第二話 二度目の邂逅
さて、問題のレヴィエントである。パーティーの後、ターズウェル伯爵夫妻からがっつり叱られ、こってり絞られ、翌日からの猛特訓が決定した。終わるまでは剣には触らせないという。以前のレヴィエントなら意地でも抜け出し剣を振るいそうなものだが――どういうわけか、これまでにないほど素直に従った。こうなると逆に怖いのがターズウェル伯爵夫妻である。何を企んでいるのかと思いつつも、真面目に学んでいる分には何も言えない。
こうして一月ほどすると、レヴィエントの以前のような粗野な行動は形を潜め、それなりに紳士的な行動を取るようになっていた。言葉遣いや細かい礼儀作法はまだまだだが、少なくとも初対面の御令嬢に指を差したりはしないレベルまでは来た。当たり前のようだが、以前のレヴィエントを考えると相当な進歩である。
この頃にはターズウェル伯爵夫妻も剣に触ることを許したが、レヴィエントは剣の鍛錬は欠かさずしつつも、以前のように一目散に庭へ走ったり、足音を立てて廊下を駆けたりはしない。食事時に食器をガチャガチャさせることも無くなったし、木登りも控えるようになったし、大声で叫ぶこともなくなった。少なくとも、『粗野』と呼べるような行動は見せなくなっていた。どうやらフルリエ公爵令嬢の言葉は相応に応えたようである。
あの誕生日会以降、お茶会や昼のパーティーには、ぜひレヴィエントを連れてきてほしいといった誘いが増えていた。どうやらレヴィエントは、フルリエ公爵から気に入られたと見做されているらしい。あれほどの無礼を何の対価もなく不問にされているのだから、そう取られても何もおかしくはない。
ターズウェル夫妻は、胃を痛めながらもいくつかの社交場にはレヴィエントを連れて行っていた。もちろん、当主が寛大な家を厳選してではあるが。小規模のものを選んでいたので、そこでは公爵家のテレシアと遭遇することはなかった。というか、テレシアと遭遇する可能性のありそうなものは最初から却下されていた。レヴィエントが何をやらかすか分からないからである。一度目は許されても、二度目もそうとは限らないのだ。
次の契機となったのは、件の誕生日会から半年としばらくが経った頃だ。唐突に、フルリエ公爵家から立食パーティーへの招待状が届いたのである。それもご丁寧に「子どもの言動は基本的に不敬を問わない」との公爵直筆の注釈付きで。
もとより遥か格上の公爵家、ここまで釘を刺されてレヴィエントを連れて行くわけにもいかず、ターズウェル伯爵夫妻は痛む胃を抑えながら公爵邸へと向かった。参加が決まった日から行きの馬車の中まで、夫人の口が酸っぱくなりレヴィエントの耳にたこができるほど失礼をするなど良い含められていたレヴィエントだが、当の本人はもう一度会えるという美しい少女のことしか頭になかった。いくら言い聞かせても心ここにあらずの息子を見て、ターズウェル夫人は公爵邸につく寸前までどう馬車を引き返そうか真剣に考えていたくらいである。
夫人の懸念は、果たして的中してしまう。
余計なことをしないよう、始まりの挨拶からずっとレヴィエントの手を掴んでいたのだが、さすがの身のこなし、ふとした隙に拘束をするりと抜け出したのである。
夫人が止める間もなく、レヴィエントはあっという間にテレシアのもとへ向かってしまった。公爵家のパーティーだ、参加する貴族は多い。レヴィエントはすぐ人波に紛れて見えなくなった。
レヴィエントはテレシアを見つけると、人混みをするすると器用に抜け、テレシアの前に立った。そして、テレシアの透き通る碧眼をまっすぐに見つめ、こう言い放った。
「テレシア!俺と結婚する気になったか?」
頭を抱えたのはターズウェル伯爵である。以前よりは遥かにマシだが、それでも相当な無礼には変わりない。やはりまだ早かったか……と項垂れていると、またもやフルリエ公爵は、肩を震わせ、笑いを噛み殺しながら、隣のテレシアを一歩前に出した。
「ほら、テレシア。確かに彼は粗野ではなくなったぞ?返事を聞かせてやりなさい」
テレシアは、淡い金糸の睫毛に縁取られた、澄んだ碧眼を一度瞬かせると、落ち着いた声でこう言った。
「確かに、粗野と言える行動はなくなりましたけれど……わたくし、礼儀作法のなっていない方とはお付き合いいたしませんの」
フルリエ公爵は堪えきれずに吹き出し、レヴィエントは無言のままくるりと踵を返し――夫人に回収されて退出した。
二度目の邂逅はそれで終わりである。
再び両親に叱られたレヴィエントだったが、堪えた様子はあるのかないのか。父のターズウェル伯爵には剣の指南と称して大人げなくボコボコにされていたが、それについては喜んでいた節まである。夫人が「それではレヴィエントにとっては罰になりませんよ!」と伯爵に小言を言っていた際、伯爵は想定より手応えのあった末息子の剣の才能に内心舌を巻いていた。レヴィエントは同年代と比べて体格的な成長が早いとはいえ、とても七歳とは思えない動きだった。
一方の公爵家では、最後の招待客を見送った後、テレシアが不思議そうな顔で父のフルリエ公爵を見上げていた。
「……お父様は、どうしてレヴィエント様の無礼をお許しになったのでしょうか?」
テレシアの知る父は、たしかに、寛大で子どもに優しく、ジョークや面白いことが大好きではあるが――家のメンツを揺るがすようなことに対しては、たとえ子どもであっても容赦のない人だった。テレシアはレヴィエントの振る舞いを思い出す。テレシアがあのような行動を他家で取れば、父は酷く怒るだろう。公爵家の娘として相応しい振る舞いではないからだ。父は確かにテレシアを愛してくれているが、家のためであれば切り捨てられるだろうとも思っている。情に引っ張られているようでは、公爵など務まらない。
「ふふふ」
父は機嫌よさそうに笑った。
「その方が面白いと思ったからだよ。今どきあれほど真っ直ぐに無鉄砲な子は珍しい。私は面白いことが好きだからね」
……絶対にそれだけじゃない。
ウインクをしてくる父に、テレシアはため息をついた。この父のことだ、理由が自分の楽しみだけなどということは絶対にない。
「……お父様」
「はっはっは」
公爵は、娘のふてたような表情にひとしきり笑ってから、すっと表情を消した。テレシアの前では珍しい、公爵としての顔だった。
「なに、私も剣を修めた者の端くれとして、あれほどの才を潰してしまうのは惜しいと思った」
あれほどの才。確かに、レヴィエントの剣の腕は音に聞く。子ども離れした実力で、体格に勝る年上の子どもたちにも圧勝するほどだと。わずか七歳にして、剣の名門ターズウェル伯爵家の若き俊英とまで呼ばれている。
「彼の剣をご覧になったことが?」
「遠目にね。それだけで十分だったよ。あの剣が失われるのは……この国の損失だ」
国の損失……父がそこまで言ったことに、テレシアは驚きを隠せなかった。
娘の目がまるくなったことに、公爵は小さく笑う。
「僅か七つの少年の剣にそこまで言うか、という顔だね」
「そんなことは」
「彼は間違いなくこの国の剣の歴史を変えるよ。私が保証しよう」
父はにこやかな表情だ。だが、瞳の奥は笑っていない。
「なあテレシアよ、私が国を語って間違っていたことがあったかい?」
父は静かにテレシアを見つめる。父が国の行く末を語って、それを違えたことは一度もなかった。それほどの確信がないと、口に出すことなどしないのだ。
「……いいえ。一度も」
「ふっふっふ」
テレシアはレヴィエントが剣を振るっているところを見たことがない。だが、父がそこまで言うのだから、きっと噂以上の何かがあるのだろう。自分の知らない場所で、あの少年は確かに、父の言う剣の歴史を変え得るほどの輝きを放っているに違いない。
「ターズウェルはあれでいて気にしいなところがあるからな、息子のとんでもない失態を許してやれば、まあ今後の付き合いも楽になるというものだよ」
「そちらが本音ですか?」
「どうだろうね」
意味ありげに笑った父の、その微笑みの奥に何があるのかを、テレシアはあえて問いたださなかった。間違いなく目をつけられているだろうレヴィエントに、少しだけ同情する。
「ここ数代は平和とはいえ、あの家は敵に回すと恐ろしいからなあ」
のんびりとそう言う父は、やはり機嫌がよさそうだった。




