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Underneath

 爽やかな春の夕暮れ。太陽が本日最後の仕事を果たすかのように、物悲しげな橙色に空を染め上げている。俺はその美しさに見惚れつつ、ペンを走らせる。BGMには、俺の大好きなポルノグラフィティの“黄昏ロマンス”、そして、片手には珈琲。嗚呼、なんて充実した時間なんだ……。

 物語はクライマックス。いよいよ探偵が容疑者を集めて、謎解きをするシーンだ。よし、と気合を入れ直し、再びペンを走らせようとした、その時である。

「ギャハハハハハハハッ」

 バキッ。

 ……どうやら、シャープペンシルの芯が折れてしまったらしい。下品な笑い声で現実に引き戻された俺は、一気にやる気を失くす。と同時に、むくむくと沸き上がった感情が頭の中を支配した。

「うるせぇよ! 餓鬼かお前ら!」

 いつもならストップをかける理性さんとやらもどこへやら。歯止めはきかなかったらしい。気が付いたら、口が勝手に動いていた。しん、と静まり返る室内。

――やべ……。ちょっと言い過ぎた?

 いや、元はと言えば、あいつらが煩過ぎたのが悪いのだ。しかしいくら怒鳴っても、一度切れてしまった集中力はもう戻ってはこない。さて、どうしたものかな、と考えていると、

「すみません。邪魔しちゃいました?」

(とう)()が話しかけてきた。

「あぁ……。まぁ、いいよ。そろそろ休憩しようと思ってた所だったし」

 勿論これは嘘だが、可愛い後輩の手前、こう言わざるを得ない。

「そうそう。大体、ここで真剣に書こうと思っている(じゅん)の方が悪いんだ。斗華が謝る事では無いさ。どーせプロの作家気取って、外界から邪魔される事の無い高級旅館の一室で優雅に執筆、ぐらいの気分で書いてたんだろー?」

「コーヒー牛乳片手に格好付けても仕方ないのにねー」

 そう言ってケタケタと笑うのは茶瓏(たろう)()()。……くそ、この二人は鋭すぎる。言っている事は正しいのだが、いかんせん言い方の問題か腹が立つ。

 確かに、ここは我が文芸同好会の部室で、今は放課後。外では運動部が走り回っていて、お世辞にも静かとはいえない。それに一応、“座談”も活動内容には入っているので、彼達を責める事も出来ないのだが……。

「でももうちょっと配慮してくれても良くないか? 俺ちゃんと前置きしといたじゃん」

「そういえば、準先輩はきちんと“これから小説書くから騒ぐなよ”と宣言されていましたね」

 あくまでも冷静なのは(りょう)。流石、先輩の言う事を良く聞いているな……。良い後輩を持てて、俺は幸せである。

「うーむ。そうだったね。じゃ、一応謝っとく? 稜、葵珠」

「いや、俺はそこまで五月蠅(うるさ)くしてませんから。謝るのはちゃろ先輩ときーちゃんだけで十分でしょ?」

「茶瓏だ。ちゃんと覚えろ!」

「まぁまぁ。今はそんな事どーでも良いじゃん。それより、ごめんね。準兄」

 うーむ。こう素直に謝られては調子が狂うし、心も痛む。大人げなかった所もあるし、仕方ない、許してやるか。

「分かってくれれば良いよ。……じゃ、そろそろ行くわ」

「何? デートか?」

「あぁ。今日は数学と英語、だったかな?」

「お疲れ様でしたー」

 斗華と葵珠の声を後に、俺は行きたくもない授業を受ける為、塾へと足を速めた。



「ふぅ。やっと行ったよ。全く、扱いづらい」

「まぁ仕方ないよ。アレでも部長なんだし」

 準先輩がいなくなった部室では、いつものように悪口大会が開かれていた。その筆頭はちゃろ……いや、茶瓏先輩と、きーちゃんこと葵珠さんだ。斗華と俺は聞いているだけ。

 さて、いきなり始まったので何が何だかわからないという人がほとんどだろう。俺だって全てを把握している訳ではないのだが、読み進めていく上で不都合があるといけないので、少し説明をしようと思う。

 え、いきなり出てきたお前は誰だ、って? 申し遅れた。俺は綾野怜文。ここの人達からは稜と呼ばれている。この春から高校に入学した、いわゆるぴかぴかの一年生というやつである。そんなまだ入学して日も浅い俺が、どうして語り部に選ばれているのか。それは、神、否、作者のみぞ知る。

 さて、あまりここでぐだぐだしていても仕方が無い。説明に戻ろう。はじめに、ここで使われている名前だが勿論、本名という訳ではない。所謂(いわゆる)、ペンネームの類だ。我が文芸同好会では、普段からペンネームで呼び合う、というのが伝統になっているらしい。後、敬語を使わない、というのも昔からの仕来りのようだ。他にも色々と掟はあるようなのだが、きーちゃん曰く、

「ま、そのうちね♪」

という事なので、いつか時が来れば知る事もあるのであろう。実際、ほぼ何も知らない状態でかれこれ一カ月活動している俺や斗花には何の影響も無いので、読者の方は尚更、知らなくても差し支えは無いと思う。

 次に、部員の紹介をしようと思う。まず、やり玉に挙げられている準先輩。本名、端本(はしもと)勇士(はやと)。三年生で、トリックで魅せる推理小説を書く。なんやかんや言って部内で一番上手い物書きであるから、その辺りも現状をややこしくしている原因らしい。そしてその準先輩と同じ三年生なのが、茶瓏先輩。河口(かわぐち)太朗(たろう)、俺の中学の先輩でもあり、実質この部活のまとめ役である。その茶瓏先輩と恋仲なのが葵珠さんこときーちゃん。端本天史(はしもとあまみ)という名が示す様に、準先輩とは従兄妹同士だ。唯一の二年生でブラックな恋愛小説を書く。甘いだけじゃない所がみそである。で、何故かきーちゃんと仲が良いのが同級生の斗華だ。彼女は桃原(ももはら)(なつ)()といい、ポエマーである。本人同様、温かくてふわふわした文章を綴っている。そして最後に俺。今は実体験を元にしたエッセイを書いているが、慣れてきたら推理小説にもチャレンジしたいと思っている。もっとも、何年先になるかは分からないけれど。

 とまぁ、概ねこんな所だろう。ちなみに茶瓏先輩の欄に作風に関する記述が無いのは、彼は編集役であり、自分で作品を書く事が無いからだ。って、こんなに詳しく説明する必要ってあったのか……?

 ごほん。話を戻そう。先程の会話でお解りいただけたように、準先輩は若干キレやすい。というか、見ている限りでは、一日一回は怒鳴らないと気が済まない性格のようだ。その面倒くささを、茶瓏先輩ときーちゃんは嫌っている。ちなみに、俺と斗華がどう思っているのかは、あえて言わない事にしておく。

「稜ー。聞いてんのー?」

 一通り解説が終わったタイミングで、俺はきーちゃんの声でふと我に返った。そうだった。今は部活中。しかも、件の準先輩を困らせてやろうと、謀略を、違った、作戦を練っている真っ最中なのであった。

「あ、ごめん、きーちゃん。ぼーっとしてた」

「ったく、これだから稜は……」

 呆れられてしまったところで大変恐縮であるが、そんなに面倒な事しなくたって、だったら部活辞めれば良いじゃんと俺は内心で思っている。だが、どうもそういう類の問題ではないらしい。なんだかんだ三人は仲が良いようなので、おそらくちょっと改心してほしいだけなのだろう。まぁいつもの事だと思って放置しておいたのだが、今日はきーちゃんの目がいつもと違う。本名から感じ取れるイメージとは裏腹に、全身からあふれ出るオーラはまるで、悪魔のような怪しさを放っていた。本当にとてもものすごーく嫌な予感がしたが、しかし聞かないのも癪なので、俺はおそるおそる尋ねる。

「それで、何か良いアイディアでも?」

「うん。斗華が準に告るんだって」

「はいい?」

 予想は的中。でもまさか、よりにもよって斗華を使うとは。っていうか!

「それのどこが、はめる作戦なんですか?」

「え? だって、悲しくない? 女の子から折角告白されたかと思ったら、実は嘘でした、なんて。しかも、その一部始終をあたし達が聞いてました、となれば……」

 皆まで言うな! それは嫌過ぎる! 聞いた俺が馬鹿だった……。えげつないよきーちゃん。嫌がらせのレベルを超越してるよきーちゃん!

 そんな俺の心の声の叫びは全く届いていないようで、当の本人は楽しそうに笑っている。

「あー、準兄、どんな反応するかなぁ。楽しみー♪」

「それはそうとしてさ……」

 何故斗華なんだきーちゃんで良いじゃないかむしろきーちゃんの方が適任じゃないか、と文句を言おうとしたら、それは意外な人物によって阻まれた。

「レイちゃん。私が言い出した事なんだから、別にいいでしょ?」

「ここでは稜だ。いい加減慣れろ。って、そうだったのか? なら、まぁ、良いけど、さぁ……」

 俺はてっきり、こんな性質の悪い冗談は、きーちゃんが言い出した事なんだろうと思っていたのに。それはそれで、何だか裏切られた気分になった。

 しかし、一度決まってしまったものは仕方ない。平部員である俺は、大人しく協力するしかないのだ。

「で、いつやんの?」

 ある程度仕込みや準備が必要だろうから、等と甘く見ていた俺が馬鹿だった。ジャブ程度の軽い気持ちの質問に、とんでもない答えが返ってくる。

「明日♡」

『明日―!?』

「いや、いくらなんでも、それはなくないか? 葵珠」

 これには流石に、計画の賛同者であり、この中で唯一きーちゃんを止められる存在である茶瓏先輩もツッコミを入れる。

「善は急げって言うじゃない? それじゃ、これからデートだから☆」

「え? ちょ、聞いてな」

 言葉より早く、きーちゃんは先輩の腕をつかんでいた。こうなってはもう、身動きは出来まい。きーちゃんは小柄ながら力が強いのだ。

「お疲れ様でした。葵珠さん、茶瓏先輩」

 抵抗は無駄だと悟っているのか、斗華が律儀に見送る。

「きーちゃんで良いってー。じゃ、明日ねー」

 彼女はそのまま、首でも絞められたのか一言も発しなくなってしまった先輩を連れて、本当に出ていってしまった。もう少し話し合いとかしないで良いんですか、というささやかかつ重大な俺の疑問は、心の中に綺麗に折りたたまれて収納される。だがおそらく、俺の不安は話を聞いていなかったという所が大きいのだろう。斗華が落ち着いている所を見ると案外、彼らの中ではもう計画は綿密に立てられていたのかもしれない。

 だからせめて頭を下げてでも、詳細を聞きだそうと思ったのだが、

「じゃあ、私もそろそろ行くね。バイバイ、レイちゃん」

「だからレイじゃないって」

「あはは、ごめんごめん。じゃあね」

「……じゃあ、な」

斗華にも逃げられてしまった。結局、この日計画を知る事は出来ず仕舞い。気が付いたら、部屋の中にいるのは、俺一人だった。

 妙に広くなってしまった空間に、運動部の威勢の良い掛け声だけが、虚しく響いていた。



 その頃、屋上では……。

「トーカ、Are you ready?」

「はい、問題無いです。葵、じゃなくってきーちゃん」

「でも本当に良いのか? ……あれは相当凹んでたぞー」

「良いの良いの。あーいうのには、一回試練を与えなきゃ」

 辺りが薄暗くなりはじめ、よくは見えないはずなのに。その微笑みだけは、妙にくっきりと、印象的に皆の目に映った。



 ずーん。

 この言葉が、今の俺の気分を的確かつ正確に表している気がする。空は雲一つない青空だというのに、何だか気分がもやもやする。

 というのも、本当に計画は本日実行に移される事になり、今朝斗華が準先輩に“放課後二人だけで会いたい”的な内容のメールを送ってしまったのである。更に驚くべき事に、ものの数十秒で返信が届いてしまった。そうやって何回かやり取りをし、場所はベタに体育館裏になった。これは準先輩が指定してきたのだが、そうでなくともきーちゃんあたりがそうしただろう。流石従兄妹と言うべきか。

 そして今、俺達はそこから数十メートル離れた、自販機の横、には三人も隠れきれなかったので、少なくとも二人からは見えないであろう陰になっている部分、にいる。この距離だと姿は見えども音までは流石に聞こえないので、斗華に携帯を繋ぎっ放しにしてもらって聞く事になった。ただ、この方法はこちらの音も聞こえてしまうので、騒ぐとバレるというリスクがある。よって、心の中だけでつっこまなければならない。自他共に認めるツッコミ体質である俺としては、苦行である事この上ない。

「しっ。ターゲットが来たよ」

 一早くきーちゃんが見つけたように、遠くの方から何も知らない準先輩がとことこのこのこやって来た。

「本当に来ましたね」

「そりゃ来るでしょー」

「準、今日はものすごく機嫌良かったもん。移動する時なんかスキップしながら鼻歌歌ってたし。ま、あんな可愛い子に呼び出されたら、俺だってテンション上がるし」

 この失言に対し、横にいるきーちゃんの視線が恐ろしいかったで、俺はノーコメントを貫いた。

「……ほら、話始まったよ」

 より一層鋭くなった眼光を向けられ、蛇ににらまれた蛙のように、俺達は静かになった。大人しく携帯電話に耳をそばだてて、話に集中する事にする。

<待たせたな、斗華。で、話って何だ?>

<えっとですね、あの、これは冗談とかそんなんじゃなくて真剣な話なんですけど、私……>

 おいそんな言い方をすると、鈍感な先輩でも流石に勘付かれるぞ、と思ったが、どうやらその心配は杞憂に終わったらしい。

<ちょい待ち。そういう事なら、ちゃんと本名で呼ぼうぜ。な?>

 先輩は斗華の言葉を、額面通りに受け取ってくれたらしい。なかなか順調に計画が進んでいるな、と安心し始めたのに。

<はい。……端本先輩、私、先輩の事が<好きだ!>

「はいぃ?」

 これには思わず、声を上げてしまった。は、嘘だろ? だって、今言ったのって……。

<え? い、今、なんて……?>

<俺、桃原の事が好きだったんだ。お願い、付き合って!>

 声の主はやっぱり、準先輩の方だった。はめるはずの準先輩が斗華の事を好きだなんて、そんな馬鹿な事があってたまるものか。

「ちょっと待ったー!」

 無意識のうちに、俺は二人の方に走り出していた。


「稜、何でお前が出てくるんだ? 俺は今、斗華と話をしているんだ」

 突然の乱入者にも関わらず、冷静に斗華を背にして、まるでかばうようにして俺に対峙する準先輩。その様が気に入らなくて、俺は声を荒げた。

「斗華は、夏葵は、あんたなんかに渡さない。渡してたまるか!」

「何で? お前には関係ないじゃん。これは、俺と桃原の問題だ」

「関係あるねっ」

 まさかこんな形で言う羽目になるとは、思ってもみなかったけれど。この期を逃したらもう届かなくなると思い、俺は意を決し言った。

「俺も、夏葵が好きだ!」

「レイ、ちゃん……?」

 だが、こんな事でひるむような先輩では無い。当然のごとく、当り前の事を言い返された。

「だからって、人の邪魔して良いのかよ?!」

 確かに、そう言われてしまえば、それまでである。が、こんな俺にだって、譲れないものはあるのだ。

「夏葵は、俺の初恋の人なんです」

「はぁ? だから、それが何の関係が」

「その初恋は、今でも続いているんです!」

 先輩の言葉を遮るのは、流石に忍びなかった。けれども俺は、言わなければならない。ここで引く訳にはいかないのだ。

「俺、小学生の頃、好きな子がいて、その子転校しちゃったんですけど、ココ入って同じ名前の子に会ったんです。最初は、そんな偶然あるもんかって別人だと思ったんですけど、でも、やっぱり、そうだったんです。……確信が持てなくて今までずっと聞けなかったし、あの時も何にも言えなかったけど、でも俺、夏葵の事、忘れられなかった」

 いきなりこんな事を告白されたって、彼女が困るのは分かりきっていた。だから彼女の方を見る事無く、俺は準先輩に向かって言い放った。あくまでも憎き恋敵に、その身の程をわきまえさせるように。

「あんたとは、夏葵を想っていた時間が違うんだ! 関係無いとか言わないで下さい!」

「レイちゃん……」

 勢いに任せて喋りつづけていたら、流石に息が切れた。肩で息をしながら、ちょっと言い過ぎたと反省する。でも今更謝るのも格好悪いななどと少々外れた部分で葛藤していると、パチパチパチパチ……。どこからか拍手の音がした。振り返ると、なんとちゃろ先輩ときーちゃんがいつの間にか、俺の後ろまで来ているではないか。しかも、手にはお決まりのプラカードを持って。

――って! まさか!?

「え? どっきり!? え! どこまで?! 準先輩をはめるんじゃなかったの!?!?」

 ダメだ。言っている事がめちゃくちゃだ。頭の中はもっとぐちゃぐちゃ。一体、何がどうなっているんだ?

「それが違ったんだなー」

 どうどう、とちゃろ先輩が俺をなだめ、きーちゃんがネタばらしを始める。

「本当は、稜をはめる為に仕組んだんだよー。ねー、とーか」

「ねー。準先輩も、お疲れ様でした」

「あー、やっと終わったー。純粋な少年を騙すのはどーも苦手で……」

「へ? 準先輩もぐる? どーいう事?」

 ヤバい。益々意味が分からない。何故きーちゃんと斗華が意気投合しているんだ。いや、それだけならまだしも、心なしか準先輩のキャラがいつもと違う気がする。色々疑問もあるが、とりあえず……穴があったら入りたい! 俺は何、公衆の面前であんな恥ずかしい告白なんかしちゃったんだか!

 そんな俺の羞恥心が極限状態になった時に口を開いたのは、意外にも斗華だった。もっとも、恥ずかしくって顔を上げられないので、声から判断したのだが。

「えっとね、とりあえず、一年生にドッキリを仕掛けるって言うのが、“文芸同好会の伝統その四”なんだってー」

「あたしの時は落とし穴だったんだよー。それに比べたらましでしょー」

 いや確かに、肉体的な意味ではね。今回は肉体的には全く傷付いていない訳だからね。にしてもこの部活……、本当は何部なんだ?

 話がそれかけた所を、茶瓏先輩が元に戻す。

「はいはいそれは置いといて。で、今年は何にしよっかって考えてたら、斗華が偶然通りかかって」

「それで私が提案したんだよ」

「だから何でお前が……」

 ここでようやく、今回のドッキリの本当の理由が、明らかにされた。

「斗華はね、確かめたかったんだって。稜が本当に、小さい頃一緒に遊んだ“レイ”ちゃんなのかって」

 奇しくもそれは、俺が感じていた疑問と、全く同じものだった。

「だったら直接聞いてくれれば……」

 気付いていたのなら、言ってくれれば良かったのに。そうしたら俺も、こんなに悩まなくて済んだのに。少しだけ夏葵を恨みたくなったが、

「お前の事だ。直接聞いてもまともに答えなかったろ?」

「特に、自分の気持ちはね」

きーちゃんと茶瓏先輩のダブルパンチに、返す言葉も無かった。確かに、ど直球で尋ねられたら多分、はぐらかしてしまった事だろう。自分でも情けないとは思うが、そういう奴なのだ、俺は。

「で、どーせだったら凝ってやろうって事で、この形になったの」

 成程。ようやく我点がいった。でも、でも……っ! 未だに斗華の方は見られないし、先程の失態を思い返すと恥ずかしさで沸騰しそうだ。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、話は今回のハイライトへと移っていく。

「今回のMVPは準だよな。自分と正反対のキャラ演じたんだから」

「え? あれも演技だったの?」

「うん。準兄は見たまんまの真面目で、大人しい人だよ」

「ホント、ごめんね、稜君。これからは僕、キレたりしないから」

――……なんだこのキャラ。逆に恐いよ。

 しかし、違和感の正体が一つ分かったので、そこは安心した。まぁ、正反対のキャラを演じてまで後輩を騙そうとするその性根は、流石端本家クオリティ、という事にしておこう。

「じゃ、“文芸同好会の伝統その六”! 写真撮影、行きますか!」

 うーん……。何か、分かった気がする。真面目で大人しい準先輩、モデル並みの外見で成績優秀・スポーツ万能の茶瓏先輩、小柄なのに綺麗という印象を与えるきーちゃん、女子にしちゃ背高いのに細く愛らしい斗華、そして最も背が低く、最も人見知りな俺。この五人の共通点、それは……あえて言わない事にしておく。

 何も意識していないのに、気が付くときーちゃん・茶瓏先輩・準先輩・俺・斗華の順に並んでいて、いつの間にか写真部の人まで来ていた。準備、早っ。

「じゃ、いきまーす。はい、チーズ」

 カシャ。

 しっかし、これだけの為によく来てくれたなぁと不思議に思っていたら、何とカメラマンはきーちゃんの双子の妹、()(そら)さんだった。恐るべし、端本一族……。

「ふぅ。ま、これで一件落着って事で、な?」

「分かりましたよ。今日の所は、大目に見ましょう」

 でも、まだ何か、引っかかるんだよな……。何だろう?

「これからの事は、あたしに任せなさい」

 首を傾げて悩んでいたら、ぼそっと、耳元できーちゃんに囁かれた。

――しまったー!!! 弱み握られたー!!!

 お先真っ暗、涙で前が見えなくなった俺は、ある人物の不審な行動に気が付かなかった。


「あれ? 準せんぱーい。もう行きますよー!」

「まさか、あいつ……」

――……今、チャンスだよな? 幸い、皆どこまでがドッキリなのか分かってないみたいだし……。これを逃したら、次はない。失敗しても、最悪冗談で済む。よし。

 覚悟を決めて、彼は一人の人物目掛けて走り出した。そして、

「僕が好きなのは君なんだ! 頼む! 付き合ってくれ!」

先程よりも真剣に、先程よりも熱意を込めて、告白した。

「はいいぃぃぃぃ?」

「やっぱり……まだ治ってなかったのか……」



 俺の苦悩の日々は、まだまだまだまだ、始まったばかりだった。


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