第3話「ヒロインと初対面、なぜか警戒された」
第3話「ヒロインと初対面、なぜか警戒された」
リリア・ベルと初めてちゃんと話したのは、学院の中庭だった。
午後の自習時間、私がベンチで「アルディアの記憶」を整理していると、向こうから歩いてきたのだ。
小柄で、栗色の髪が風に揺れている。目が大きくて、頬にそばかすが少し。地味といえば地味だけど、笑顔が明るい。確かに愛らしい。侍女が言っていた通りだ。
(ヒロインだ。本物のヒロインだ)
緊張で心臓が跳ねる。
原作では私──アルディアがこの子をいじめ倒す役どころらしい。だから絶対にそうはならないようにしなければならない。とにかく優しくする。笑顔で接する。好感度を上げる。
リリアがこちらに気づいて、歩みを止めた。
私は立ち上がり、できる限りの笑顔を向けた。
「リリア・ベル様ですわね。ご入学おめでとうございます、アルディア・フォン・クレシェントと申します」
完璧な挨拶だと思った。丁寧で、威圧感がなくて、好感が持てる。
リリアは──固まった。
(……え?)
笑顔のまま、でも目だけが微妙に揺れている。まるで突然目の前に熊が現れたときのような顔だ。
「あ……はじめまして、リリア・ベルと申します」
声が少し上ずっていた。
(なんで? 優しくしたのに)
「学院の生活には慣れましたか? 分からないことがあれば何でも聞いてくださいね」
「……はい、ありがとう、ございます」
一歩、後ずさりした。確かに後ずさりした。
(なんで距離を取るの!? 私、何か変なこと言った?)
「中庭のおすすめの席はあちらですよ。午後は日当たりがよくて──」
「あの、クレシェント様」
リリアが、意を決したように口を開いた。
「突然で申し訳ないのですが……何か、ご用件がおありでしょうか」
(用件?)
「いいえ、ただご挨拶を」
「そう、ですか……」
リリアはじっとこちらを見つめてから、小さな声で言った。
「笑顔が……とても、お綺麗ですね」
「ありがとうございます」
「怖いくらい、お綺麗で」
(怖い?)
「……それはどういう意味かしら」
「いえ、なんでもないです! お声がけありがとうございました、失礼します!」
リリアはぺこりと頭を下げて、小走りで中庭を去っていった。
私は取り残されて、ベンチに静かに座り直した。
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(なんで警戒されたの)
自習時間が終わるまで、その答えが出なかった。
夜、侍女のマリアに相談してみた。
「リリア・ベル様と少し話したのだけれど、なんだか警戒されてしまって」
マリアは少し困った顔をした。
「それは……その、お嬢様の笑顔が、少々」
「少々?」
「完璧すぎて、裏があるように見えるとおっしゃる方が……たまに……」
(裏があるように見える笑顔)
私はしばらく考えてから、鏡の前に立ってみた。
笑ってみる。
(……確かに怖い)
アルディアの顔は整いすぎていた。笑顔すら、計算されたように見える。前世の自分の平凡な顔なら「愛嬌がある」で済んだものが、この顔だと「何を企んでいる」に変換されるらしい。
(前世の私の顔を返してほしい……)
文句を言っても仕方がない。これがアルディアの顔だ。
(どうすれば警戒されない……?)
考えて、考えて、一つだけ思いついた。
笑顔を完璧にしようとするから怖いのだ。少し、崩せばいい。
明日また会えたら、試してみよう。
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◇
──後日、リリア・ベルの日記にはこう書かれていた。
『クレシェント様が完璧な笑顔で話しかけてきた。怖かった。でも話し方は普通に優しかった。何か罠があるはずなので引き続き警戒する』
罠なんてない。本当に何もない。
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*次話:「幼なじみの圧が強い」*




