第5話「断罪イベントの日程が判明した」
運命の日を知ったのは、偶然だった。
学院の廊下を歩いていると、前を歩く上級生たちの会話が耳に入った。
「王妃陛下の誕生祭、今年は盛大になるらしいわ」
「ええ、三ヶ月後でしょう? 学院からも正装で参加するって」
三ヶ月後。
王妃の誕生祭。
(……あ)
足が止まった。
記憶の底から、何かが浮かんでくる。パーティー会場。広いホール。シャンデリアの光。そしてアルディアが──
(断罪イベント。パーティーだった。確かパーティー会場だった)
上級生たちは気づかずに歩いていく。私はその場に立ち尽くしたまま、頭の中で数字を弾いた。
三ヶ月。
九十日。
(時間がない)
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その夜、私は初めてちゃんと「作戦」を立てようとした。
紙を広げて、知っていることを書き出す。
・断罪イベントはパーティー会場で起きる
・王妃陛下の誕生祭=三ヶ月後
・アルディアは何らかの罪で断罪される
・その罪が何かは覚えていない
(……少ない)
相変わらず少ない。でも一つだけ分かったことがある。
三ヶ月以内に、断罪される理由をなくせばいい。
罪を犯さなければ断罪されない。シンプルだ。
問題は、原作のアルディアが何をしたのかを覚えていないことだ。ヒロインをいじめた? 王子の邪魔をした? 誰かを傷つけた?
(全部に気をつけるしかない)
とにかく誰も傷つけない。誰にも嫌われない。目立たない。
方針は決まった。
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翌日、作戦の第一歩として、私はリリアに話しかけてみた。
今日は笑顔を「少し崩す」作戦でいく。昨日の鏡の特訓の成果を出す時だ。
「リリア様、昨日はご挨拶できてよかったわ」
リリアがびくっとした。
「あの、クレシェント様……」
「少し、聞いてもいいですか」
「は、はい……」
「この学院で、困っていることはありますか?」
リリアは目を丸くした。
「……えっと」
「地方からいらしたなら、勝手が違うことも多いでしょう。私でよければ」
言いながら、意識して表情を緩める。完璧な微笑みではなく、少しだけぎこちない、でも本気の笑顔を。
リリアがじっとこちらを見た。
「……クレシェント様、今日は昨日と少し違いますね」
「そう見えますか」
「なんか、その……怖くない、です」
(怖くない! 進歩だ!)
内心でガッツポーズをしながら、表には出さない。悪役令嬢の沽券がある。
「図書室の場所が分からなくて」リリアが小さな声で言った。「地図を見てもよく分からなくて、三日間迷子です」
「案内するわ」
「え、いいんですか?」
「暇ですから」
暇ではないが、ヒロインとの好感度構築は最優先事項だ。
リリアと並んで廊下を歩きながら、私は心の中でカウントダウンを刻んだ。
三ヶ月。
やることは山積みだ。でも今日、一歩だけ前に進んだ。
それでいい。
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◇
──リリア・ベルの日記より。
『クレシェント様が図書室に連れて行ってくれた。優しかった。でも途中で「この棚の本は配架ルールが間違っている」と司書に指摘していた。悪役令嬢のままだった。でもなんか、少しだけ好きかもしれない』
少しでも好きになってもらえたなら、上出来だ。
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*次話:「王子と図書館で、思いがけず笑われた」*




