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 今日はリュートが珍しく風邪をひいて授業にも出ず部屋で休んでいるので昼休みは一人で食堂に向かった。カレーライスをトレーの上に乗せ、適当に空いていた場所に腰を下ろした。


 そして黙々と食べていると突然目の前に影が差し、それに気が取られ食べている手を止め顔をあげた。


 「シオン、ここいいかな?私も今日はカレーにしたんだ。一緒に食べよう?」


 これまた珍しく、カレーライスの乗ったトレーを手にしたモモが目の前に立っていた。俺が「もちろん」と返すとテーブルの上にトレーを置き、椅子を引いてちょこんと座った。


 「リュートはどんな様子?大丈夫そう?さすがにお医者様は学園にも寮にも常駐していないからね‥‥」


 「あいつ、オレンジ食ってオレンジジュース飲んで寝てれば一日で治るって豪語してたぞ。一応手持ちの痛み止めの薬だけは置いてきたからまあなんとかなるだろう」


 「オ、オレンジ?‥‥あっ、ビタミンCね。でもオレンジまみれでお腹壊さないといいけど‥‥もし何か助けが必要になったら遠慮なく言ってね」


 彼女はそう言ってカレーライスを食べ始めた。

 そういえばモモと一緒にここで食事をするのは久しぶりだった。

 一年時はクラスは違うがたまにここでも一緒に食べていたし、授業終わりや休日に声を掛けて街まで何かを食べに行くこともあった。二年時も多少は減っていたかもしれないが同様だったはずである。


 「そういえば三年になって同じクラスになったのに、まだ一度も一緒に飯食ってなかったな?モモは昼飯の相手に不自由することはないだろうが、たまにはまた一緒に食うか?」


 「三年になってまだそれほど経ってないよ?でもシオンはぜんぜん誘ってくれなくなったよね?とうとう私も飽きられてしまったのかと思っていたけど‥‥あっ!そうだ!そんなことよりいつからあのラーメン屋さんに行くようになったの?それを聞こうと思って忘れてた」


 「俺とリュートはラーメン好きだから街にあるいろんな店に行ってたけど、どこもいまいちだったからよく二人で歩き回ってうまい店探しをしてた。それで二年の終わり頃、ついにあの店を見つけてそれ以来だな」


 「そうだったの?私は二年になってからバイトを始めたんだけど、実はあの店には小さい頃から家族で食べに行っていて常連なの。それにバイトといっても週にたったの一回だけなんだ。それでも助かるって受け入れて貰えていて本当に感謝しているの」


 まさか二年時からとは驚いた。

 それに俺たちにも内緒にしていたことに少なからずショックを受けていた。

 こういってはなんだがあの店のラーメンは街では一番であるものの、立地的には端の端、非常に小さな小屋といっても過言ではないこじんまりとした店である。そんな店に貴族家が通い詰めているとは一体どういうことなのであろうか?でもまあモモを見ていればバレンシア伯爵家の異端ぶりにも納得できるというものである。異端という言葉は使っているが、これは俺にとっては誉め言葉でしかない。俺は俄然バレンシア伯爵家に興味を持ってしまった。


 「モモ、前から薄々感じていたことではあるんだが、バレンシア伯爵家って一般的な貴族家と違ってかなり面白い気がするんだけど?」


 「今更感が拭えないけど確かにうちは他と違って面白いかもね。それに自画自賛になってしまうかもしれないけどうちに生まれたことをものすごい幸運だと思ってる。なんていうか、仕事は貴族でプライベートは平民の家なのよ」


 「それは昔からなのか?時代が時代なら俺たちと机を並べて学ぶとか、それ以前に話もできなかっただろう?」


 「まあそうね。でもうちは昔から面白かったみたい。貴族同士では常識で当たり前の政略結婚さえ完全スルーで平民と結婚することも多かったって。だからうちって昔は他の貴族家から距離を置かれていたらしいわ。いわゆる仲間外れ?」


 言われてみれば彼女は独特の貴族顔ではない。

 貴族とは王族を頂点としたこの国の権力者でいわば親戚関係にある。

 長年血にこだわり決まった枠内での婚姻を繰り返しているため濃淡の差はあれど、王族貴族は血のつながった親族なのだ。


 「平民の俺でもモモと結婚できるってことか‥‥」


 俺は単純にいつも通り思ったことをそのまま口に出してみただけなのであるが、なぜかじわじわとやってしまった感が押し寄せてきて、居た堪れない状況という初体験をすることになってしまった。だが彼女は見事なスルースキルを発揮していつもの呆れ顔で言った。


 「‥‥‥だから、そういう勘違いされるような言動は慎まないと。ね?それから私、見たい映画があるんだけど、付き合ってもらえないかな?一人でも行くつもりなのだけれど、シオンに洋服選びのお供をお願いしようと思っていたからそのついでにどうかと思って。それでラーメンもご馳走しちゃうから!」


 せっかくやらかしがなかったことになっている有難いシチュエーションにそのまま乗っかり俺は即答した。


 「もちろんいいけど、もしかしてその見たい映画ってスパイ天国?それならついこの前見てきたから別がいい」


 「そんな不穏なタイトルの怖そうな映画なんて見たくないよ!私が見たいのはクレア モートン主演の女神の微笑よ!あの女優さんっていつもニコニコしていて感じがいいよね?特に最近はテレビや雑誌でもよく取り上げられているし、今が旬の女優さんなのかもしれない」


 「クレア モートン‥‥なんかつい最近も聞いたような名前‥‥」


 そこでついこの前リュートから聞かされた睨みをかまされた女優だというのを思い出し、どんな演技を披露しているのかそれを見てみるのも面白そうだと了承した。


 「よかった。もしもつまらなかったら寝てもいいからね。それよりそのスパイ天国?は一人で見に行ったの?」


 「いや。そのつもりだったんだけど、リュートとミクとその友達のメルの四人で行った」


 「え?そうなの?でも珍しいメンバーのような気がするんだけど、どういった経緯でそうなったのかな?」


 「モモはミクのことは知ってるだろう?そのミクのクラスメイトがメルで、俺たちと出かけたいっていうから俺の見たい映画を一緒に見に行くならってことでそうなった」


 気のせいかもしれないが、この辺りからモモの元気が段々と失われていってしまったように感じた。俺はそれが嫌で、彼女のいつもの元気な笑顔が戻ってくればいいと、得意ではない馬鹿話のマシンガントークを繰り広げた。

 


 


 


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