変わりますから」
「そうですね」リリアは空を見上げた。「私も変わりたいな。もっと強くなれたら、こんな手紙一枚で疲れないのに」
「強くなくていいと思いますよ」
「え?」
「疲れたら疲れたって、誰かに言える人の方が、ずっと強い気がします」
リリアがこちらを見た。
「……クレシェント様は、誰かに言えますか」
私は少し考えてから、答えた。
「まだ、あまり上手にはできていません」
リリアはそれを聞いて、小さく「私も」と言った。
「じゃあ、練習相手になりませんか」リリアが少し照れながら言った。「お互い、疲れたら言い合う」
「……それは、友人ということですか」
「ダメですか?」
私は少しの間、その言葉を胸の中で転がした。
友人。
原作では敵同士のはずの二人が、中庭のベンチで友人になろうとしている。
(これでいい。これが正しい)
「ダメじゃないです」
リリアが、ぱっと顔を明るくした。今日一番の、本物の笑顔だった。
---
◇
──リリア・ベルの日記より。
『クレシェント様と友達になった。怖くなかった。むしろ少し寂しそうな人だった。仲良くなりたい』
私も、そう思った。
---
*次話:「夢の中で、記憶が戻ってきた」*




