元勇者と、その「二人の」養女
地下道の偵察を終えて外に出ると、もう日が暮れて月が出ていた。
一旦宿屋に寄ってお湯を浴び、汚れ物を洗濯。そのあと街歩き用の服装に着替えて、私は集合場所の酒場「マンネルヘイムの百合」亭へと向かった。
コンラッドおじさまは恐らく奥まった暖炉のそばの、居心地のいい席に陣取って私を待っている。
あれから四年経って、少し老け込んだようにも見えるけれどまだまだ現役。筋肉は荒縄のようだし、山一つ駆け足で越えてもほとんど呼吸を乱さない。
私たちは結局、二人ともコンラッドおじさまの養女として迎えられた。わたしとリナは相談した結果、おじさまの仕事を手伝えるようになりたいと、冒険者と呼ばれる仕事に就くことに決めた。
おじさまは最初難色を示したけれど、私に斥候と野伏の、リナに賢者の加護と「職分」が授けられるとそれ以上何も言わず、あきらめたように一転して私たちの支援をしてくれるようになった。
それで、今年からようやく一緒に仕事に出るようになったところだ。
数回依頼をこなしたり、飛び込んできた事件を解決するころには、私たち二人は渉外役の斥候と、人前に姿を見せない謎の賢者の二人組、「サーグッド姉妹」として次第に名を知られるようになって来ていた。
私たちには、共通の夢がある。いつかもっと名を挙げて認めてもらえるようになったら、堂々とおじさまに結婚を申し込むのだ――若い時からずっと世の中のために働いて、好きな人と暮らすこともできなかった彼に、私たちが恩返しをするのなら。
やはりそれが一番、何もかも丸く収まるのじゃないかと思うのだ。
* * * * *
「おじさま、戻りました」
「お帰り、メイ。首尾はどうだったかね?」
私は懐から草木紙に書きつけた略図を取り出し、おじさまの前で拡げてその上を、インクにひたさないままの羽ペンでなぞってみせた。
「事前の情報でほぼ間違いなかったですね。地下道の最初の曲がり角までは、三百ヤード。深さは地上から平均一ファゾム……曲がり角の向こうから先は、やや横道の多い構造で、何か潜んでいるとすればここでしょう」
「ふむ。では明日から本腰で調査を始めるか……全く、悪事を働くやつはなにかというとすぐ、地面の下の暗い所に潜りたがるなあ」
「趣味が悪いと言ったらないですよね」
私たちは今、この港湾都市フローゲンにじわじわと広がる、怪しげな麻薬禍について内偵を進めている。精製所と密売団の本拠は、恐らく旧リンドン同盟時代に作られた、地下道のどこかだ。
奇妙なことにこの地下道は、下水道の類の機能をはたしていない。フローゲンでは排水は建物ごとに義務付けられた浄化槽で処理されたのちに、まちの周囲を走る渦巻き状の運河に導かれ、数か月をかけてゆっくりと海へ流れ込んでいくのだ。
「まあ、人間のやることはどこでも似たようなものさ。食事はどうする? 午餐はここで摂ってみたが、魚介のスープがなかなかいけるぞ」
「ここでもいいですけど、やっぱりリナと一緒に食べたいです。宿に届けてもらうことはできるでしょうか?」
私がそういうと、おじさまはちょっと顔を曇らせた。
「そ、そうだな……リナは相変わらず車椅子だし、人前に出るのも嫌うから、その方がいいかもしれないね」
いくらか口ごもりながら、おじさまは席を立った。
「あるじ、勘定を頼む……で、一時間後に魚介スープと白身魚のフライをセットにして三人分『ダグラス・ホーナー館』の103号室に届けてくれないかね。その分も今払うよ」
――毎度あり、喜んで。是非またごひいきに!
勘定を済ませて戸口を潜るとき、後ろからはそんな景気のいい声が飛んできた。
(完)