0-1 冒険者になりたいっ!!
「――冒険者になりたいっ!!」
そんな快活な声が響くのも、〝そこ〟ではありふれたものだった。
半ば、酒場と役所が混在したような空間。字面だけ読んだらもはや混沌と表現するほかにない〝そこ〟。加えて言うなれば運営母体として〝教会〟が――歴史的経緯から――一枚も二枚も噛んでおり、更には職業斡旋所のような役割まで担わされているのだから、混沌とするのもやんぬるかな。
何にしろ、その混沌をまとめた〝そこ〟は、冒険者ギルドと呼ばれていた。
前身は数百年も前、〝教会〟の聖女たちを中核として、世界を滅ぼそうとした魔王の討伐者たち。対魔物・怪物のために立ち上がった彼ら彼女らを、より組織的に支援するために作られたのがそのギルドだ。
魔王が封印された今も、魔王が召喚・創造した魔物や怪物たちは消滅していない。それらは今もなお人類と敵対し、方々で問題を巻き起こしている。〝冒険者〟という呼称は、そんな魔物たちを狩ることを生業とする者たちに与えられたものだった。
半ば傭兵。半ば荒くれ。寄る辺なき無頼ともいうべき彼らはその性別も、〝種族〟でさえも様々だ。人間、獣人、ドワーフ、エルフ。故郷も習慣も趣味嗜好も、何もかも違う彼ら彼女らが仲間となれるのも、この混沌をまとめた冒険者ギルドならではだろう。
そんな彼らは今日も――仕事終わりか始めかは知らないが――こんな風に飲んだくれる。
「おい、その取り分はおかしいだろ。俺が頑張らなきゃお前は死んでた――」
「――ゴブリン退治? ルーキーにやらせりゃいいんじゃないか? この前のガキども、暇してたろ――」
「誰かー。金稼ぎたい奴いねーかー? できればランクは〝ブロンズ〟以上で――」
「なあ。どっかにラスティいなかったか? 仕事を任せたいんだが――」
「ヨランダの婆さんが帰ってきてるらしいから、それじゃねえか?」
「まーたこき使われてんのかアイツ――」
「おいクソッタレ!! 誰だ今ケツ触ったやつ!!」
和気藹々とした喧騒、時々怒号、時折悲鳴。彼らは今日も笑い、怒り、泣き、困り。そんな風にして冒険へ出かけ、また冒険から帰ってくる。
――そして今日、そんな冒険者を志してやってきた、少女が一人。
「ええと……あの、冒険者に、ですか? 依頼とかではなく?」
受付を任されている――運営母体たる〝教会〟から斡旋されてくる――女神官は困惑していた。
だが彼女、ウリスにはその困惑の意味がわからない。受付にしがみつきながら、その女を見上げて首を傾げた。
何が変だというのだろう? 生きるのには金が必要だ。金をもらうには働くしかなくて、だから自分は今、ここにいる。何を不思議がっているのだろう? そんな反応をされて困るのはこちらのほうだ。
だから、ウリスは改めて言った。
「冒険者になりたい。ここに来たら、なれるって聞いた! ……違うのか?」
「ええっと……」
女は更に困ったらしい。眉間にしわを寄せながら、ウリスを上から下まで見回してくる。女の藍色の瞳に、ウリスの姿が映り込んだ。
赤髪赤目に、ちょっと日焼け気味の肌。身なりは色褪せたカートルに、〝種族〟を隠すための大きい帽子。更には腰のあたりにまで垂れさがる、これまた大きい肩下げ。
奇妙な子供、と思われるのは仕方がない。外観からでは種族がわからないが、それはウリスが種族としての特徴を隠しているからだ。加えて言えば小柄なので、冒険者に向いていないと思われるのも。だが冒険者になるには種族も身分も、何もかも関係ないと聞いている。
だから来たのだ。
そんなウリスに目線の高さを合わせて、女神官が訊いてきたのはこれだった。
「……あなた、今何歳?」
「ん? えーと……たぶん、十歳」
なんでそんなこと訊くんだ? と小首を傾げたウリスに、女神官は呆れたらしい。
ため息をついてゆるゆると首を振ると、それこそ子供に言い聞かせるように言ってきた。
「……じゃあダメです。冒険者登録は十四歳からって決まりがあるんです。十歳のあなたは冒険者にはなれません」
「えー!? なんで!?」
「危険な仕事だからですよ。子供がやっていい仕事じゃないんです。大人でも魔物に食べられちゃったり、悪い魔法使いに騙されちゃったりするんですから。もう少し大きくなったらまた来てくださいね?」
「えーやだー!! 冒険者になるー!! あ、そだ。年齢間違ってた! 十四歳!! 十四歳だから!! な? いいだろ? なあ!?」
「あーもう……どうしようかなあ……」
ただの、子供のワガママとでも思ったのか。額を抑えてため息をつきながら、女神官。その困惑顔は、どうやって言いくるめようかと書いてあるが。
「そもそも、どうしてそんなに冒険者になりたいんですか?」
ふと興味が湧いたのか、あるいは気まぐれか。それはたぶん、何の気もなしに訊いてみただけの言葉だったのだろうが――
ウリスにとっては希望でもあった。理由を訊けば特例で認めてくれるかもしれない。だから、ウリスは即座にこう答えた。
「――親に、捨てられたからっ!!」
「え?」
「だから、お金が欲しい!! 独りで生きてくって決めたんだ!! だから――」
だから、だから、だから。もっと言葉を探すが、うまく出てこない。それでも伝えなければ。もうこれしかないんだと。そう伝えなければ、話もできない――
と。
「――おいパティ。さっきからうるせえぞ」
「うわぁっ?」
不意に体が床から浮いて、ウリスは思わず悲鳴を上げた。何が起きたのかわからない。だが服が体を締め付けて、身動き一つできやしない。
それでも何とか首だけで背後を見やると、そこにいたのは大男だった。鍛え上げられた肉体をした、壮年の男。首元から銅色の小さな金属板をぶら下げているが――その男はウリス首根っこを軽々と持ち上げて、あきれ顔で見降ろしている。
そんな大男に、先に声をかけたのは女神官だ。軽く目を見開いて意外そうに、
「あら、ガラルドさん。今日はお休みだったんじゃ?」
「そのつもりだったんだが、ちょっと野暮用でな。簡単な仕事なんだが、人手が欲しいってことで暇そうな奴探してたんだが……なんなんだこいつは?」
「離せよ、おい!!」
首根っこをつままれたままじたばたするが、大男はピクリとも動かない。うるさそうに一瞥しただけで、すぐに視線を女神官に戻した。
女神官はため息交じりに、
「冒険者になりたいらしい、子供です」
「ふうん? まあよくある話か。つっても、親に捨てられた? 行くあてがないんなら、孤児院にでも放り込むのが無難じゃねえか? お前だって、そっちのほうが――」
「いやだ、冒険者になるんだ! 孤児院なんて行きたくない!!」
「……こんな感じで、聞く耳なさそうなものでして」
「なるほど」
何に納得したのか、大男はぽつりとつぶやく。
そうして何かを考えこむように、数秒。
やがて――本当に唐突に、大男はこう言ってきた。
「だったらこいつ、俺がもらってやろうか?」
「え?」
その声は自分と女神官の、どちらがあげたものだっただろう。
わからないでいる間に、大男はにかっと笑って先を続けた。
「さっきも言ったろ、人手が必要なのさ。大した仕事じゃないんだが、猫の手でも借りたいってくらいでね。ま、ガキに無茶はさせないさ。ってなわけでお前、やってみるか?」
「冒険者の仕事? いいの!? ホントに!?」
「困りますガラルドさん!!」
まさかの申し出に弾ませたウリスの声を、女神官の非難がかき消す。
「その子はまだ十歳です! 冒険者としての登録は――」
「わぁってるよ、冒険者としてのマジな仕事はさせねえさ。監督だってしっかりやるしな。〝体験学習〟としちゃ無難だろ?」
「そうではありません!! 私が問題にしてるのは、そうではなく――」
「現実を教える程度なら問題ないだろ。それともこのまま問答続けるか? こいつ、絶対に引かねえぞ? 規則を盾に冒険者にはさせねえってのは正論だが、じゃあこのガキはどうすんだ? ほったらしってわけにもいかんだろ?」
「それは……そうかもですが……」
説得に押されて、女神官は語勢を弱める。だがそれでも引き下がるまではいかず、何かを言い返そうとしていたが。
それよりも早く、大男――ガラルド?――がカウンターに身を乗り出すほうが早かった。
女神官に顔を近づけながら……内緒話のように囁く。
「向いてなさそうなら、開拓村にでも押し付けてくさ。依頼先がちょうどそこでな。村長も知り合いだからちょうどいい――向いてないなら村娘として生きたほうが、冒険者になるよかよっぽどいい」
「…………」
小声だったので、聞こえないとでも思ったのだろう。だがウリスはその声を捉えていた。その上で気にしなかった。自分が冒険者に向いてないなど、わずかにも思わなかったからだ。
ガラルドの言葉を吟味したうえで、だろう。不承不承、女神官が呟く。
「……わかり、ました。今回の件、ギルドは関知しません。ガラルドさんのプライベート案件として処理します。その上で……この子の納得するようにしてあげてください」
「わかった、時間取らせたな」
話は終わったらしい。女神官に手を振って、カウンターから身を離す。
そうして未だに摘まみ上げたままのウリスの顔を覗き込むと、彼はまたにかっと笑って、言ってきた。
「ってなわけで、行くかガキンチョ――冒険者ってのがどんなもんか、教えてやるよ」