第12話「この世界で、生きていく」
事件は、三日で片がついた。
ダーリン侯爵家による工作は証拠とともに王家に報告され、侯爵は役職を剥奪された。クレシェント公爵家への名誉毀損についても正式に謝罪が行われた。
あっけないほど、早かった。
「あんなに怖かったのに」とリリアが言った。
「証拠があれば早いのよ」と私は答えた。
「でも三ヶ月、ずっと怖かったですよね」
「……ええ、怖かった」
中庭のベンチ、いつかと同じ場所。でも今日は二人とも、空を見上げて笑っていた。
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クロードには、改めて礼を言った。
「ありがとう。ずっと調べてくれていて」
「礼はいらない」
「でも言いたいの」
クロードが少し照れた顔をした。珍しい。
「お前が無事で良かった。それだけだ」
「クロード」
「何」
「私、この世界にいてよかった」
クロードが目を丸くした。
「前は、いつか元の世界に戻れるかもと思っていた。でも今は、ここにいたいと思っている。ここに、帰りたい場所ができたから」
クロードはしばらく黙っていた。
それから、静かに笑った。
「そうか」
それだけだった。でも、その「そうか」の中に、たくさんのものが詰まっていた気がした。
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アルヴィン殿下とは、図書室で会った。
いつもの席。でも今日は向かいに座らず、隣に座った。
「落ち着いたか」
「ええ」
「よかった」
短い言葉だった。でもアルヴィンにしては、珍しいほど真っ直ぐな言葉だった。
「殿下は、最初から気づいていたのですか。ダーリン家のことを」
「薄々は」
「なぜ教えてくださらなかったのですか」
「お前が自分で動き始めるのを、待っていた」
(待っていた)
「……意地悪ですね」
「そうかもしれない」
アルヴィンが、また笑った。今度は少し大きく。
(この人の笑顔、もっと見たい)
思ってから、少し顔が熱くなった。
「来年の誕生祭は、もう少し穏やかになるといいな」
アルヴィンが言った。
「来年も、いらっしゃるのですか」
「当然だろう」
「私も、いますよ」
「知っている」
静かな図書室で、二人は本を開いた。
隣同士で、同じ時間に、それぞれの本を読む。
(ああ、これが好きだ)
この静かさが。この場所が。この世界が。
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その夜、私は日記を開いた。
前世からの習慣だ。でもこの世界に来てから、一度も書けなかった。毎日が必死すぎて。
ペンを走らせる。
『転生してから三ヶ月が経った。攻略チャートはなかった。ゲームの記憶もほぼ役に立たなかった。うろ覚えすぎた。
でも、友人ができた。信じてくれる人ができた。帰りたい場所ができた。
アルディア・フォン・クレシェントとして、この世界で生きていく。それが今の私の答えだ。
──なんて、思っていたのに。』
ペンが止まった。
書いてから、少し笑えた。
「なんて、思っていたのに」なんて、まだ何も起きていない。
これからが、始まりだ。
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◇
──リリア・ベルの日記より、最終記録。
『クレシェント様のことが大好きになった。友達って、いいものだと思った』
私もそう思う。
そして──クロード・バレンシアの日記より。
『アルディアが笑っていた。それだけで、今日はいい日だ』
そして──アルヴィン・エドワード・ヴァルディア第一王子の、秘密の手帳より。
『来年の誕生祭も、隣にいてくれるといい』
全員に見せたら怒られそうなので、日記帳を閉じた。
**完**
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*──第二章へつづく*




