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第六話 テレシアの婚約


 それは純然たる政略結婚だった。テレシアが婚約したのは、隣国の第四王子である。この国は、現在王国と緊張関係にあった。戦争回避のための婚約だった。王家には歳の釣り合う王女がいなかったため、国一番の公爵家の娘であり、王家の血も引くテレシアが選ばれたのである。

 テレシアの輿入れは三年後に決まった。この時テレシアは十六歳、隣国の第四王子はテレシアの一つ下で、向こうの成人を待って結婚することになったのだ。

 この婚約により、開戦待ったなしだった隣国との関係は一旦の落ち着きを見せる。


 父から婚約の話を聞いた時も、テレシアの心は動かなかった。テレシアはこの婚約を、ただ粛々と受け入れた。戦争など、起きないに越したことはない。結婚後は実質的な人質となるだろう。だが、自分の身一つで両国の戦争が回避されるのであれば、それが最善だと理解していた。国のためだ、否やなどあるはずもなかった。


 レヴィエントもまた、周囲の心配とは裏腹に、テレシアの婚約を冷静に受け入れていた。かつてのレヴィエントであれば、感情のままに暴れたかもしれない。あるいは取り乱してもいただろう。政略などいざ知らず、彼女が他の男と婚約したという事実に絶望していたかもしれない。

 だが、今のレヴィエントは違った。祝年会からの一年、レヴィエントは騎士学校の課程に取り組みつつも、並行して多くを学んでいた。教養と呼べるだけの形になるにはもっと多くの時間がかかるだろうが、以前のレヴィエントに比べれば格段に多くの知識を身に付けていたのである。その中には当然、政治情勢も含まれる。皮肉にも、テレシアに並ぶための努力が、彼にこの婚約の必要性を理解させたのである。


 テレシアの婚約が発表されてからほどなく、レヴィエントは十六歳にして騎士団への入団を果たした。成績上位――というか主席での卒業であるため、見習い期間を飛ばしての正騎士入りだ。もちろんぶっちぎりの最年少だった。所属は第一騎士団、騎士団きってのエリート部隊だ。当然多忙な生活を送っていたが、忙しい訓練と任務の合間を縫って、レヴィエントは学び続けていた。

 そう、テレシアの婚約が発表されてからも、レヴィエントは学ぶことをやめなかったのである。


 テレシアが隣国に嫁ぐのは三年後の予定だ。つまり、二年後に控える秋の祝年会――十八歳になった貴族の子女たちの成人を祝う王家主催のパーティーには、テレシアも出席することになる。

 レヴィエントは、何も再びプロポーズしようというのではなかった。彼女は国のために結婚するのだ、その覚悟を穢すような真似をするつもりはなかった。


(――たとえ恋は叶わなくとも、その時までには、彼女に認められるような男になりたい)


 レヴィエントを突き動かすのは、ただその一心だった。


 レヴィエントはテレシアの婚約を受け入れていた。だが、失恋の傷がないとは言えなかった。騎士団での慣れない生活も、厳しい稽古も、それに加えた勉強も、今のレヴィエントには丁度良かった。忙しくしていれば、テレシアのことを考えずに済む。騎士団での稽古の他に、自ら鍛錬に取り組んでは、毎晩気絶するように眠っていた。


 レヴィエントの剣の道は、やはり彼の恋路に反してすこぶる順調だった。

 

 レヴィエントは飛び抜けた才能を持っていたが、年若いレヴィエントに対し、反感を持つ者も少なくなかった。レヴィエントの配属された第一騎士団は騎士団きってのエリート部隊、騎士たちの憧れだ。騎士学校を上位で卒業し、見習い期間を飛ばして正騎士入り出来る者でさえ、直接の第一騎士団入りというのは聞いたことがない。あまつさえ、レヴィエントは飛び級入学と早期卒業で未だたったの十六歳だ。騎士団は実力主義だが、だからこそ他の第一騎士団員に比べて身体の出来上がっていないレヴィエントは反感を買った。確かに剣技は見事だが、実戦でどうなるかは分からないと。中には、名門の出だから、お偉方のお気に入りだからと揶揄する声もあった。

 それらの声を、レヴィエントは入団三か月後の実戦任務で黙らせた。


 通常、新入りは初戦では補給任務に回される。実戦経験のない若者を最前線に放り込んでも足手纏いだからだ。補給任務から始め、討ち漏らしの討伐、後衛の補助、後衛任務、そして前線へと、徐々に実戦に慣れさせていくのが常だ。経験を積む以外に、実戦における騎士団の全任務を経験させるという意味もあった。そのため、第一騎士団に配属されたレヴィエントも、初戦は他の新入りと同じく補給任務に回されていたのである。

 だが、レヴィエントの初戦ではイレギュラーがあった。レヴィエントのいる補給部隊が、魔物の奇襲にあったのだ。中堅が複数ついていたとは言え、それでは捌ききれないほどの数だった。普通であれば、補給部隊は壊滅、騎士団の被害は悲惨なものとなるはずだった。普通であれば――そう、レヴィエントがいなければの話である。

 レヴィエントは初の実戦でも怯まなかった。それどころか、次々と魔物を斬って、斬って、斬りまくった。中堅騎士が背後を突かれたのを守りさえした。結果、レヴィエントが魔物の半数を討ち倒し、騎士団の被害は怪我人が数名で終わったのである。

 レヴィエントに反感を抱いていた騎士たちは、この一件でレヴィエントを完全に認めた。


 十七歳の春を迎える頃には、第一騎士団でも立派な主力の一人だった。


 その日のレヴィエントは、休暇を貰って実家に戻っていた。テレシアの婚約が発表されてから、およそ一年が経過していた。


「レヴィエント、本当に大丈夫か?お前が行かなくとも、アウレリウスは怒らないと思うぞ。招待状の文言も随分控えめだったからな。まあ、行けばもちろん喜ぶだろうが」

「行くよ。アウレリウス様にはかわいがってもらったから、直接お祝いの言葉を伝えたい」


 兄のカイエルは、どこか心配そうにレヴィエントを見つめている。カイエルが手にしている封筒には、フルリエ公爵家の紋章が捺されていた。それはアウレリウスの第一子お披露目パーティーの招待状だった。アウレリウスは、一昨年友好国の公爵家の令嬢と結婚している。カイエルは結婚式にも参列していたが、レヴィエントは早期卒業のための実戦演習のせいで参列できなかったのだ。それもあって、今回こそは直接お祝いの言葉を伝えたかった。


「そうか」


 カイエルはどこかほっとしたように息をついた。兄の心配の理由は分かっている。――テレシアのことだ。テレシアの婚約が決まってから、レヴィエントは一度も彼女に会っていない。

 レヴィエントがテレシアに深く恋していたことは明らかだった。失恋が決定的になってしまった今、テレシアと顔を合わせるのが辛くないかを、兄は気にしているのだろう。テレシアの兄であるアウレリウスさえ気を使っているようだった。


「そんなに心配しなくても、心の整理はついてるよ。もう一年も経ったんだから」


 レヴィエントは苦笑した。レヴィエントの言葉は半分本当で、半分嘘だった。

 テレシアが婚約したことも、その意味も役割も理解している。自分にはどうしようもないことで、受け入れるしかないことも。国の決定で、彼女も納得している。それをどうにかしてテレシアを手に入れようとする気は――彼女の覚悟を台無しにする気は、レヴィエントにはなかった。テレシアが隣国に嫁いだ先で、どうか幸せになってほしいと心から思っている。その気持ちに嘘はない。

 だが、彼女を想う気持ちまで手放せたかといったら――それは全くの否だった。


 レヴィエントは、今もテレシアを愛している。もう手に入らない存在だと分かっていた。だが、それでもこの想いは消せなかった。後生大事に抱えて、きっと一生を生きていくのだろう。

 もう結婚する気はなかった。テレシアを想ったまま他の誰かと一緒になれるほど、レヴィエントは器用な質をしていない。幸いにも、自分には兄が二人もいる。長兄のカイエルは三年前に幼馴染の伯爵令嬢と結婚して、義姉は今妊娠中だ。次兄のルシオも来月結婚を控えている。ターズウェル伯爵家の血筋は彼らが残してくれるだろう。レヴィエントは剣の道に生きればいいのだ。それはレヴィエントの使命であり、兄たちへの甘えでもあった。


――――


「アウレリウス様、この度は直接お祝いを申し上げる機会を賜り、光栄に存じます。ご子息のご誕生、誠におめでとうございます。心よりの祝福と、ご子息の健やかなる成長、並びにフルリエ公爵家の皆様のご多幸をお祈り申し上げます」


 アウレリウスに祝いの口上を述べるレヴィエントを見て、カイエルはしみじみと弟の成長を実感していた。かつての、剣術以外はすべてにおいて落第点だった彼からは想像もつかないほど立派な姿だった。アウレリウスは鷹揚に礼を述べている。相変わらず完璧な表情管理だったが、カイエルの目にはどこか嬉しそうに思えた。伊達に四年も親友をやっていないのだ、それくらい分かる……と言いたいところだったが、公の場でのアウレリウスの機微は、カイエルにも読み解けない。まあ、たぶん喜んでいるだろうと結論付けた。アウレリウスが、あの分かりづらい表情でレヴィエントをかわいがっていたことは確かなのだ。

 思えば、アウレリウスとの縁もレヴィエントが繋いでくれたものだった。今では無二の親友だが、彼がレヴィエントの剣を見に伯爵邸を訪れなければ、きっとこんなに深く関わることはなかっただろう。フルリエ公爵家の嫡男とターズウェル伯爵家の嫡男として、社交上のお付き合いで終わっていたはずだった。


 カイエルは、ふと視線をずらす。その先にはアウレリウスとよく似た令嬢の姿があった。煌めく淡い金髪に透き通る碧眼を持った、まるで精巧な人形のように美しい少女だ。テレシア・フルリエ公爵令嬢である。彼女もまた、カイエルとアウレリウスの縁を繋いでくれた一人で――弟の初恋の相手だった。レヴィエントがここまで立派に成長したのは、ひとえに彼女のおかげと言っていいだろう。

 

 レヴィエントは、テレシアの隣に立つために努力を重ねてきた。行動は粗野、礼儀も言葉遣いもなっておらず、勉強にもまるで興味なしの少年が、自分を律し、礼儀を学び、言葉を学び、教養を身に付けようとしていた。その努力は、今も続いている。

 レヴィエントは「心の整理はついてる」と言っていたが、彼が未だに初恋を抱えているのは明らかだった。今のレヴィエントは感情を隠すのが上手くなったが、兄の目までは誤魔化せない。テレシアの気持ちがどこを向いているのか、カイエルには分からなかったが、少なくともレヴィエントを嫌ってはいないだろうと思っていた。いつか弟の一途な想いが報われる日が、あるいは来るのかもしれないと。

 

 そう都合のいいことは起こらなかった。テレシアの価値を考えれば、当然のことかもしれない。彼女は国のために隣国へ嫁ぐことになった。王女に準じる扱いだ、さすがはフルリエ公爵家の娘だった。


 カイエルは、テレシアに挨拶するレヴィエントを横目に、自身もターズウェル伯爵家嫡男としての社交に移った。

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