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私たちは闇の中で

 夜が来た。

 

 監視員たちはわずかな当番だけを残して、あとは寝静まっている。そしてその当番も、この時間になって一つ一つの部屋をこまめに見て回ることはない。私はこっそり残しておいたパンを掴んで、独房の奥の暗がりへともぐり込んだ。

 

 地下墓地か何かだったのではないかと思わせる、古い遺跡。それを利用して作られたこの収容区画は、私たちを外に出さないための扉や鉄格子はやたらとしっかり設えてある。けれど、それ以外の部分はひどくいい加減な間に合わせのつくりをしていた。


 監視員が鉄格子を開けない限り、外へは出られない。だけど、内部の壁はあちこちで崩れていて、何に使っていたのかわからない狭い通路や、意味の分からない小部屋のような空洞がいたるところにある。私の独房にも、奥まった壁の一角にそんな迷路のような区画と繋がる、狭い穴があった。

 

 そこから入り込んだずっと奥に、私はリナを匿っていた。

 

 奴らの実験だか拷問だかにかけられて、彼女はもう、自分で歩くこともできない。

 でも、リナはこの施設でできた、私のただ一人の友達だ。死なせない。いつまでもつか分からないけれど、私が生きている限りはなんとしても、彼女を守る。

 

 私の名前はメイ・サーグッド。母は薬草師のジュリア、父は獣医師のランディ・サーグッド。ここでどんな扱いをされようと、そのことだけは決して忘れない。変わらない。 

 


  * * * * *

  

  

 慣れてしまえば、狭い通路の中はむしろ歩きまわるのに苦労がない。壁を時々手探りするだけで、自分がどこにいるかは簡単にわかるからだ。リナのところへ行く途中には、水の瓶も何本か、密かに蓄えてあった。

 

 幾つかの曲がり角を通って、私はリナのところへたどり着いた。か細い寝息が聞こえる。

 良かった、まだ生きている。

 

「リナ……起きて」


 少し離れたところから、待ちきれずに声をかけた。小さく身じろぎをした気配がして、リナが目を覚ましたとわかった。


 ――……メイ? 来てくれたのね。

 

「うん。待たせてごめん……お腹空いたでしょ。ちょっと待ってて……まずはお水から、ね」


 私は途中で拾い上げてきた水の瓶を、服の内側から取り出した。闇の中でこぼさずに持ってくるのは一苦労だったが、それだけの甲斐はある。少量の水でまずうがいをして口を漱ぎ、それから改めて口に含んだ水を、リナに口移しで与える。少しづつ、ゆっくり。

 

 それから、パンを小さくちぎって一口づつ。今日はパンだけだが、他に持ち運べる食べ物が出た時にはそれも持ってくる。魚の干物とか、硬くなったチーズ。本当にごくたまに、名前がはっきりしなくて酸味の強い、小さな果物とかも。彼女に歯が残っているのは幸いだった。

 

 ――ありがとう、メイ……でも、無理はしないで。私はもう、ここで終っても仕方ないから。


「ダメだよ、そんなこと言わないで。こんな変な施設なんて、そのうち絶対誰かに見つかる。さらわれた子供を探してるとか、そういう人もいるだろうしね……チャンスが来るまで、絶対にあきらめちゃダメ」


 ――メイは強いね……でもホントに、私の事は優先にしないで……


 リナの言葉には力がなくて、あきらめがにじんで聞こえた。片足を切り取られてるから仕方がないんだろう。でも、私はあきらめない。 

 

 

   

 十一歳の時、養父の手で売り飛ばされた。それで連れて来られたのが、このサン・トリスラム山の施設だ。全体として何をしているのか、私たちには知らされていない。でも何か、良くないことをしているのは間違いなかった。

 

 鉄格子の中に閉じ込められた子供の顔ぶれはわりと頻繁に変わる。私のように買われてきた子は比較的長く顔を見続けるが、拾われて、或いは引き取られてきた子たちは短期間のうちにどこかへ消えていく。それが何か惨たらしい「実験」や「拷問」に供されているのだというのはリナを通じて知った。

 

 私の境遇はと言えば、毎日足枷付きで中庭に連れ出され、意味の分からない作業をさせられるくらい。気楽なものだ。

 食事は一日二回。時々巡回してくる白いローブを着た若い男女から、長ったらしい聞き取りを受ける。たぶん私には、ここで生活しているうちに何かの変化が起きる、といったことを期待されているのだろう。

 

 それが何なのかは、分からないけど。

 

 リナのことに気づけたのは本当に幸運な偶然だった。中庭を挟んで収容区画の反対側に、漆喰で塗り固められた大きな建物がある。 その日はたまたま、作業の途中でそこにお湯のポットを取りに行くように命じられた。

 監視員の気まぐれらしかったがその時に、リナが粗末な担架で運び出されるところを見たのだ。彼女は数日前に私の独房の前を通って連れ出され、それ以来姿を見かけていなかった。 

 リナは引き取られてきた「安い」子だ。

 せっかく出来た友達だったが、仕方がない、いつものことだ――そう必死で自分に言い聞かせていたところだった。 

 

 ――班長、この検体はどこへ? まだ息があるようなんですが。

 

 ―「吹き抜け」のゴミ穴でいい。焼却炉は故障中だからな……不衛生だが、まあ大した影響はないだろ。

 

 そんな会話が聞こえる。私は驚きと怒りで息が止まりそうだったが、同時に幸運に感謝した。

 彼らが言う「吹き抜け」は、少し離れた場所にある、地面に開いた大きな穴だ。遺跡の一部が崩落して地下までつながっている。そこなら、独房から外に出ずに遺跡内部を通ってなんとか行くことができるのだ。 

 

 私はその夜、監視員の目を盗んでリナを探しに行った。遺跡内部は真っ暗でひどく苦労したが、何とか「吹き抜け」までたどり着き、リナを回収して私の独房に近いところまで運び込むことができた。

 

 以来、数か月。リナも私もまだ生きている。監視員たちにも怪しまれてはいない。

 だがこんなぎりぎりの状況をいつまで続けられるか、リナを守ることができるかどうかはひどく不確かで、きわどかった。

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