第6話「王子と図書館で、思いがけず笑われた」
図書室に通うのが習慣になったのは、リリアを案内した翌日からだった。
情報収集に使える。学院の歴史、貴族の家系図、王家の行事一覧。断罪イベントの手がかりになるものが何かあるかもしれない。それに本が好きなのは前世からの本音だ。
だから今日も放課後、ひとりで図書室の奥の席に陣取って、「王国行事記録集」なる分厚い本を開いていた。
(王妃誕生祭の過去の記録……ここにある)
ページをめくりながら、メモを取る。式典の流れ、参加者の顔ぶれ、例年の会場レイアウト。
完全に調査モードだった。
「珍しいものを読んでいるな」
顔を上げると、アルヴィン殿下が目の前に立っていた。
(来るなら声をかけてほしい)
「殿下、いつから」
「今。集中していたな、気づかなかっただろう」
「……申し訳ありません」
「謝らなくていい」
アルヴィンは向かいの席を引いて、なぜか座った。
(なんで座るの。帰らないの)
「王国行事記録集か。何を調べている」
「少し、勉強を」
「誕生祭の?」
鋭い。この人、地味に鋭い。
「……出席するのですから、事前に把握しておこうかと」
「そうか」
アルヴィンは自分の本を開いた。どうやら本当に同じ空間で読書をするつもりらしい。
(なんで?)
理由が分からないまま、ひとまず調査を再開した。
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一時間ほど、静かに時間が流れた。
図書室には他に数人いたが、皆それぞれの読書に集中していて、会話はない。アルヴィンも本を読んでいる。私も本を読んでいる。
不思議と、悪くなかった。
(この人、一緒にいても圧がない)
クロードは心配の圧がすごい。リリアは警戒の圧がある。でもアルヴィンは、ただそこにいるだけで特に何も求めてこない。
「……読書は好きか」
静寂を破ったのはアルヴィンだった。
「ええ、好きですわ」
「何が好きだ」
「冒険譚が好きです。あとは──そうですね、主人公が最初はひどい状況にいるけれど、最後にはちゃんと幸せになる話が」
言ってから、少し恥ずかしくなった。なんだか自分のことを言っているみたいだ。
アルヴィンはしばらく黙ってから、言った。
「俺も同じだ」
「殿下が?」
「意外か」
「少し」
正直に答えたら、アルヴィンが小さく笑った。
(笑った)
口元が、ほんの少し緩んだだけだ。笑顔と呼ぶには控えめすぎる。でも確かに笑った。
(攻略対象が笑った。私の発言で笑った)
「クールで最初は冷たい系」のはずが、全然冷たくない。二回会って二回とも普通に話しかけてきて、今日は一時間隣に座って、今笑った。
(これ、もしかして最初から好感度が高い状態だった?)
原作でアルディアは何かしたのだろうか。ゲームの記憶では冷たいはずなのに。
「……なぜそんな顔をしている」
「え」
「考え込んでいる」
「少し、考え事を」
「悪いものか」
「いいえ。ただ……予想と違うことがあって」
アルヴィンは少し首を傾けた。
「俺のことか」
「……なぜそう思うのですか」
「今、俺を見ながら考え込んでいた」
(この人、本当に細かいところをよく見ている)
「気のせいでは」
「また気のせいか」
低い声に、ほんの少し笑いが混じっていた。
(からかわれてる? 私、からかわれてる?)
「失礼します、殿下」
立ち上がりかけたら、「待て」と言われた。
「本、まだ読んでいないだろう」
「……え」
「栞が最初のページのままだ」
見ると、確かにそうだった。一時間、調査ばかりして肝心の本を読んでいなかった。
「…………」
「座れ」
有無を言わさぬ口調だった。
私は静かに座り直した。アルヴィンはまた自分の本に目を落とした。
(なんだこれ)
頬が少し熱い気がした。気のせいだと思いたかった。
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◇
──その夜、私のメモ帳にはこう書かれていた。
『王子、予想と全然違う。要注意』
要注意の意味が、自分でも少し分からなかった。
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*次話:「ヒロインと本音で話した」*




