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第四話 レヴィエントの剣


 レヴィエントが次にテレシアと会ったのは、十三歳の時だった。正確には、()()()()()()()とでも言おうか。レヴィエントは、テレシアから指摘された部分を直すまで、彼女と会うつもりはなかったのだ。

 

 その日、レヴィエントは王宮にいた。騎士学校の長を務める王弟殿下に呼び出されていたのだ。

 

 レヴィエントの剣の道は、彼の恋路に反してすこぶる順調だった。

 十二歳の時には騎士団から視察が来た。現騎士団長が直々に訪れ、模擬戦までして帰った。人に厳しくその倍自分に厳しい、人を褒めることなどほとんどない騎士団長が、手放しでの絶賛だった。末恐ろしいと言わしめた。

 十三歳にして父を打ち負かした。レヴィエントの父ターズウェル伯爵は今でこそ領地経営が本業だが、若い頃は騎士団きってのエリート部隊、第一騎士団で対魔物戦線の最前線に立って活躍していた。今は現役を退いたとはいえ、そんな父をわずか十三歳で打ち負かしたのである。

 その話を聞いた王弟殿下が、レヴィエントに騎士学校への飛び級入学の話を持ってきたのだ。騎士学校は十五歳での入学が通例だが、レヴィエントは来年、つまり十四歳で騎士学校へ入学することが内定した。


 テレシアと会ったのは、王弟殿下との謁見の帰り道のことだった。

 基本的に、王族でもない十三歳の子どもが王宮に登ることはない。式典や、今回のような用事がある場合でも、子どもだけで行くことはない。レヴィエントも、当然父であるターズウェル伯爵とともに登城していた。

 テレシアはフルリエ公爵と一緒だった。フルリエ公爵は大臣の職にあるため、王宮に執務室を持っている。王宮にいることはまったくおかしくない。テレシアを連れている理由は定かではないが――そんなことは重要ではなかった。行き先の方向から歩いてくるフルリエ公爵とテレシアを認識した瞬間、ターズウェル伯爵はレヴィエントの手をしっかりと握り、道端へと下がった。こうした場で貴族同士がすれ違う際は、爵位が下の者が上の者に道を譲るのが慣例だ。

 ターズウェル伯爵は、頭を深く下げ、公爵から見えない位置でレヴィエントの手をさらに強く握った。レヴィエントはもはやただの剣術馬鹿ではない。すでに礼儀もマナーも弁えていることはターズウェル伯爵も良く分かっていたが、テレシアを前に何をしでかすかは分からない。要するにリードである。ターズウェル伯爵は、何事もなくフルリエ公爵たちが通り過ぎてくれと祈っていたが――そうはならなかった。


「おや、ターズウェル卿じゃないか、久しいね。そんなにかしこまらないでくれ。少し立ち話でもどうだい?」


 すでに謁見は終わっており、ターズウェル伯爵がフルリエ公爵からの申し出を断れるに足るほどの正当な理由は存在しない。ターズウェル伯爵は息子の(拘束)を解き、姿勢を戻してフルリエ公爵を見た。無難な話題を振ってくる公爵のその瞳にさも楽しそうな色が浮かんでいるのを見て、ターズウェル伯爵は悟った。――わざとだ。


「おっとすまない、大人同士の会話に夢中になっていたな。テレシア、レヴィエント君と話しておいで」


 わざとらしくそう言ったフルリエ公爵の言葉を受けて、父の傍でそっと佇んでいたテレシアがレヴィエントに向き直る。十三歳になった彼女は、以前よりも背が伸び、落ち着いた雰囲気をまとっていた。淡い金髪と透き通る碧眼はますます輝きを増して、相変わらずビスクドールのように美しいテレシアに、レヴィエントの鼓動は速くなる。体温がわずかに上がったのを感じた。


「お久しぶりです、レヴィエント様」

「はい。テレシア嬢も、お変わりなく」


 当たり障りのない会話をいくらか交わした。この数年で、レヴィエントもそれなりの会話術を身につけている。だからこそ分かったことがあった。テレシアの会話術(それ)は、レヴィエントよりも数段上をいっている。もはや比べるのもおこがましいほどのレベルだった。

 その話題が出たのも、実に自然な流れだった。


「――今度、あなたが剣を振るうところを、拝見してみたいと思っておりますの」


 その言葉に、レヴィエントは目を見開いた。思わず少し動揺する。


「……俺の、剣を?」


 一瞬、言葉が乱れる。


「失礼いたしました。私の剣を……とは、試合ということでしょうか」

「試合でなくても構いませんの。鍛錬の様子でも」


 レヴィエントは信じられない思いだった。とっさに言葉の裏を考えるが、レヴィエントの直感は、彼女は純粋に「見たい」と思ってくれているのだと言っている。――いや、もはや裏があっても構わなかった。

 焦がれた人が、どんな理由があるにせよ、自分を知りたいと思ってくれている。それが、レヴィエントにはどうしようもなく嬉しかった。


「もし、ご迷惑でなければ、ですが」


 テレシアは軽く頬に手を添えて、少しだけ困ったように眉を下げた。

 レヴィエントは、内心舞い上がりそうになる自分を必死に抑えていた。彼女の前で、浮ついた姿は晒したくない。


「迷惑だなんて、そんなことはありません。――ぜひ、見ていただきたいです」


 テレシアは、わずかに目を細めて微笑む。承諾の返事をした瞬間、嬉しそうに見えたのは、レヴィエントの錯覚か、あるいはテレシアの表情管理か。彼女の本心が覗いたとは思わない。テレシアほどの人物が、そんなミスを犯すとは思えないからだ。

 テレシアは、一度ぱちんと手を合わせて、にっこりと笑った。美しい笑顔だった。


「それでは、日程を合わせる必要がございますわね。正式に、私から手紙を書かせていただきます。よろしいでしょうか」

「はい。お待ちしております」


 そう答えるころには、レヴィエントも多少の落ち着きを取り戻していた。テレシアはそれを確かめるように、静かに頷く。


「では、その時を楽しみにしております」


 ちょうどその瞬間、父親たちの会話が一区切りついたらしく、フルリエ公爵がこちらに視線を向けた。テレシアは何事もなかったかのように一礼し、父のもとへ戻っていく。

 残されたレヴィエントは、彼女の後ろ姿を見送りながら、胸の奥が静かに熱を帯びていくのを感じていた。


「カイエル兄さん!」


 レヴィエントが真っ先に報告へ向かったのは、長兄カイエルのところだった。扉を叩くよりも早く声を上げて、レヴィエントは兄の部屋に飛び込む。いつもなら叱られるところだが、今日は違った。顔を見ただけで分かる。弟が、よほど嬉しい知らせを抱えていることくらい。


「騎士学校に入れることになった!来年から!」


 弾むその声は、抑えきれない興奮を含んでいた。きらきらとした期待に輝く弟の瞳に、カイエルは思わず口元を緩める。


「おお!おめでとう。飛び級か、レヴィエントは優秀だな」


 素直な称賛だった。弟の才能と努力を、カイエルは誰よりも近くで見てきた。驚きはあっても、疑いは一切ない。弟の頭をわしゃわしゃと撫でる。レヴィエントは少しだけ照れたようにはにかんだ。それから、一瞬だけ言いよどむようにして口を開く。カイエルには、レヴィエントが随分と緊張しているように見えた。


「あと……テレシア嬢が、俺の剣を見たいって」


 その一言に、カイエルは一瞬だけ目を瞬かせ、それから意味ありげに笑った。

 

「おお、それは良かったな。良いところを見せるチャンスじゃないか」

 

 弟の剣の実力を知っているからこその言葉だ。同時に、それが単なる見学以上の意味を持つことも、カイエルには分かっていた。おそらく、フルリエ公爵も来るだろう。


「今度、手紙を書いてくださるっておっしゃったんだ」

「手紙か。俺よりルシオの方が得意だから、あいつに聞こうか。明後日には帰ってくるはずだよ」


 ルシオはターズウェル伯爵家の次男で、レヴィエントの次兄にあたる。三歳上の兄は現在、貴族学校の二年生として寮生活を送っていた。貴族学校は、領地経営や政治、社交を学ぶための場所で、跡取りやその補佐となる立場の者が通う学校だ。

 カイエルも同じ学校の五年生――最終学年に在籍しているが、こちらは通学を選んでいる。距離的に不可能ではないにもかかわらず、ルシオは「朝が早すぎる」と文句を言って寮を選んでいた。


 タイミングの良いことに、ルシオが夏季休暇に帰ってきたその日にテレシアからの手紙が届いた。当然のごとく、両親は大慌てである。カイエルとレヴィエントから報告は受けていたが、実際に公爵家の紋章付きの手紙が来たとなると現実味が段違いだ。


 次兄ルシオは、レヴィエントから返事の文面について相談されると、「はあ~?自分でやれよな」と悪態をつきつつも、結局は見てやっていた。

 

 ルシオはレヴィエントから受け取ったテレシア直筆の手紙を見て、すっかり感心していた。流麗な字だ。文面は端正で、言葉選びにも隙がない。書き手の知性と品格が、行間からにじみ出ていた。フルリエ公爵家でなければ祐筆を疑っていたところだ。


「……相手は十三歳でこれか。さすがフルリエ公爵家だな」


 この世には化け物がたくさんいる。ルシオは、レヴィエントと手紙を交互に見て、しみじみとそう思った。


――――

 

 王宮での邂逅から約二週間、その日は来た。場所はターズウェル伯爵家のタウンハウスである。


 いつも通りの訓練場と、いつもはない日除けの天幕。その下には三人の影があった。テレシアとフルリエ公爵、そしてもう一人はアウレリウスである。フルリエ公爵夫人は二年前に病で亡くなっているため、フルリエ公爵家が揃い踏みであった。


 テレシアは淡い色のドレスの裾を整え、身じろぎもせず前を見ていた。その隣には、長身で落ち着いた佇まいの兄アウレリウス。視線は静かだが、鋭い。フルリエ公爵は子どもたちの少し後ろで機嫌のよさそうな笑みを浮かべていた。


 やることはシンプルに実戦形式の試合だった。テレシアがどの程度剣術に造詣があるのかは不明だが、レヴィエントの剣が見たいとなればやはり試合が一番分かりやすいと思ったからである。

 私的な訪問ということで、レヴィエントの相手をするのは兄二人だ。相手を戦闘不能にするか、急所に剣を突き付けた方が勝ちという単純なルールだった。


 訓練用の刃を潰した剣を手に取ったレヴィエントは、一度深く息を吐いた。


「まずは、ルシオ兄さんからだ」


 呼ばれて、ルシオが軽く肩をすくめる。


「はいはい。お手柔らかにな」


 そう言いながらも、剣を構えた瞬間、彼の表情は鋭く引き締まった。おちゃらけたような雰囲気が一瞬で霧散する。

 ルシオは、決して弱いわけではない。むしろ、同年代では上澄みと言って差し支えないほどには実力があった。三歳違うだけあって、身長も体格もルシオが勝る。

 だが――開始の合図と同時に、勝負は一気に傾いた。


 レヴィエントの踏み込みは速く、無駄がない。剣線は真っ直ぐで迷いがなかった。数合も打ち合わぬうちに、ルシオの剣が弾かれ、喉元に切っ先が止まる。


「……参った。強くなったな、本当に」


 悔しさを飲み込みながらも、ルシオは苦笑する。もう一年も前からレヴィエントにはほとんど勝てなくなっていたが、それでも負けると悔しいものだ。


「じゃあ、次は俺だな」


 次に前へ出たのは、長兄のカイエルだ。場の空気が、わずかに変わる。五歳上のカイエルは十八歳、その体格差はルシオと比べた時よりも顕著だ。カイエルは体格に恵まれており、レヴィエントと比べれば頭一つ分は長身だった。


 兄弟同士とはいえ、剣の間合いに入った瞬間、二人の雰囲気はガラリと変わる。ターズウェル家の男は、相手が誰であれ常に真剣勝負だ。

 打ち合いは長く、激しかった。レヴィエントは食らいついた。体格差は圧倒的だ、力勝負では勝ち目は薄い。流して、いなして、躱して……ヒットアンドアウェイを基本に、身軽さを活かした戦法を取った。

 洗練された動き、剣の冴えもある。技術で言えばわずかだがレヴィエントに分があった。だが、力の差は大きい。


 鋭い一打。カイエルの剣が、レヴィエントの肩口に止まった。これが実践の場だったなら、レヴィエントはそのまま袈裟切りにされているだろう。


「……参りました」


 悔しそうにそう言ったレヴィエントの様子を、テレシアはじっと見ていた。負けてもなお、彼の姿勢は崩れていない。

 そのときだった。


「――次は、私がよろしいか」


 静かにそう言ったのは、アウレリウスだった。周囲が一瞬、ざわめく。


「お兄様?」


 テレシアが小さく声を上げた。


「興味が湧いた。私も手合わせ願いたい」


 そう言って、彼はすでに立ち上がっていた。同学年でもかなり腕の立つカイエル相手に、五歳も下の少年があれだけいい試合を見せたのだ。アウレリウスはそれほど熱い性格はしていない。常に冷静に見えるが、父フルリエ公爵の好奇心は確かに彼に受け継がれていた。


 急遽整えられた試合。レヴィエントは一瞬だけ戸惑ったが――すぐに剣を構える。瞳は真剣そのもの。

 勝負は、予想以上に拮抗した。


 アウレリウスの剣は堅実で、無理がない。だが、レヴィエントの動きは速く、読みにくかった。

 何合か打ち合い、最後。レヴィエントは一瞬の隙を逃さず、踏み込んだ。


 剣先が、アウレリウスの胴に触れる寸前で止まった。的確に、骨の間、内臓に届く場所を狙っている。そのまま振りぬけば、真剣なら致命傷だ。


「……参った」


 その声には、驚きがはっきりと滲んでいた。アウレリウスは一歩下がり、レヴィエントを見下ろして素直に言った。


「すごいな、君は」


 その言葉に、レヴィエントは目を見開き、そして深く頭を下げた。

 天幕の下で一連の試合を見ていたフルリエ公爵は、満足そうにうなずく。その横で、テレシアは静かに息を吐いた。感嘆のため息だった。

 レヴィエントが剣を振るっている姿を見るのは、これが初めてだ。彼の動きは、的確で無駄がなく、迷いがないのに予測は出来ず、そのくせひどくまっすぐだった。


(……綺麗)


 そう思ったことに、テレシア自身が少し驚いていた。

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