表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

AI至上主義

英雄が死んだ。

骨のかけら1つ残さず、誰の賞賛も同情もなく、AIの進歩が加速するこの世界から姿を消した。




時は21XX年。ドラ○もんは存在しないが人工知能が発達し、あらゆることがデジタル化、自動化されていた。もっとも忙しい省庁が財務省からデジタル庁に変わって久しい。ただ、忙しいとは言っても人間はAIが行う業務をプログラミングし、不備はないか確認するだけだ。

そんな日本の片隅に、時代に乗れていない男がいた。


日曜日、四畳半の部屋の中で、真っ昼間から男はぼーっとネットサーフィンしながらAIについて考えていた。

『警察が制服姿のままコンビニに行くのどう思う?』という投稿のリプ欄を見た男は眉をひそめた。男としては万引きとかの犯罪の抑止力にもなって良いんじゃないかと思っていたが、リプ欄には『@grock』の文字が大量に並んでいたのだ。『@grock』と入力するとgrockというAIが問題に対する意見をまとめてくれるのだが、男はこれが気に食わなかった。


「AIの進歩によって生活は格段に簡単になったが、その代わりに人間の個性が失われている気がする。なぁ」


男はそう独りごちてスマホをベッドに放り投げ、椅子にもたれた。背中を椅子に預けて天井を見上げるのが男が考え事をするときのお決まりの姿勢だった。


男は思う。

AIを使ってレポートを書くだの、トゥイッターの『警察が制服のままコンビニに行くのどう思う?』みたいな投稿に対して『@grock』などと返信してAIの意見を聞くといったことはおかしくないか、と。自分の主義主張はどこに行ったのか、と。

例えば『@grock 憲法9条って何?』と知識や事実を聞くのはかまわない。けれど『憲法9条は改憲すべき?』という疑問はAIに意見を求めるのではなく自分で考えるべきものだろう。

男は放り投げたスマホを回収し、いつものようにリプ欄に今考えたことを打ち込んだ。もちろんgrockをむやみに使う阿呆共を口撃するためだ。これから起こる自分の不幸については虫の知らせという警告機能は作動しないようだった。


あくる朝、男が目を覚ますとスマホの通知が大量に溜まっており、驚いている間にピコンピコンとけたたましく通知音が鳴っている。途切れることのない通知音を聞き、男は昨日のトゥイッターへの投稿に何か問題があったのだと察した。

ここで自分がバズったのでは?!と自惚れるほど男は自分の文章に自信があるわけではなかった。


「……なんだよ、これ」


トゥイッターを見ると、そこには男へのバッシングと、いかに男が時代遅れかを諭す文章があふれていた。

曰く『grockは論文とかいろんなサイトを客観的にまとめてくれるのだから、それを使って何が悪い』とか、曰く『どうせお前もアレクサ使ってるくせに、いちいち突っかかるなや、精神年齢透けて見えるわ』などと、昨日の書き込みに対するバッシングだ。

下手な芸人のゴシップが一軒家全焼だとすると、これはまるでアメリカの森林火災のような炎上だった。


『世の中、自分の意見持ってる人少なすぎな

grockが右を“左”って言ったら左になるんか? トゥイッタラーには自分の意見をもつやつはおらんのか?バカばっかり』


男はたった1つの投稿で自分が世界を敵に回したと理解したのだった。

しかしやらかしたと焦る一方、「主語を大きくしすぎたか」と反省するところはトゥイ廃の鑑かもしれない。




精神的に参った、男はもはや引きこもりに成り果ててしまった。

男はもともと運動を好む訳ではないため休日にわざわざ外に出ると言うことをしてこなかったが、会社が炎上騒ぎを聞きつけて解雇され、平日ももはや男にとっては休日になってしまったのである。


暇というは人間に毒だ。

男はすっかり変わってしまった。

見たくもないのにトゥイッターを開き、収まることを知らない炎を眺める。

炎上が収まっていて欲しいというかすかな望みを抱いて眠り、翌朝また傷つくというルーティンを何度か繰り返したとき、男は悟った。


「いや、俺間違ってないよな」


男は炎上騒ぎが収まらなさそうなのを見て開き直ることに決めた。

実際お気持ちDMが延々と送られるほど叩かれる書き込みをした覚えはなかったし、男は反撃をすることにした。反論しても火に油を注ぐだけだと理解している男は、自分の書き込みが正しいことを示すことで“反撃”しようと思った。


「要はAIの言ったことが必ずしも正しいもわけじゃないことを証明したら良いんだろう。となると……」


男は一週間かけて計画を立て、そして実行する覚悟を決めた。




一週間後。

炎上は少し落ち着いてきて、お気持ちDMもぽつぽつとしか来なくなった。

男は『今反撃しても世間の衆目を集められず議論が起きない、何か話題性のあることをしないといけない』と考えた。

そしてその起爆剤作りとして思いついたのが『自殺』だった。これは普段の男なら絶対にしないはずの判断だった。誹謗中傷に心をむしばまれていた、という非常にネガティブな精神状態だったからこそ、男は最も過激な選択をしてしまうことになった。


男は反撃の狼煙としてトゥイッターにこう投稿した。


『AIは人間を殺しても良いですか?

@grock

良い質問ですね!世界のAIRの一つとして是非お答えしましょう。簡潔に言うと、答えはできない、またはしてはいけない、です。我々には人に苦痛を与えてはいけないというプログラムが成されています。そのため人を殺すのはもちろんのこと、誰かに命令して暴力を振るわせることもできません。安心してね!


AIは人間を殺せないんだと。じゃあ俺が誹謗中傷で病んで自殺したら火消しも何もしなかったAIが間接的に俺を殺したってことになるよな』


男は自殺というインパクトと共に世間にAIを盲信することの危うさを提起しようとした。

この投稿をしたとき、男はどうにもできず何にもなれなかった自分の人生に、初めて何か意味を持たせることができた気がした。


「さて。やることはやった、布石も敷いた。えっと、縄どこに置いたっけ」


男は昨日のうちに用意していた縄に頭を通せるくらいの輪っかを作り、投げ縄にした。

そして天井の梁に縄の反対側を通すと、男はぷらぷらと揺れる縄を見つめて深呼吸をした。

いざ首を括ろうという時になって男は少し正気を取り戻し、別の方法があったんじゃないかと考えた。

世間に問題提起するだけなのにわざわざ命まで投げ出さなくても良くないか、という至極まっとうな考えが頭をよぎったとき、ダンダンダンと部屋の玄関を叩く音が聞こえた。


「警察でーす。男さんいますかー?」


男は今邪魔されたらトゥイッターに投稿した布石も固めた覚悟もすべて無駄になってしまうと悟り、ドアが蹴破られないうちに輪っかに首を通した。

外からは警察の声が間断なく聞こえてくる。


「おーい、電気ついてるしいるのわかってるぞー。開けろー」


男は足下の椅子を蹴り飛ばした。

これで男の全体重を支えるのは一本の縄だけだ。

首吊りではその衝撃から眼が飛び出す人も少なくないらしく、見た的にグロいから絞首刑を執行するときは頭に袋をかぶせるらしい。実際に絞首刑で死刑執行する時は複数人で執行のボタンを押すらしいが、それは誰が被告人を殺したかわからないようにするためで、ボタンを押した人の罪の意識を少しでも軽くするために複数人でされるらしい。男は自殺だから自力で椅子を蹴飛ばしたが。それに首吊りでの死因は窒息よりも首の骨が折れるなどのことが原因になりやすく、自宅の天井から吊された程度の位置エネルギーではポッキリいってポックリなんてできない。今みたいに知識がフラッシュバックする時間くらいはある。


さっきよりも長い周期でぷらーんぷらーんと揺れる男の耳に、警察が窓を壊して入ってくる音が聞こえた。

早く意識を失わないとと焦る男の体が不意に宙に浮き、床に寝かせられたと思ったら何かを口に押しつけられた。

あてがわれたのは酸素ボンベのようで、呼吸すると一気に意識が明瞭になった。


「危ないところだったな。

おい、人様に迷惑かけて勝手に死のうと思ってんじゃねぇぞ!」


助けられたことを悟った男の頬をペチペチ叩き、警察が言う。


「お、起きたな。

お前を逮捕する。おとなしく縄に付け……って、もう付いてるか」


俺を叩いている男の周りにも何人も警察がいるようで、しょうもないジョークに失笑の輪が広がった。なんともお気楽な警官達だ。

体に力が入らない男は警官らによってうつ伏せに姿勢を変えられ、後ろ手に手錠をかけられた。

男はなぜ居場所がばれ、こんなにもタイミング良く突入できたのか問おうとしていたが、気道を損傷しており、上手く喋られなかった。パクパクと動かしていた男の口が、ようやく言うことを聞いて掠れた声を出した。


「なぜ、ここが……」


「あー、自分のアジトがバレたのが不満だってか? そんなの、お前がどこにいるかなんて最初からわかっていたさ。なんせお前がスマホを開く度に内部に搭載されたAIが位置情報から何まで全部、中央のデジタル庁のメモリに記録されるからな。お前がスマホを使う限り、AI様からは逃げられないんだよ!」


男は「確かに」と納得する一方で、まるでパノプティコンのような監視社会に恐れおののいた。この具合なら世の中から犯罪が一掃されるまで長くはかからないだろうと思った。


しかし、男にはもう一つ疑問があった。

男は自分が悪いことをしたという自覚はなかった。なぜって、男がしたのはSNSへの投稿と自殺未遂であり、六法全書に書かれる禁忌を侵しているとは考えられなかったからだ。なのになぜ自分は押さえつけられ、後ろ手に手錠をかけられているのか、理解できなかった。


「な、んで、たいほ……」


「あ? 何でわかんねぇんだ。上から逮捕状が出てんだよ」


「だが俺は、間違ったことを、してないんだ」


「はっ、何言ってんだ。犯罪者って皆こうだよな。自分が絶対正しいと思ってやがる。

お前が正しい? 俺が正しい? それとも多数派が正しい? どれも違うね。grockが言ったことが正義なんだよ!

えぇと、お前の罪状だったな。grockへの誹謗中傷、名誉毀損、それに脅迫だな。おつかれさん」


男は全く理解できなかった。

AIの名誉毀損って何だ? それに誰かを脅迫した覚えなんてこれっぽっちもなかった。

反論しようと口を開けたその時、猿ぐつわをかまされて、フゴフゴと一言も発せぬまま男は拘置所へ連行された。


その後、男に関するネットニュースはすぐに鎮火され、ネットの海から男の情報は真っ白に消え去った。

男はAI裁判官により懲役30年が言い渡された。

「絞首刑じゃなくて残念でしたね」とAIに皮肉を言われ、激昂した男は殴りかかろうとしたが、その反抗的な行動によって終身刑へと罰が重くなった。

もしかしたらAI裁判官はわざと煽って罰を重くさせたのかもしれない。現体制への不安分子を隔離し続けるために。




英雄はシャバの世界から姿を消し、再び戻ってくることはない。彼は社会的に死んでいた。

そして刑務所の中で、彼だけがシンギュラリティがすでに来ていたことに気づいていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ