第10話「クロードに、本音をぶつけた」
証拠集めは、難航した。
ダーリン侯爵家が噂を流しているという確信はある。でも「確信」は証拠にならない。誰が、いつ、どこで、何を言ったか。それを証明できる形にしなければ、パーティー当日に何も覆せない。
残り二週間。
私は図書室で書類を広げながら、頭の中で何度も計算した。時間が足りない。手が足りない。
「アルディア」
クロードが向かいに座った。
「今日は帰れ」
「まだ調べることがある」
「三日、ちゃんと寝ていないだろう」
「寝ています」
「二時間は寝ていると言わない」
反論できなかった。
「少し休め。体が倒れたら何もできない」
「でも時間が──」
「アルディア」
クロードの声が、いつもより低かった。
「一つだけ、聞いていいか」
「……何?」
「お前は今、誰のために動いている」
(誰のために)
「自分のために。断罪されたくないから」
「本当に?」
「……」
「俺には、そう見えない」
クロードが真っ直ぐにこちらを見ていた。誤魔化せない目だった。
「お前は自分のためだけなら、もっと要領よく動ける。でも今のお前は、全部抱えようとしている。俺のことも、リリアのことも、殿下のことも、この国のことまで」
「それの何が悪いの」
「悪くない。でも」クロードが少し声を落とした。「お前一人が全部背負う必要はないだろう」
窓の外で、風が木の葉を揺らす音がした。
「……私は」
言葉が、出てこなかった。
ずっと一人でやってきた。前世でも、この世界に来てからも。誰かに頼ることが怖かった。頼ったら、迷惑をかける気がした。頼ったら、いなくなってしまう気がした。
「クロード」
「ここにいる」
「私、この世界の人間じゃないかもしれない」
言ってしまった。
クロードが静かに待っている。
「うまく説明できないけど……私は、アルディアじゃないかもしれない。中身が。アルディアの体を借りているだけで、本当は全然違う人間で」
「知ってる」
「……え」
「気づいてた」クロードが静かに言った。「あの朝、目が覚めた日から。お前の目が変わったから」
「それで、怖くなかったの」
「怖かった」クロードが正直に答えた。「でも」
少し間があった。
「お前がお前であることは変わらなかった。俺の知ってるアルディアよりも、むしろ」
「むしろ?」
「ちゃんと人の顔を見るようになった。笑うようになった。泣きそうな顔を、するようになった」
私は俯いた。
「……私、泣きそうな顔してた?」
「ずっと」
「恥ずかしい」
「恥ずかしくない」
クロードの手が、テーブルの上の私の手に重なった。
「誰であっても、俺はお前の味方だ。それだけは変わらない」
図書室の中、夕暮れの光が差し込んでいた。
私はしばらく黙って、それからゆっくりと息を吐いた。
「……ありがとう」
うまく言えなかった。でも、それだけで充分だった。
涙は出なかった。でも、胸の奥の何かがほどけていく感じがした。
ずっと張り続けていた何かが。
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その夜、私は初めてちゃんと眠れた。
明日からまた戦う。でも今夜は、休む。
それだけのことが、こんなに難しかったのかと、少し笑えた。
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*次話:「断罪パーティー当日」*




