表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第五話 夏の祝年会


 四度目のプロポーズは、十五歳の時だった。

 

 レヴィエントとテレシアは、あれから一年ほど、それなりの頻度で会うようになっていた。というのも、あの伯爵邸での見学会をきっかけに、長兄カイエルがアウレリウスと親交を持つようになったのだ。それまで同学年とはいえあまり関わりのなかった二人だが、夏季休暇明けからは貴族学校でもそれなりに行動をともにする程度には気が合ったらしい。卒業後も二人の友情は続き、レヴィエントも何度か兄と一緒に公爵邸を訪れていたのだ。

 アウレリウスはレヴィエントの剣をかなり気に入ったらしく、しばしばカイエルにレヴィエントも一緒に公爵邸へ連れて来させていた。レヴィエントとしても、アウレリウスや公爵邸の剣術師範と手合わせしてもらえるわ、テレシアには会えるわで一石二鳥、否やはなかった。


 そんな日々も、レヴィエントの入学とともに終わりを告げる。十四歳の春、レヴィエントは騎士学校へと入学した。騎士学校は全寮制なのだ。貴族学校より厳しく、休暇は夏季と冬期の二度、それぞれ一週間だけだった。同じ時期にカイエルとアウレリウスも後継として携わる仕事を増やし始めたため、レヴィエントがテレシアと会うことはなくなった。


 二人が約一年振りに再会したのは、夏の祝年会でのことだ。十五歳になった貴族の子女たちを祝う、王家主催のパーティーだ。十歳の頃に行われる春の祝年会と同じ種類のあれである。


 レヴィエントは騎士学校の制服で参加していた。騎士学校の生徒はみなそうである。貴族学校の生徒や家庭教師に習っている者は、タキシードやドレスを身にまとっていた。テレシアはその一人だった。

 十五歳になったテレシアは、誰もがはっと息をのむような美しい少女になっていた。瞳の色に合わせたドレスは、祝年会に合わせてそれほど華美なものではない。だが、テレシアの姿は会場中の視線をさらっていった。動きの一つひとつが上品で優雅、言葉の一つひとつに知性と教養が滲み出る。名門フルリエ公爵家の名に恥じぬ、完璧な淑女だった。


 式典が終わり、社交パーティーが始まってからというもの、レヴィエントとテレシアはそれぞれが大勢に囲まれていた。片や剣の名門ターズウェルの剣才名高き俊英、それも騎士団長や王弟殿下の覚えもめでたい有望株。片や国一番の公爵家の娘、それも淑女の鑑との呼び声高いご令嬢。そんな二人と伝手を作りたい者を挙げれば枚挙にいとまがない。同い年の令息令嬢はもとより、パーティーに参加している彼らの親たる貴族の大人たちも、様々な思惑を持って二人を取り囲んでいた。


 魑魅魍魎と呼んでも差し支えない貴族たちに囲まれている息子に対するターズウェル伯爵夫妻の心配をよそに、レヴィエントはさほど問題なく会話を捌いていた。かつてのレヴィエントであればこうはいかなかっただろう。貴族たちの口車に躍らせれ、下手な言質を取られていたかもしれない。

 だが、レヴィエントは努力した。この五年で、レヴィエントはよく学んだ。貴族的な言い回しや言葉の裏を知ってから貴族の大人たちと会話をすると、彼らが実に高度な腹の探り合いをしていることがよく分かる。相手がレヴィエントに好意的だからどうにかなっているが、これを常に相手にするのは骨が折れそうだった。レヴィエントは、自分がさほど貴族に向いていないと改めて実感した。自分は、やはり剣の道に進むのが性に合っている。


 テレシアの方はと言うと、言うまでもなく問題なかった。彼女にとっては慣れたものだ、相対する貴族の大人たちに、内心舌を巻かせてさえいた。


 さて、その時が訪れたのは、パーティーも終盤に差し掛かり、レヴィエントたちを囲む者の波も落ち着いてきたころだった。レヴィエントは会話を切り上げると、同じく一息ついているテレシアのもとへ向かった。

 新たな来客の影に、テレシアが振り返る。レヴィエントを認識して、その透き通る碧い瞳が少し緩んだ。


「あら、レヴィエント様ではございませんか。お久しぶりです。昨年以来でしょうか」

「ご機嫌麗しく、テレシア嬢。一年振りの貴女も大変美しいですね、ドレスがよくお似合いだ」

「まあ、お上手になって」


 テレシアはくすくすと笑った。それから二人は、少しの間他愛もない話を続けた。とは言っても、レヴィエントに語れることはそう多くない。レヴィエントは元来口が回る方ではなかったが、テレシアの前では輪をかけてそうだった。好きな相手の前では、考えすぎて何を話していいか分からなくなるのが人の常である。だが、テレシアの社交スキルはレヴィエントのそれを補って余りあるほど高かった。天気の話題でさえ会話の相手に楽しさを感じさせる、テレシアの話術はもはや芸術といってもいい。

 それは、テレシアの会話にしては珍しく、ふと話題が途切れた時だった。レヴィエントの黒い瞳が、テレシアを強く見つめる。研ぎ澄まされた黒曜石のような瞳だった。

 

「――テレシア嬢、僕と結婚してくださいませんか」

「……とても綺麗な言葉遣いになられましたね。けれど……わたくし、結婚するなら自然と会話が尽きないような方がよいのです」

「分かりました。精進します」


 それから、二人は二言三言会話をして別れた。そのあとすぐにパーティーはお開きになる。レヴィエントは帰りの馬車の中で、テレシアとの会話を思い出していた。


(自然と会話が尽きないような方、か……)

 

 レヴィエントは、お世辞にも教養があるとは言えない。剣についてであればいくらでも語れるが、あいにくそれ以外には詳しくないのだ。貴族として最低限の学はあれど、それだけだった。対するテレシアは、レヴィエントへ返す言葉のひとつを取っても、レヴィエントの少ない学でさえその教養高さを窺い知ることができる。会話の中でも、彼女にとって随分と手加減した話題を振ってくれていたことは明らかだった。


(道は長いな)


 レヴィエントは苦笑した。これで四度目の失恋だ。彼女の話題についていけるだけの教養を身に付けるには、どれだけの時間がかかることだろう。だが、レヴィエントは諦めるつもりなど少しもなかった。

 テレシアは、決してレヴィエントの求婚を嫌がっているわけではない。そうレヴィエントは直感していた。レヴィエントの直感はよく当たる。これが願望混じりの恋の盲目に曇っていたとしても、もはやレヴィエントにはそれでよかった。フルリエ公爵がレヴィエントの求婚を止めたことはない。そして、テレシアが本気で嫌がっているのなら、彼はどんな手を使ってでもレヴィエントをテレシアの前から消すだろう。フルリエ公爵家の力をもってすれば、伯爵家の三男坊を表舞台から締め出すことなど造作もないのだ。


 レヴィエントは、初めてテレシアと出会ったときのことを思い出していた。

 

 初めは確かに、その美しい見目に惹かれたのだろう。完全に自分が悪いとはいえ、恥をかかされた意地もあったのかもしれない。だがレヴィエントは、その短慮に任せて彼女を追いかけて行く中で、彼女の内面までもが美しいことを知ってしまった。恋とも呼べない淡い想いは、いつしか確かに形を持ち始め、今ではもっと重く深くなった。

 昔のレヴィエントはどこからどう見ても黒歴史でしかなかったが、あの粗略な言動で自らチャンスを切り開いたのだから、今では感謝すらしていた。


 今回こそは問題を起こさずにパーティーを終えた三男に安堵のため息をついていたターズウェル伯爵夫妻は、レヴィエントがテレシアに四度目のプロポーズをしたことなど、ましてや振られてなお諦めていないことなど、知る由もなかった。


――――


 フルリエ公爵家の家紋が入った馬車の中で、フルリエ公爵は愉快気な表情を隠しもせずに娘の姿を観察していた。


「今回はいけるかと思ったが、理想が高いな、テレシア。彼の本分は剣術だろう?そちらでは相当な成績を上げてるそうじゃないか。それに、彼も馬鹿なわけではないだろう。それでは不満なのか?」


 レヴィエントの剣の才は、今や社交界の注目の的だ。騎士学校への飛び級入学が認められたのは、かの剣聖以来、実に百数十年振りのことである。さらに、このままいけば通常三年の過程を二年で修了する可能性が高いとまで言われていた。剣に一家言ある者もない者も、みなレヴィエントの才能に注目している。多少頭が悪かろうが世間知らずだろうが、それを補って余りある能力を持っているのだ。

 テレシアはレヴィエントを馬鹿だとは思わないが、その才能の煌めきの強さはよく知っていた。純粋な実力がまっとうに評価される世界であれば、彼は知識や教養といった武器がなくとも、その腕一本でどこまでも駆けていけるだろう。だが、残念なことに、この世の中はそうではない。世の中を生きていくには……淀んだ者に引きずり込まれないためには、それだけでは足りないのだ。

 それが分からない父ではないだろう。あえて聞かれているのだと分かって、テレシアは苦々しい表情を作った。

 

「……彼は剣の才能に溢れていますし、努力を惜しみません。必ず高位に取り立てられるでしょう。けれど、出世していけば、剣の腕だけでは立ち行かなくなります。彼を試したり、陥れようとしたり、揚げ足を取ろうとする人もいるでしょう。そういった手合いに立ち向かうには、教養と知性はどうしても必要になりますから」

「流石はテレシア、よく分かっているな。ついでに言っておくと、父上はお前がレヴィエント君を憎からず想っていることにも気が付いているんだが……それについてはどうだ?」


 そんなこと、と反論しかけた言葉は音にならなかった。レヴィエントのプロポーズの言葉を聞いた時、テレシアは確かに動揺した。フルリエ公爵家の人間として、幼い頃から感情のコントロールは特に意識して訓練してきた。事実、めったなことでは感情を乱さなくなって久しい。その自分が、確かに動揺したのだ。

 父の瞳がテレシアを強く見つめる。この瞳に見つめられると、嘘がつけない。


「…………。……否定は、しませんわ」

「それはそれは。重畳だな」


 機嫌よさそうに笑う公爵に、テレシアは湿度のある視線を向けた。「今回はいけるかと思った」なんて心にもないことを言って娘をからかう父は、本当に趣味が悪い。


「……私が彼のプロポーズを受け入れたとして。お父様がお許しにならないでしょう?お父様が彼の言動をお許しになっているのは、私が断ると分かっているからだわ」

「はっはっは、よく分かっているじゃないか。おかげで悪い虫がつかずに助かっているよ、レヴィエント君には悪いがね」


 十五歳を祝う祝年祭から約一年。レヴィエントが騎士学校の早期卒業、それも主席での卒業を決め、騎士団への正式入隊が内定した頃。

 ――テレシアと隣国の第四王子の婚約が発表された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ