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昔語り小説その一:Versus

 放課後。普段ならここには五つの影が集まるはずなのだが、今はかろうじて過半数の人間がいるだけだった。ついに、ついに、待ち望んだこの日がやってきたのである。

 俺は相棒に視線を送り、彼女もまた一つ返事で了承した。

――今しかない。

 時は満ちたとばかりに、俺達は標的に突撃した。

「ちゃろ先輩」

「茶瓏だ」

 律儀に訂正を返してくる先輩も、今日ばかりは俺達の様子が違う事に気が付いたようだ。

「なんだ?」

 いぶかしむような目線にも、俺達は屈しない。俺に関しては死活問題なのだ。だが、その割にはいかんせん、口に出すのがはばかられる内容なので、よく考えて言葉を選んでから、思い切って尋ねた。

「この前の、あれ。一体なんなんですか……?」

「……あー、あれか」

 抽象的な物言いにも関わらず、これだけで先輩は全てを悟ったようだ。頭をぽりぽりとかき、困ったような顔をしている。ちなみに、“この前のあれ”とは、準先輩が俺に告白してきた事である。一応、あの場では茶瓏先輩ときーちゃん、それに史空さんの迅速な判断により、冗談として収められたが、あれ以来どうも先輩の俺を見る視線が気になって仕方が無いのだ。あの底しれぬ怖さの原因を、俺は知っておかなければならない。俺は質問を重ねた。

「それに、あの様子だときーちゃんも知ってるんですよね?」

「まぁ、な」

「一体、貴方達の間に、何があったんですか?」

 ここでようやく、彼は思い至ったようだ。何故俺達が、わざわざ三カ月も前の事を蒸し返した事に。逆に言えば、どうしてこのタイミングを狙って、問いかけてきたのか、という事に。そう、これはただ準先輩の少々変わった趣向を聞き出そうとしている訳ではない。三人に関する秘密、それを明らかにしてもらおうという試みなのだ。

「……それで、珍しく二人ともいない時を狙った訳ね」

「そういう事」

 実はこの状況を作りだすのに、度重なる失敗と多大な労力がかかっているのだが、それだけの価値が今回の話にはあると判断し、俺達はめげずに頑張った。このシチュエーションは、俺と斗華の努力の結晶なのである。

 これ以上俺が攻撃しても、らちが明かないだろう。アイコンタクトをし、斗華に留めの一撃を刺させる。

「私も、是非聞きたいです」

「うーん、斗華に言われちゃうとなぁ……」

 美少女の効果というのは、時として絶対を誇る。茶瓏先輩もようやく腹をくくったらしく、咳払いをしてから言った。

「よし、仕方が無い。話してやろう。だが少しばかり長くなるぞ?」

『はい!』

 文芸同好会の伝統その十、“過去を語る際は小説仕立てで”に基づき、茶瓏先輩は語り始めた。彼と彼の恋人と、その従兄妹との物語を。

 彼の初めての小説は、三本仕立ての青春バトルものだった。



First:河原

「ねぇ、あんたしつこいよ……。もう勝負はついたでしょ?」

「だって、一回でも勝てば良いって言ったじゃん」

「だからって……あんたはあたしに勝てないのよ?」

「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃん」

 決闘が始まった頃にはさんさんと照りつけていた太陽も、今や沈みきって見る影もない。

 そんな人気もない場所で、対峙する少年と少女。

 そして、どこからか持ってきた椅子に、これまたどこからか調達したロープで縛りつけられてその二人の間に座らせられている人質の少年。

 戦数はゆうに、三百を超えた。

「ったく、もう止めようよ。つか、俺居なくても良いだろう?」

 至極まっとうな事を言う身動きの取れない少年――俺。

 だがそれは二つの理不尽によって、いとも簡単に一蹴される。

「何言ってんの?」

「茶瓏はこの戦いの賞品兼見届け人なんだから、いなきゃダメ。大丈夫、もう少しの辛抱だから」

「じゃあせめてこのロープほどいてくれよ……」

 この俺の切実な嘆きも、縛って拉致した当人達の屁理屈によって、無に帰される。

「ほどいたら逃げるでしょ? ま、本当、もう少しの辛抱よ。準が諦めたらすぐ、解放してあげるからさ」

 そう言って、勝ち誇ったように微笑む少女――葵珠。

「何言ってんの、葵珠? 僕が勝って終わりだ」

 葵珠に言い返して、無理に強がる少年――準。

「ふん、何とでも言ってなさい。どーせ、あたしのこの力がなくならない限り、あんたに勝ち目は無いんだから」

 確かに。準が勝つ確率は零に等しい。

 何故なら葵珠は、人の心を読む事が出来るのだから。

「それじゃ、行くよ」

 葵珠に声をかけて、準が構える。

「好きにすれば?」

 呆れながらも、構える葵珠。彼女の瞳の色が、一瞬深みを増す。そして――

『最初はグー、ジャンケンポンっ!』

「・・・」


 はぁ。思わず、空を仰ぐ。

――何でこんな面倒くさい事になったんだろう。

 全ては一週間前に俺が犯した、二つの過ちの所為なのだ。



Second:誤

 新年度が始まり、俺達が所属する文芸同好会にも、新入生が入った。それが葵珠だった。

 まぁ、正確に言うと、葵珠は入学する前から、入部する事が決まっていたのだが。

 何故なら、葵珠と準はその時、恋人同士だったのだから。

 二人は従兄妹同士で、幼い頃から仲が良く、いつの間にか親も公認する仲になっていた。らしい。少なくとも中学生の頃には、もう付き合っていたと聞いている。

 そんな訳で、俺は正直、面白くなかった。

 だって、どう見ても普通の、何の取り柄も無い地味な男には誰もが羨むほど美人の彼女がいるのに、(自分で言うのもなんだが)成績優秀、スポーツ万能、格好も良い男に彼女がいた事すらない、というのはあまりにも酷じゃないだろうか。

 そう妬んでしまうぐらいには、葵珠はとても美しい。健気で可憐で明るくて、少々毒は強いものの、それもまた魅力だと思えるぐらいの、そんな美貌を兼ね備えていた。

 それに、二人は贔屓目に見ても、此方が照れてしまうぐらいには仲が良かった。常に一緒にいるし、いつも二人で笑って話をしているし。それはもう出来過ぎているぐらいに、理想のカップルであった。だからこそ俺は、彼らに嫉妬し、一度ぐらい何か不協和音を鳴り響かせる事は出来ないかと、意地悪な事を考えたりもしていた。

 そんな俺の歪んだ想いが、通じてしまったんだろうか? ある時、二人が部活中に大喧嘩をしてしまったのだ。

 きっかけは、ほんの些細な出来事だった。

 我が文芸同好会では毎年、“新入生との絆を深める”という大義名分を掲げて、新入生にドッキリを仕掛ける、というのがいつからか恒例行事になっている。

 それがその年は、“落とし穴”だった。

 あの時ばかりは普段はあまり顔を出さないような人達も皆参加して、部員総出で計画を遂行した。学校側に見つからないよう、深夜に忍び込み、えっさおいさと穴を掘り、仕掛けを施す。そして翌朝早朝、準が葵珠を連れてくる、そういうストーリーだった。

 結果として――ドッキリは大成功だった。葵珠は見事にはまった。

 だが、そこで事件、というか事故が起こった。こちらが思っていた以上に葵珠の体が埋まってしまい、彼女は身動きが取れなくなってしまったのだ。多分、原因は穴を深く掘り過ぎたから。あの時は深夜の学校というシチュエーションに皆酔っており、無駄にテンションが高かった。その為、余計に大きく作ってしまったのだろう。後は葵珠の身長の低さを読み間違えたのもあるだろう。いずれにせよ、俺達の責任である。

 それに気が付いて、いち早く手を差し伸べたのが準ではなく、俺だったのだ。というよりも、準はあまりにも上手くいった、って笑い転げていたし。その対応には天と地ほどの差があるように、彼女の目には映ったのだろう。

 そこからの葵珠の行動は、驚くほど、皆が引くほどに、恐ろしく早かった。

 まず、準をぶん殴り全治一カ月の重傷を負わせ、

「あんたなんか大っ嫌い!!」

と追い打ちをかけてふり、さらに、俺に交際を申し込んできたのだ。思えばあれが、彼女の本気を見た、最初の事だったかもしれない。

 まぁ、断る理由も特になかったのだが、それではあまりにも準が惨めだったので、とりあえず返事を先延ばしにし、お見舞いがてら準を慰めにかかった。

 それが、間違い“その二”、だった。

 準にはその……何というか……、えと、あの……。まぁ皆もう知ってしまっているから暴露するが、そっちの気があったのだ。

 これは後で聞いた話だが、葵珠はそれに気が付いていながら、大切な従兄がその道に走っていかないように、あえて付き合っていたのである。それを考慮すると、確かに準の仕打ちは、彼女には裏切りとも取れただろう。好意はあったのだろうけれど、でもきっと愛していたという訳でも無かったのだろうから。


 そんな訳で、二人は俺を巡って、決闘を始めてしまったのだった。



Third:決着

 準がパー、葵珠がチョキ。やはり葵珠の勝ちだった。

――もう、埒が明かないな……。

 大体、準が真面目すぎるのも悪いのだ。方法もじゃんけんにしたのも準だ。手っ取り早くて男女平等な手段、という事で選んだのだろう。病院送りにされた相手に対して、あいつは何甘っちょろい事を言っているのか。俺は腕相撲とか、それこそ、タイマンとかでも良い勝負になると思うのだが……。でも、準も見かけの割には力が強いし、男としてのプライドが許さなかったのだろう、とも推測している。

 しかし葵珠もそうだが、あの一族は小柄なくせに、どこにあんなパワーを潜めているんだろう。真に恐るるべきは、端本の血統か……。

 まぁそれはさておき、そういう所が準の良い所でもある。いい加減、身動きが取れない状況に疲れてきた俺は、ここで口をはさんだ。

「葵珠、お前、いい加減にしろよ。準、お前もだ」

『?』

 突然、しかも久方ぶりに、俺がしゃべったからだろう。二人は驚いて、何を言われているのかが解らないようだった。

「? どういう意味?」

 先に聞いてきたのは葵珠だった。もっとも、準もうなづいて肯定を示しているので、この二人、本当に何を言われているか分からないようだった。……ったく。

「準は真面目すぎ、葵珠は不真面目過ぎ。準、どーせお前の事だ。何を出すか考えてから出してたろ? それじゃ葵珠の思うつぼじゃねーか。で、それを知ってか知らずか、葵珠は全然手ぬかねぇし。葵珠、お前“公平な勝負”なんて、初めからする気ねーんだろ? 見損なったぜ」

『・・・』

 黙りこくる二人。大方、思い当たる節が多すぎるのだろう。俺の言葉の意味を十分考えるだけの間を空けてから、代表するように葵珠は言った。

「……わかった。茶瓏の言う通りにするよ」

 俺の言葉は、ちゃんと二人に届いたようだった。……少し言い過ぎてしまった感はあるが、熱くなっている二人にはちょうど良いぐらいだったのだろう。それに、元は思い合っていた二人だ。本気で争うつもりもきっと、心のどこかでは欠落しているのだろうし。

 頭が冷えた事を確認してから、俺は二人が勝負している間に考えた“公平な勝負”を、彼らに説明した。

「よし、じゃ二人とも、紙にグー・チョキ・パーのどれかを書いて、二つ折りにして、俺に渡して。もち、葵珠からな。準、お前の方は予め三つ書いといて、葵珠が書き終ったらその中なら一つ選んで、俺に渡せ。いいな?」

『うん、わかった』

 二人はそろって、うなづいた。


 数分後、三人の運命を決める二枚の紙切れが、俺の手元に渡る。薄っぺらい紙なのに、しっかりとした存在感があった。

「準、ロープほどいて」

「あ、ごめん。忘れてた……。ちょっと待ってね」

 ガサガサ、ごそごそ、チチチチチ……。

 そういうと、彼はどこからともなくカッターを取り出し、迷う事無い見事な太刀筋でロープを一刀両断した。しかし、ロープといいカッターといい、いかんせん準備が良すぎる気がする。お前は歩く文房具店か。

 それはさておき。ようやく解放された俺は、小さくのびをする。こりかたまった体をほぐし、深呼吸。ふぅ、やっと自由に動ける。

「よし、じゃあ、開くぞ。葵珠はこっち、自分の方開けてくれ」

「了解」

「行くぞ。一・二・三!」

 バッ。

 勢いよく開かれた小さな紙片。そこに書かれていたのは、両方ともグーの文字だった。

――しまった! 公平さに気を取られて、この可能性を考えるのを忘れてた!

 あれだけ大見得を切っておいて情けない限りではあったが、これでは決着が付かない事は誰の目から見ても一目瞭然である。

「……さて、どうしようか……?」

「も、もう一回やる? ここまで来たら……」

 そ、そうだな、でもまた決まらなかったら、その時はもう一回。そんな軽い気持ちで葵珠の提案にのっかろうとした瞬間――

「はっははっはっはは……!」

準が奇妙に笑い始めた。

「お、おい、準……?」

「じゅ、準兄?」

――もしかして、ついに壊れた!?

 おろおろする俺と葵珠。そんな俺達をよそに、ひとしきり笑い終えた準は、静かに呟く。

「昔から、ずーっと葵珠の事見てきたからね。僕が勝てない事ぐらいは分かってたよ……。解りきってた」

「準兄……」

「それでも、葵珠と茶瓏が、僕の大好きな二人が付き合うのは、何か悔しくて……淋しくて、ね。でも、もう、目が覚めたよ」

「準、お前……」

「葵珠、茶瓏を泣かせたら、僕が許さないからね。じゃ、お幸せに」

 そう言って、晴れやかな笑顔を残して、準は去っていった。

 そこでようやく気が付いたのだ。準はただの野暮ったい冴えない男では無いと。何故ならその時の彼は、最高に格好良く見えたのだから。

 葵珠が準のそばにいた理由が、その時やっと分かった気がした。




「という経緯があってだな」

 粗方話し終え、彼は満足げだった。確かに話としては、初めて小説を書いた、否、作ったとは思えないほど面白かった。しかし、引っ掛かったのはそこではなく。

「先輩」

 そこだけはどうしてもつっこまなければならない。いや、つっこみどころは色々あったが、その中でも群を抜いて聞かなければならない事があった。それは斗華も同じだったらしく、息を合わせた訳でもないのに、二人の声はシンクロした。

『もし、準先輩が勝っていたら、どうするつもりだったんですか?』

 問いかけられた先輩は、多分聞かれる事は予測できただろうに、再び頭をかいて困惑顔になってしまった。

「……それ、勝負が終わった後、葵珠にも言われたなぁ」

 さも、まいったなぁというように呟いてはいるが、自分でまいた種である。落とし前はつけてもらわなくては。

「で?」

「あの時はなんて答えたんだっけか……」

「曖昧に笑って誤魔化したのよ」

『きーちゃん!』

 流石、自分の出番は分かっていらっしゃる。いつからいたのかは分からないが、抜群の間合いで、きーちゃんは戦場に颯爽と登場した。

「き、葵珠……」

「あたしも気になるわね。教えてよ」

 教えて、などと可愛らしい言葉を使っているが、その実、彼女の手は茶瓏先輩の首元にかかっている。一歩言葉を間違えれば、そこには絶望と恐怖が待っている。恐ろしや恐ろしや。

「そ、それはだな……」

 その剣幕に負けて、白状しようとした時、

「葵珠。まだ会議終わって無い」

以外にも助けに入ったのは、他でもない準先輩だった。

「ちょ、ちょっと準! 今大事な話を」

 あーれー、ときーちゃんは瞬く間の内に回収された。あのきーちゃんをこの早さで抑える事が出来るのは、準先輩か妹の史空さんしかいないだろう。

「助かった……」

 けれどこうなってしまっては、あの二人がいつ帰ってくるとも分からない。圧力から解放されたてのところ恐縮ではあったが、俺は切りこんだ。

「で、言えないって事は、つまり」

「まぁ、無下には出来ないわな」

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』

 嘘だよ、嘘。そう、先輩は慌てて取り繕っていたけれど。

 ちっとも冗談に聞こえなくて、俺達はしばらくそのまま動けなかった。


時系列が前後するお話を、どうやって流れに沿って入れようかと考えた時に、無理矢理編み出したルール。それが“文芸同好会の伝統その十”でした。

個人的にはこの三人気に入っているので、この話もすごくのりのりで書いていました。

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