0-6 お前の死因は〝クソマヌケ〟さ
茶色の髪にとび色の瞳。おそらく歳は十五かそこら。ガラルドと比べれば、歳は一回りも二回りも違うだろう。まだ少年と呼んで差し支えない、そんな青年が剣を片手に前に出た。
気負いなく見つめた視線の先で、ようやく幾分か落ち着いたのか、ガラルドが冷静さを取り戻して囁く。
「〝強欲〟のヨランダに、〝使いっぱ〟のラスティ……お前らがそうか?」
対して呼ばれた青年、ラスティは暢気なものだ。ともすれば馬鹿にしてるとも取られかねないほどの緩さで、気楽に言い返す。
「さあ、どうだろ。強欲バアさん冒険者って、意外に少なく――」
その瞬間にガラルドが踏み込んだ。
会話にかまけた完全な奇襲。脈絡もない突撃に、油断していたならば反応できたはずがない。
だがラスティは平然としのいだ。突撃から放たれた刺突、一閃を後ろに飛び、間合いスレスレを見切ってかわしながら笑う。
「見え透いた手だよ。あまり上手な奇襲じゃない」
「ほざいてろ!!」
それが開戦の合図だった。
風を切る音、切り結ぶ音。腕力にものを言わせて剣を振り回すガラルドに対し、ラスティの戦い方は軽やかだ。かわす、下がる、致命傷になりそうな剣は払う。
積極的に剣を受けようとしないのは、相手の力を警戒してのことか。防戦一方なようでいて隙がない。むしろ相手の隙を見つけて反撃を刺す、老獪さを感じさせる戦い方だ。
と。
「――いつまでボケっとしてんだい!!」
「え? ――むがっ!?」
唐突に首根っこを掴まれて、ついでに猫のように持ち上げられ、ウリスは息を詰まらせた。持ち上げたのはあの老婆だ。ウリスを掴むとそのまま後ろに下がっていく。あまりの力強さに抵抗さえできない。
聖女と呼ばれていたが、全くそんな風には見えない。ウリスからすればこの老婆は、あの老人と同じか、それ以上の悪人顔に見えた。
笑えば間違いなく魔女のようにしか見えない顔に、今はつまらなそうな表情を浮かべて、言ってくる。
「どんくさいガキだね、まったく。下がれって言ったのが聞こえなかったのかい?」
「それは。でも……」
「でも、なんだい。何か言い返す気かい? はー、これだからガキってのは。道理がわからないのかい?」
「……道理って、なんだよ」
つい、言い返した。腹が立ったからだ。
家族には捨てられた。冒険者にも裏切られた。それなのに、道理? ならばその道理とやらが自分をこんな目にあわせたとでも言うのか。いきなり出てきたこいつらに、いったい何がわかるというのか。
泣き出すつもりはなかったが、泣きそうだった。自分ひとりで生きていこうとして、なのに、何もうまくいかない。あまりにも自分が惨めだった。
そして泣いた――ただし理由は悲しかったからではなく、いきなり拳骨を落とされたからだった。
「~~~~~~!! いってえな!? なにすんだババア!!」
「不貞腐れてんじゃないよバカガキが!! 頭ついてんのか!! 考えなきゃわからないのかい!?」
怒鳴ったらそれより強く怒鳴り返され、思わず息を詰まらせる。
そうして老婆が叩きつけてきたのは、完全に想像の範疇の外からの言葉だった。
「助けてもらったら、まずは〝ありがとう〟だろうがっ!!」
「……は?」
唐突すぎて――本当に唐突すぎて、ウリスは思わず痛みすら忘れた。
ぽかんと老婆を見上げれば、本気でそれに怒っているらしい。それでようやくわかった。道理というのは今、ウリスが摘まみ上げられているこの状況のことだけを言っている。ラスティたちの戦闘に巻き込まれるからと、移動させられたことを〝助けた〟と言っているらしい。
今、それが大事なことなのか。今してたのはそんな話だっただろうか。
毒気を抜かれるのとは違うが、落ち込んでた気持ちもどこかへ消えた。呆然というよりは唖然と老婆を見つめ、ようやくウリスが言葉にできたのはこれだけだった。
「……なんなんだよ、お前ら」
対する老婆もウリスの不敬はそこまで大事でもないらしい。ハッと鼻で笑うと、あっさりと言ってきた。
「冒険者さ。今は、巷で噂の悪い魔法使いを殺しに来たところだよ」
「悪い魔法使い?」
「ああ、そうさ。永遠を生きるために人の魂をむさぼる下法に手を染めた、マヌケな悪い魔法使いさ」
お前も食われるところだったんだよ、などと。
ケヒヒと笑う老婆の顔は、それこそ悪い魔法使いにしか見えなかったが。
と。
「――がぁっ!?」
「……!?」
不意の悲鳴に、ハッとウリスは視線を戻した。
見やれば戦闘中のガラルドの肩を、ラスティの剣が貫いている。ラスティが無造作に振り抜けば、剣はそのままガラルドの腕を引き裂いた。
宙にガラルドの腕が舞う。苦鳴はわずか。だが敗北の衝撃にか、ガラルドは顔をゆがめ、失った腕をかばうようにして後ずさる。
そんな様子を冷めた目で、ラスティが見据えているが。
驚愕か、苦悩か、それとも別の何かか。ウリスには分からない感情で、ガラルドがラスティに向かって支離滅裂に叫ぶ。
「どうして――どうしてだ。二十年、続けてきたんだ。冒険者として――ずっと!! なのに――どうして、お前みたいな若造なんかに!?」
「あなたが、〝冒険者〟をやめたからだよ」
対するラスティの声音は、どこまでも冷たい。
「ガラルド。下法に手を染めた大魔術師、キャスバドの討伐依頼をしくじったな」
「……っ!」
「〝教会〟の奉じる神々は伊達じゃないんだよ。侮るべきじゃあない。僕らはみんな見られてる―。だから僕らに〝託宣〟が下された……あなたをもう見放されたんだよ」
そうして最後には、わずかに感情をにじませる。
非難するように。責めるように。ほんのわずかに怒りをにじませて、ラスティが告げる。
「死と嘘の匂い。人間をやめた者の匂いだ」
「…………」
「二十年も続けてきたことを誇るなら、あなたはしくじったときに死んでおくべきだった」
呆然と。あるいは愕然と、ガラルドはその言葉に打ちのめされたように、目を見開いている。
腕を失い、負傷したガラルド。だがその体からは血が流れていない。切断された腕も、先ほどの小男と同じように粉になって砕けていく。
人間をやめた――老婆はアンデッドと言っていた――とは、そのことか。
ガラルドは、人間じゃあない……?
「――ガキ一人に、いつまで手こずっておるか!?」
と、不意の乱入者に、またウリスはハッと見やった。
森の中から、木々を縫うようにして飛んできたのはあの老人だ。
悪い魔法使い。あまりにも遅い部下たちに我慢できず、飛び出してきたのだろうが。
「うん? お前……まさか、ヨランダ……!?」
こちらを――とりわけその背後でふんぞり返っている老婆を見て、愕然と目を見開いた。まるで、死神にでも出会ったかのように。
事実、その老人にとっては死神だったに違いない。老人の驚愕を呼び水にするようにして、老婆はその顔を凶悪に歪めた。
「馬鹿だね、キャスバド。力を得た魔法使いを滅ぼすのは、傲慢と相場が決まってる。お前の死因は〝クソマヌケ〟さ」
そして。
何の容赦も躊躇もなく、老婆は攻撃を開始した。
「――おお、天秤よ!!」
詠唱。
その合図とともにウリスを放り捨て、錫杖を鳴らす。
シャン、と。澄んだ音が大気を震わせた。
始まりはそれだけ――だが、動けない。大気を震わせたのは音だけではない。もっと別の何かが、音に乗って広がった。
ウリスには理解のできない〝それ〟が、瞬く間に世界が支配し、矮小な身には動くことさえ許さない。これはダメだと。逆らってはならないと。ひれ伏したくなるほどの重圧と息苦しさに、誰もが動けない。
何に支配されているのか――ふと気づいた。
〝神〟だ。
それを直感で悟った。
「我が愛しの〝アバズレ〟よ!! アグレアの聖女、〝強欲〟のヨランダが悪鬼の裁きをお委ね申す!!」
「――――――っ!!」
例外はただ一人だけ。罪人たる者、悪い魔法使いが激昂し、何事か叫んで襲い掛かる。
だが、もはやそれは許されない。
溢れ出た神気が一点に――老人へと殺到する。
そうして神気は光の柱にへと化けた。
人には測り知れない意志が、不可視の掌で老人を磔にする。
「罪と贖いと価値を秤に。禁忌と救済と命を秤に。汝、獣なら爪牙を捨てよ。咎人ならば舌を抜け。生ある者ならば罪を追え。生なきならば砂となれ!」
苦悶の表情を浮かべる老人は何かを叫んでいたようだが、その声は聞こえなかった。もはや神は、語ることさえも許さなかった。
そして祈りが完成する。
「――破戒よ報え!! 汝の犯した罪の数!!」
その宣告を、きっかけとして。
まず初めに、光の柱が砕けた。音もなく、だが鮮烈に光を弾けさせて。老人を飲み込んで爆ぜるような。そんな砕け方をした。
その次に、老人が地面へと落ちた。受け身も取れず――いや、もはやそこには人としての意識すらなく、無様に頭を下にして大地へ落ちる。
そして、崩れた。石が砕けるように指が、腕が、足がもげる。末端から中央へ砕けて砂へと変わっていく。
そして最後には、何も残らなかった。
ひと際強く森を抜けて吹いた風が、老人だった灰をさらっていく。
その風が全て吹き抜けて、凪いでしまえば……もうそこには、何一つ残っていない。老人がいたことも、死んだという事実さえも。
あっけなく風に消えていく……
「これが……こんなのが、終わり?」
「……!?」
金縛りを解かれたように。ウリスは声のほうを見やった。
呟いたのは、ガラルドだった。疲れ切ったようにしりもちをついて、うなだれたまま――彼も、砕けていく。
「え……?」
「天秤の女神の〝裁き〟の奇跡」
何が起きているのか。そう聞く前から、わかっていたように老婆が言ってくる。
「今生で悪いことをした分だけ報いを受けさせる、悪党ほどドギツい裁きさ。犯したのと同じだけの罰を与える」
「だから……?」
「ああ。大方、既に何度かやらかしてるんだろう。だからこいつにも罰が与えられた」
答えた老婆はもうそれっきり、興味を失ったようだったが。
ウリスは呆然と、ガラルドを見つめていた。かろうじてまだ人の姿を残しているが、それだけだ。体が崩れていくのを止めることはできない。絶望に濁った瞳で、彼は自らを見つめていた。
そうして、最後。彼が呟いたのは、これだった。
「……チクショウ……」
そして、消えた。
後にはただ、燃え尽きた灰のような粉だけが遺されるだけだ。
「……はん、警句通りの末路か。バカみたいだ」
仕事は終わりとばかりに吐き捨てられたその言葉には、だがわずかばかりの哀れみがあった。