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転生したら悪役令嬢でしたが、攻略手順をうろ覚えすぎました  作者: 夜凪 蒼


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2/12

第2話「攻略対象の名前が、どうしても思い出せない」

 王立学院は、想像以上に広かった。


 石造りの廊下、天井まで届く窓、廊下を歩くたびに軽く会釈してくる生徒たち。アルディア・フォン・クレシェントとしての記憶が自然に体を動かしてくれるおかげで、足は迷わず教室へ向かっている。体の記憶というのは便利なものだ。


 問題は、頭の中の記憶だった。


 (攻略対象の名前……王子の名前……なんだっけ)


 歩きながら必死に絞り出す。


 確かに三人いた。王子と騎士と神官か魔法使い。王子はクールで最初は冷たい系。騎士は元気で太陽系。神官か魔法使いは──ミステリアス系だったと思う。たぶん。


 名前は。名前は──


 「アルディア」


 廊下の角を曲がったところで、声をかけられた。


 振り向くと、そこに立っていたのは──


 (あ)


 顔は、覚えていた。


 銀色に近い白髪。切れ長の灰色の瞳。涼しい顔で、でも不思議と冷たくは見えない。制服の上に羽織った外套に、胸元の金の留め具。


 これは、覚えている。パッケージイラストに大きく描かれていたから。


 (王子だ。攻略対象その一だ)


 問題は名前だ。


 (なんだっけ、なんだっけ、アル……アレク? アルフレッド? アルベルト? アがつくのは確かな気がするけど気のせいかもしれない)


 「……少し顔色が悪いが、体の具合は?」


 王子が、眉をわずかに寄せて尋ねてくる。


 (思ったより普通に話しかけてくる。最初は冷たい系じゃなかったっけ)


 「大丈夫です、殿下。ご心配をおかけしました」


 とりあえず「殿下」で乗り切る。これなら名前を知らなくてもばれない。完璧な作戦だ。


 「そうか」


 王子は短く答えて、それからなぜかその場に立ち止まったまま動かない。


 (……なんで立ってるの? 用事は終わったんじゃないの?)


 沈黙が三秒、続いた。


 「君は最近、変わったな」


 「……と、おっしゃいますと?」


 「声をかけると、以前は目を逸らした。今日は逸らさなかった」


 (え、そんな細かいとこ見てたの、この人)


 内心でたじろぎながら、アルディアの顔は涼しく保つ。悪役令嬢の面目躍如である。体の記憶、大活躍だ。


 「気のせいではないでしょうか、殿下」


 「そうかもしれない」


 王子はそう言って、ようやく歩き出した。すれ違いざま、もう一度だけこちらを見る。


 「体に気をつけろ」


 それだけ言って、廊下の向こうへ消えていった。


 私はしばらくその背中を見送ってから、ゆっくりと息を吐いた。


 (好感度……上がってた? 上がってていいの?)


 ヒロインとのフラグを壊していないか不安になる。でもそれより先に、もっと根本的な問題がある。


 (名前。絶対に次までに名前を調べなきゃ)


 「殿下」で一回は乗り切った。二回目は怪しまれるかもしれない。


 三回目は確実にアウトだ。


---


 その日の放課後、私は侍女のマリアを呼んで、さりげなく聞いてみた。


 「ねえ、殿下のフルネーム、正式にはなんと申し上げるのかしら。改めて確認したくて」


 マリアは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに答えてくれた。


 「アルヴィン・エドワード・ヴァルディア第一王子殿下でございます」


 アルヴィン。


 (ア、合ってた。Aがつくのは合ってた)


 「ありがとう、確認できたわ」


 「……お嬢様、もしかして忘れていらっしゃいましたか?」


 「まさか」


 笑顔で誤魔化した。完璧な笑顔だったと思う。


 アルヴィン殿下。クールな王子。攻略対象その一。


 名前を覚えた。これで次からは「殿下」以外の呼び方もできる。


 (一歩前進……)


 小さな勝利を噛みしめながら、私は明日の攻略対象その二との遭遇に備えて、夜の記憶整理を始めた。


 確か、幼なじみがいたはずだ。名前は──


 (……クロード、だったかな。これは自信ある)


 根拠のない自信だったが、今は信じるしかない。


---


*次話:「ヒロインと初対面、なぜか警戒された」*


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