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不在なる友の為に

「世話になったなぁ、ランベルト」


「いいさ。おかげで邪教の本拠地を手っ取り早く潰せた。監禁されてた人たちも助けられたし、良かったよ」


 ランベルトと呼ばれた騎士はガントレットを外した手でエールの杯を掴み、よく冷えた液体をゆっくりとあおった。

 ここは王都の一角にある半地下式の小ぢんまりとした酒場だ。

 コンラッドはここで、昔なじみの王国騎士団長と個人的に会っている所だ。サン・トリスラム山の邪教団施設に突入した際、万が一のために騎士団を付近に伏せバックアップに廻ってくれたのは、ひとえに往年の友誼あっての事だった。

 

「しかしまあ、あれだけ長々と姿をくらましてた割にはコンラッドよ、お前さん全然衰えてないんだな。正直びっくりした」


「その間、遊んでたわけじゃないからな……」


「まあそれはそうか」


 教団施設での立ち回りはなかなかに派手で大掛かりなものになった。

 コンラッドはあらかじめ打ち合わせたとおりに、空中に火球の魔法を放って騎士団突入の合図とし、内と外の両面から揉みつぶして施設内の虜囚を解放。騎士団は証拠品と資料を接収して事態は終結を迎えた、という形だ。

 

 ランベルトはその際に、今のコンラッドの戦いぶりと探索能力の実態を目撃したのだ。彼がコンラッドを見る目には、今も驚嘆と畏怖の色が強かった。


「それで、なあコンラッド。しばらく王都に落ち着くつもりか?」


「……そうだな。そうなる。あの子には休める環境と時間が必要だ」


「寿ぎの家」教団は王国に対して内戦を起こす準備をしていた。

 負傷者をより迅速に救命、治療するための技術を研究。その方法はわざと身体を欠損させた子供に対し各種の治療や補綴を試みるというもの。

 その一方で、素養のあるとみられた子供を選抜して、食事に混入した薬品による刺激を行い、環境から負荷をかける、といった実験も行っていた。どうも、何らかの特殊な異能を人為的に発現させることを期待していたらしい。


「まあ、彼らとしては当てが外れたといったところだ。あの子には、いまのところ異能と言えるほどのものは備わっていない。とはいえ、真っ暗な遺跡内を自由に動き回る夜目の利きと、入り組んだ場所での直観的な地形把握は驚くべきものがあるな」


 使いどころによっては極めて高い価値のある資質だ。彼女のために最善の道をつけてやるのが、自分の責務だろうとコンラッドは考えていた。


「幼馴染が残した娘、か……血は繋がってないんだったな?」


「あるわけもない。一五の頃に故郷を離れて、ジュリアとはそれっきりだ。生きているうちに顔くらいは合わせたかったが」


「そうか……」


 お前さんにばっかり、酷い苦労を掛けたな――そうぼやくランベルトに、コンラッドは「()け」とだけ言い捨てた。

 しばらく無言の時間が流れ、液体をすする音だけがあたりに響く。


 そうこうするうちに、ランベルトがまた口を開いた。

 

「……そういえばコンラッド。頼まれてたあの施設の追加調査だが」


「うん」


「メアリー・サーグッド嬢の供述にあった『吹き抜け」な。底には確かに十代の少女の遺体があったよ」


「そうか……足は?」


「ん?」


「片足だったか?」


「いや? 足は普通にそろってた。隊つき処刑人(ヘンケル)の検屍報告では、死因は栄養不良と感染症らしい」


「そうか……」


 コンラッドは、自分の声がひどくしゃがれて陰鬱なものになるのをどうしようもできなかった。

 メイが抱えていた「友達」、リナと呼ばれたそれは彼が見る限り、ぼろ布を詰め込んだ枕カバーの袋とそれに巻きつけられた二枚ほどの古毛布だった。

 

 つまり、壊されていたのは「リナ」ではなくメイ本人だった。彼女と、吹き抜けの遺体が実際にどういう間柄だったかは不明だが、彼女は心の中に理想化されつじつまの整えられた、幻の友人を作り上げていたというわけだ。

 その幻を通して周囲の現実を受け止めることで、彼女は悲惨な状況をなんとか耐え忍んでいたのだろう。

 

「あの子には休める時間と、環境が必要だ……結局それは俺が与えてやるしかない」


 コンラッドはもう一度、自分に言い聞かせるように繰り返した。




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