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第一層 1 ヴィジランテ・イン・ネオ・トーキョー



生物は誕生したその瞬間に自身の運命を受け入れ、生きることを本能的に欲する。





ーーー 西暦21XX年 ネオ・トーキョー 地下街中層1階のとあるバー ーーー


『ーーー5月13日日曜日、13時になりました。


午後の天気と犯罪情報をお伝えします。


まずは午後の天気です。


本日の天気は晴れ。


気温は16℃となっております。


明日以降の気温も高くなると予想されており、政府によると、明日から計画換気が行われるとのことです。


洗濯物を干す際はくれぐれもお気を付けください。


次に犯罪指数です。


まだ聞きなじみのない方もおられると思いますので説明いたします。


犯罪指数とは先月から導入された、その日の外出の危険度を示す数値です。


ベルン、モスカウをはじめとした主要なヨーロッパ都市連合(E C U)の都市で既に運用が開始されており、犯罪予防の観点から一定の効果がみられております。


えー…そして、地表における犯罪率を基準とすることで、各層における犯罪率を示すことができます。


例えば、地表において犯罪が1件起きたとして、地下のある層において3件、起きたとします。


この時その層の犯罪指数は3となります。


それを基本として、さらに、過去の犯罪件数や被害額、被害者数などを参照しながら、より正確な値を出すことができます。


では、本日の各層の犯罪指数です。


上層は2.13、中層は29.5、下層は502となっております。


また、3か月前逃亡した指名手配犯複数名が下層に潜伏しているとみられています。


お出かけの際は、ボディーガードを付けるなどの対策を行ってください。


さて、今週は先週に引き続きまして、ヘンな猫特集です。ーーー』




「29.5ねぇ…そもそも、地表基準のデータなんて俺らにはピンとこねぇんだよ」


地下街に佇む寂れたバーで、ぼろぼろの作業ツナギを着た髭ずらの男が安物のぬるいサケを片手にそう呟く。壁掛けの64インチ、4Kの薄型テレビ。


よれたワイシャツを着た隣の男はその骨董品の画面を見て、フッと笑った。


その男も安物のウィスキーの余りをくいっと飲み干して、トンと、カウンターテーブルに置き、嘲りを吐き捨てる。


グラスを持つ手には腕時計の盤面が光っている。


「フッ…地表の奴らは俺たちを馬鹿にしてるのさ。計画換気だって、地表の奴らを涼ませるためのものなんだよ。俺らの空気さえも搾り取ろうって魂胆さ」


そのまた隣の男が、天ぷらを肴に安物のビールを嚥下している。


「だがな、どっちがホンモノの馬鹿かって話さ。例えばよぉ、猫特集なんてなくても俺らは生きていけるが、俺らの作る製品がなけりゃ奴らは生きていけない。はっきりわかることよぉ」


そう言うと、天ぷらを指でつまんで口に放り込む。


「関係性は重要じゃないのさ。…マスター、サケおかわり、冷やしたやつをくれ」


「…懲りないね、あんたも。…はいよ、常温ひや


「どうも。とにかく、例の脱獄犯だがな?噂によると中層にいるんじゃないかって話だ」


「バカ言うな。最近やっと平和になってきたと思ったのに、今度は脱獄犯までのさばり始めたら世も末よ。まぁ何にせよ、ポリは地表のカスどもの犬としても、俺たちには自警団がいる。マスター、同じウィスキー頼む、ロック(氷あり)で」


「…はいよ、ストレート(氷なし)


マスターが端の方に座っている二人組を見る。


「…ナカバさん、あたしたちはあなた方自警を頼りにしてますからね、お願いしますよ」


 端の方に座って黙々とハンバーガーを貪っている二人組。


一人は30代、もう一人は10代前半に見える。


薄手の灰色コートを羽織り、その下には防弾チョッキを着こんでいる。


シャツの襟元には自警団のマークの小さなバッジが縫い付けられている。


大豆ミートのパティ2枚、合成チーズ、萎びれたレタスにケチャップベースのハンバーガー。


テーブルに同じものが一個ずつ置かれている。


「おう!ナカバさんいつの間におったね。それに兄ちゃんも若いのに自警とは大層なこったぁ」


作業ツナギのポケットを漁って、くしゃくしゃのソフトケースから一本タバコを取り出すも、ライターは切らしていた。


「おう、これ使えよ。ちょいと前失礼」


ウィスキーの男を挟んで、ビールの男がサケの男にライターを差し出す。


「…天ぷらの油でギトギトだぁ。」


「ケチつけんな。」


「はぁ、聞いた噂が本当なら、中層もそろそろヤバくなってきちまったぜ。下層みてぇにテロでも起きんじゃねぇか?」


「フッ、何年も前の話とは言え、俺はそっちの方がありがたいけどな。いっそ会社も燃えりゃいいさ。平日なら特に大歓迎」


時計だけでなく、にやりと笑う歯も薄く黄ばみながら光っている。


「…俺たちが地下街ここにいる限り馬鹿な真似はさせんよ。行くぞ、センツ」


そう言ってナカバは立ち上がると、紙幣をテーブルに置き、包みに入ったままのハンバーガーを防弾チョッキのポーチに入れる。


その瞬間コートがひらりとなびき、ベルトのホルスターのリボルバーが鈍く光る。


「え、ナカバさん僕まだ食べてるっすよ!」


食べ盛りのその青年は口いっぱいに残りのハンバーガーを頬張ると、もう一つの包みを開けながら立ち上がる。


「もう行くのかい?」


すっかり赤くなった頬のサケの男がナカバを見る。


ナカバは三人衆の後ろで少し立ち止まる。


センツもナカバの後ろに立ち止まって、ハンバーガーに夢中でかぶりついている。


「ああ。午後からも仕事だ」


「感心するぜ、昼から飲んでる俺らとは大違いだな」


三人衆はそれぞれの酒をくいと飲む。


ナカバは男たちの背中を見た。


オイルの染みついた作業ツナギ。


汗で透けるワイシャツ。


背中越しに覗く油の付いた手、とは逆の手の薬指の指輪。


「…変わらないさ。釣りは取っといてくれ」


「毎度どうも」


ん!(あ!)ふんふ(ちょっと)ふんふふーふーふー!(待ってくださいよぉ!)


ハムスターさながらのセンツは、ナカバの背を追って地下街へと飛び出した。






登場人物


ナカバ…地下街アンダーグラウンド自警団に所属する男。


センツ…ナカバの後輩。


マスター…ランチバーという特有の形態の居酒屋を営む店主。


バーの三人…日曜日の午前の仕事を終えた後、ランチバーでよく飲んでいる常連。お互い名前は知らない。



※この作品は全てフィクションであり、実在する人物・団体・事件とは一切関係がありません。

また、この作品には不適切な表現が含まれていますが、あくまで登場人物の発言・行為であり、作者はいかなる政治的思想・差別・犯罪その他違法行為・倫理的問題に関し、それらを肯定・助長する意図は一切ありません。

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