辞別
お読み下さってありがとうございます。
更新が遅くなって本当にすみません。もう少し早く更新するつもりだったのですが、インフルエンザが家中で猛威をふるっていました。
皆様もお体をお大事になさって下さいね。
12月を目前に、めっきり寒くなり、吐く息が白くなった。親は暴れてスッキリしたせいか、深い眠りに落ちていた。抜け出しやすくて良かった。
私は毛糸の帽子を目深に被り、充血した目と腫れた頬を隠した。痛みはもう小学生の頃から感じなくなった。下手に反抗的な態度を取ると明け方まで暴れるから好きなようにさせた方が楽なのだ。
コートを着、マフラーと手袋をポケットに突っ込む。すっかり冬装備だなと思う。彼女はまだ、あのへそ出しスタイルなのだろうか? そんな気がする。私は一度部屋に戻り机の引き出しから未使用のカイロを取り出す。机の上にある四角い目覚まし時計を見た。
「11:30、少し遅れた」
そっと家を出、いつもの散歩セットを持って、足早に歩いた。
「明日、何もありませんように」
死なないで。
絶望しないで。
未来を諦めないで。
生きることを諦めないで。
私はあなたの幸せを願っている。たくさんの祝福を祈るよ。
私は毎晩メッセージを持って行くが、彼女と再び会うことはなく、メッセージもそのまま置いてある時もあれば、なくなっている時もあった。なくなっている時は、懐中電灯で辺りを探し、風で飛ばされていない事を確認した。私のこの行為が彼女の中の淋しさを少しでも埋める事が出来ていれば嬉しい。
心の淋しさは人を狂わせる。
私は空っぽになり、彼女は心の虚無感を埋めるために男性に依存する。一瞬だけでも求められていること、人の温もりを感じられること、快楽に溺れることで刹那的に幸せになれるけれど、その後は淋しくて余計に辛い。心の行き来が苦しくて更なる刺激と逃避を求めてしまったのだろう。
だけど、きっとそれでは心の闇は埋まらないのだ。
親を愛していた。愛されたかった。ただ無条件に抱きしめてほしかった。大事にされたかった。一人じゃないよ。一人にしないよって感じたかった。
だから頑張って、頑張って。
それでも私たちはそれらを永遠に得ることは出来ないのだ。まずはその事実を認めないと私たちはどこにも進めないのだ。
今日もメッセージはなくなっていた。私はいつも通り、風で飛ばされていない事を確認し、新しいメッセージを置く。
ありがとう。
幸せに。
伝え切れないたくさんの思いがあり、でも言いたいことはひとつだけしかなかった。
私は未来を引き寄せるため先に祝福を贈る。
彼女がいつ来てくれているのかわからない。明日なのかもしれないし、明後日なのかもしれない。
予言の日は明日。
私が言ってほしかった言葉をあなたに贈るよ。
それらがこれからのあなたを支えてくれると良いと願う。
「今までだって頑張ったんだから、もう少しだけ一緒にがんばろうよ」
そう、願っていたのに。
私の背後から『やっ!』と彼女が声をかけ、一瞬で私の前に体を滑り込ませてきた。
『もう頑張れないなー。ってか、あんた今日も傷だらけじゃん! 大丈夫?』
ああ、神様はいつも残酷だ。
私は膝から崩れ落ちた。
一見、普通に見えるけれど顔や身体が不自然に反射している。例えるならば、アクリル板越しで見ているような不自然な違和感。のっぺりと光を反射しているのだ。
冬の風より更に冷たい風が私の髪を揺らした。
『泣きんさんな〜』
彼女は困ったように私の涙を指で拭った。
『手紙、ありがとう。嬉しかった。
首絞められて苦しいな〜、死ぬな〜って思った時、あんたの悲しむ顔が見えたんよ。ま、顔覚えてないから手紙じゃけどさ』
彼女は私に背中を向けて先程設置したメッセージを手に取り、しゃがんで私に向き直った。
『ありがとうはうちの言うセリフじゃん! 文通ありがとう。一人じゃないって幸せ』
彼女は穏やかな顔をしていた。殺されたとは思えないくらい満ち足りた顔をしていた。
「……今日、前の寒そうな服じゃないんじゃね。似合っとる」
彼女は以前の派手で攻撃的な服ではなく、ごく普通の一般的な白のタートルネックのカットソーに茶色を少し混ぜたワインレッドのロングフレアスカートを履いていた。化粧も以前の攻撃的なものではなく薄化粧で彼女によく似合っていた。
『うちはこんな服が好きだったんよ。あんたに会いに行くときは本当のうちで会いに行こうと思っとったけん』
まあ、買って一度も着てないんじゃけど。と笑えない冗談を言った。
「寒くない?」
私はポケットから使い捨てカイロを取り出した。彼女はそれを受け取り、幽霊だから不思議と寒くないんだけど、ありがとう。と何処かにしまった。私は袋ごと彼女の体に消えたカイロはどこに行くのだろうとぼんやりと見ていた。
『あんた、みえるんだね。今ならよく分かる。あんたの特別さも後ろの異様さも』
彼女が私の肩あたりを凝視しながら言った。
『気持ち悪かったり、体が重かったりせんの?』
「今のところは全然平気。でも、みえる人は恐いみたいよ」
『あんたさ、前、変なこと言ってたじゃん? それもみえたん?』
「うん。ごめんね。気持ち悪いじゃろ?」
私は苦笑した。彼女は答えず、しばらく考えた後、ゆっくりと両手を私の首に交差させた。氷のように冷たい手が彼女が死者だと再認識させた。
『あんた、生きるんが辛いんじゃろ?
うちとあんたは似とる。生きることが嫌なんじゃろ?
……違う。生きることが罪で、辛いのは罰だと思っとる。だから自分では死なんし、生きようともせん。
なら、うちが今ここで殺したげるわ』
そう言って、私の首を絞めたまま彼女は立ち上がった。私の顔が彼女の頭のてっぺんより高い位置に持ち上げられ、私の足が地面から大きく離れた。
『優しく殺したげるね』
ぎり、と首から締まる音が聞こえた気がした。彼女のローズピンクの口の端が無理やり上がっているように見えた。唇がやけに艷やかで、少し奇妙な気がした。
「いいよ」
私が苦しい息とともに掠れた声で返すと、彼女は私が本気で言っているのがわかったのか苦しそうに顔を歪ませ、パッと手を離した。私は地面に放り出された。足はついたが、立つことが出来ず膝をつく。固い地面の感触に安心したせいか、私は空気を一気に吸ってしまい、しばらく咳き込んだ。
落ち着いた頃、彼女は私に手を差し出し、立たせた。私達は向かい、初めてお互いの顔をしっかりと見た。
彼女は思った以上に大人びた顔をしていた。一生懸命藻掻いて生きてきた立派な女性だった。
『……うちはあんたに生きて欲しい。
親からも、私みたいなのからも逃げんと生きて欲しい。今以上に傷つくけど、諦めんと生きて欲しい。
だって、うちは嬉しかった。死ぬ時、あんたが救いだった』
強い彼女の言葉に私は目を背けたくなったが、彼女がそれを許さなかった。
「私は無力で、何の力もない。役にも立たない。頑張っても悪くなる事も多くて。運命は変わらない。だったら何も残さず、何も求めず、何も求められず死んだように生きるしかないんだ」
言い切った私に彼女が優しく頬を包み、強く抱きしめた。お互いに体が強張っているのがわかった。私たちはこういう触れ合いに慣れていないから二人して苦手なのだろう。私たちはどこまでも不器用だ。
『結果は変わらなくても、うちはあんたがいてくれたから、笑って死んでいける。ありがとう友達』
耳のそばで囁かれると、くすぐったい。私は泣き笑いをした。彼女は私を抱きしめたまま頭を撫でる。
「………うん」
『約束する。あんたが死んだら必ずうちが迎えに行く。あんたが親に殺されても、事故にあっても、老衰しても。
必ず迎えに行くから、安心して戦ってきなよ』
「……残酷な事を、言う」
『うん』
「うちの親、アレだから明日死ぬかも」
『うちら仲良しで良いじゃん』
「もしかしたら、親を殺すかも」
『うちが許すよ。んで、ほどほどで迎えに行ってあげる』
私は彼女を抱きしめ返した。彼女は任せなさいと囁き、私たちはしばらく抱き合って泣いた。彼女は氷像のように冷たく硬かった。
『そろそろ行くわ』
彼女が私の体を押した。彼女の体はもう存在が薄くなっていた。
『ねえ、見送ってくれるなら歌を歌ってよ。あんたが好きな歌手の月光浴っていう歌。あんたがいつの日も笑っていられるように』
「……冗談が笑えんのよ」
私は彼女と距離をとり、姿勢を正して彼女をみた。本当にこれでお別れなのだ。またいつ会えるのか、本当に会えるのかわからない。だから私たちは無理やり笑顔を作る。
深くお辞儀を2回し、胸の前で両手を合わせた。目を閉じ、深い呼吸を何度も行い、心を鎮めて2度手を打つ。
そのまま胸の前で両手を組み、歌い始めると彼女は柔らかく笑った。
声が震えてうまく歌えなかったが、彼女が消えていくのを私は瞬きもせず見送った。
歌い終わる前に彼女は消え、私はまた深くお辞儀をする。そのままの姿勢で唇を強く噛んだ。言葉にならない声が漏れる。強すぎる感情を抑えるために更に強く唇を噛んだ。
どうか、彼女が次は幸せでありますように。
彼女に恥じない自分でいられますように。
名前も知らない友達を悼み、私は生まれて初めて声をあげて泣いた。
各御家庭状況、個人的な感情も様々なので反感をお持ちになる方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちはこういう意見だったというだけで、みなさまのお考えを否定するつもりはありません。ひとつの意見としてお読みくだされば幸いです。
月光浴はとても思い入れの深い曲ですが、色々あるようです。澄川はそれはそれ、これはこれと割り切るタイプなのですが、ご不快になられた方がいらしたら、申し訳ありません。お好きな歌をあてはめて読んで下さったら幸いです。




