元勇者の、プランB
作業を終えて独房に戻され、食事の配布を待つ。いつもならそれほど長く待たずに済む、夕方のひと時だった。
だが今日に限っては、奇妙に遅れている。どうしたのかと訝しんでいると監視員の一人が鉄格子に近づいてきた。
(様子が、おかしい……)
メイは警戒して、部屋の奥へ下がった。そもそもこんな背格好の監視員はいたか? 見かけたことがない気がする。一瞬間をおいて、監視員が口を開いた。
「君がメイ・サーグッドかい?」
(こいつ、私の名前を……? ここでは今まで、番号でしか呼ばれたことないのに!?)
「……そうだけど、あなたは?」
緊張が高まる。メイは寝床の、毛布とは名ばかりのぼろ布の下に手を延ばした。そこには、月の明るい夜に吹き抜けの底で探し当てた、長さのある金属片を隠してあるのだ。
「おおッと、待った待った! 落ち着いてくれ、敵じゃない」
彼の言葉と裏腹に、メイの警戒心はさらに高まった。
(こいつ、こちらの殺気を感じ取った?)
「私はコンラッド・ホードイェーガーという。ジュリアとは――君のお母さんとは古い知り合いでね」
そう言いながら男がゴーグルと口元のマスクをずらし、素顔をさらした。人の良さそうな端正で甘い面差し。だがそこに浮かぶ研がれた刃物のような厳しく冷たい印象は、到底ただ者とは思えない。
「いや、頼むから待ってくれ。そんなに身構えなくていい……君を助けに来たんだ」
コンラッドと名乗る男は心底情けなそうな声を挙げながら両掌をメイに向けて持ち上げた。
「教団の監視員たちは、眠らせてある。彼らが目を覚まさないうちにここを出よう」
本物の監視員から奪って来たのか、コンラッドは小さなカギを取り出して、難なく鉄格子の錠を解除した。
「待って……」
メイはひどく動揺した。待ちに待ったチャンスだ。だが、この男は自分だけを連れて行くつもりでいる。
冗談じゃない。リナを置いてはいけない――
「リナを奥に匿ってるの。奴らに壊されて歩けないけど、見捨てたくない……」
「ええ……?」
コンラッドの顔にさらに困惑の色が浮かんだ。
「お願い。友達なの」
「参ったな……そりゃあ無下にはできない、したくないが」
視線を左下に落して考え込む様子。
「君一人なら、出るまでは騒ぎを起こさずに済ませられると思ってた。だが、二人じゃ無理だな……仕方ない」
「じゃあ、全部諦める?」
メイに再び視線を戻すと、コンラッドは何かを諦めたように笑った。
「まさか。万が一のために、Bプランは一応用意してある。メイ、私はこの施設全域を片づけてくるから、その友達を連れてここで待っててくれ」
コンラッドは踵を返して収容区画の外に出て行った。
それからしばらくすると、花火を打ち上げたような炸裂音がして、大勢の人間が動く足音と、金属がぶつかる甲高い音が響いた。
メイは急いで遺跡内へもぐり込むと、「置いていけ」と繰り返すリナを抱きかかえて、ひどい苦労をしながら独房へ戻ってきた。
「出られるんだよ、リナ……きっとこんな日が来るって、私信じてた」
――でもメイ、私、父さんも母さんも多分、死んじゃってる。村は焼かれちゃって、もうないし……
「私も似たようなものよ。でも、きっと大丈夫。一緒に暮らしましょう。家族になるの」
―メイ……うん、ありがとうね。
やがて収容区画の大きな扉が、閂ごと破砕されて崩れ、土煙がもうもうと上がった。
「待たせたな、メイ。念のため、騎士団に控えに入ってもらってたのは正解だった。制圧完了、『寿ぎの家』はこれで、ほぼ壊滅だ。お友達もつれて、正門から堂々と帰ろう」
朗らかに声を励まして踏み込んできたコンラッドはしかし、メイが抱き起したリナの姿を目にすると、一瞬何とも言えない奇妙な表情を浮かべて固まった。




