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「今日の映画さ、なんかやけにリアルな感じでちょっと怖くなかった?」
食べ終えたバーガーの包み紙を小さくまるめながらミクがそう口にした。
「あれはまさにこの国の現在の話だったわよね?」
とっくに食べ終えのんびりミルクシェークを飲んでいたメルが即座に反応した。
ちなみに彼女、メルのバーガーの食べ方が豪快で私には好印象だった。女の子は特に食べ方をとても気にする。したがって間違っても人目のあるところで食べこぼしや口の端にソースが付いてしまいそうな大口でかぶりつくという食べ方はしない。だが彼女はいただきますの後に俺たち同様、適当に包み紙を剥がしてそのまま大きくかぶりついたのだ。おいしそうにもぐもぐと咀嚼する様子にも好感が持てた。正直俺は人の食べ方なんてどうでもいいし興味もない。さらにはマナーなんて糞くらえ、好きに自由になんでも食べればいい派である。だがまさか女の子の豪快な食べっぷりに清々しさを感じて気分が上昇するとは思ってもみなかった。これは俺自身にとっての意外な発見でもあり、面白いと感じた出来事だった。
「メルもそう思ったのか?俺は公開前の宣伝動画を見てスパイ天国なんてもうそのものじゃないかって、タイトルにうけて絶対見に行こうって思った」
「えっ⁉何それ。なんでこの国が?それってまさか、あの映画みたいにもう聖域なし状態になっているってこと?」
「そうだ。映画なのに随分とリアルに再現されていたな」
俺のこの一言で自ら話題を振ったにもかかわらず、急におかしな話の展開になって困惑しているミクと、頭の回転が速いせいで焦りだしたリュートに落ち着き払ったメルが続けてニコニコと告げた。
「でも私たちが心配したところでな~んにも変わりはしないわ」
「メル、そんな呑気なこと言ってないで、そこはやっぱり俺たちが信頼して任せられる王国議員を選ぶために絶対に選挙に行こう!とかじゃないのか?」
「無い無い!だってほぼすべての国で最重要当たり前のスパイ防止法がこの国では制定されていないことの意味を考えれば自ずと答えは出てくるじゃない。だから私は完全スルーの一択です」
「‥‥‥そんなキリッてされるともう‥‥‥てか、メルってホントに俺らと同じ学園生?なんかもういろいろ悟った人生三周目みたいなその余裕っぷりはヤバいぞ」
「リュート、人生は一周のつもりで生きた方が絶対にいい。二周三周を期待して後回しにしてなかった時は最悪だろうが。とにかく重い話はもうやめだ。ミクが固まっている」
その後俺たちはまったく無関係な面白話をして盛り上がり、楽しい一日だったと皆気分よく家路につくことができた。
「シオン、メルは本当にお前のファン、つーか、お前のことが好きなんだな。今日の短い時間でもそれはすごく伝わってきた。それに珍しくお前も気に入っていただろう?モモ以来そんな女の子は現れていなかったしな。なんというか、まあなかなかお似合いだと思うぞ」
部屋で寝る前の着替えをしているときにリュートがそう話しかけてきた。
俺は確かにメルの印象はとてもよく、帰り際に懇願されメールアドレスも交換している。それよりも彼にとって今まで俺が気に入っている女の子はモモだけしかいなかったという認識の方に意識が向いた。
「俺の今までのお気に入りがモモだけっていうその根拠とは?」
だからすぐにそう問い返していた。
だが彼も間髪入れずに「他人はどうでもいいお前がモモだけは気にかけているだろうが。それに自分から何かに誘うのもモモだけ」と、仁王立ちの状態でドヤられてしまった。
なるほど‥‥言われてみればこの二年と数か月、リュート以外でどこかに誘うのも俺から話しかけるのもモモだけだったと深く頷いてしまった。むしろ女の子と限定しなくてもわかりやすくリュートとモモの二人以外は誰も誘わないし声もかけない。俺は自分で思っている以上に好きに思うまま自由に生きられているのかもしれない。
「まったくもってリュートの言う通りだな。それじゃあついでに俺も聞いておこう。お前はミクのこと、どうするつもりなんだ?」
「どうするもこうするもないだろうが。普通にこれからも仲良く付き合っていくさ」
「そうか‥‥まあこれは単なる俺の独り言なんだが、とにかくオーディション合格の知らせが届いたらその時は一度二人で会ってきちんと話し合った方がどちらのためにもなる気がする‥‥と、それだけだ」
これは余計なお世話というやつだ。
俺自身はしないし誰かにされるのも困る。
だが独り言という体で言っておきたいくらいには二人のことが好きなのだと思う。あくまで独り言なので無視される前提だからというのもあるが、人の心はその本人にしかわからないし他人にはどうすることもできないのだから無駄なのだ。
理解は誤解。
だからこちらの勝手な想像という理解を持ち出して、求められてもいないのに相手に助言やら評価をするのは違うと思っている。
神頼みをしようが誰かのアドバイスを受けようがさらにはたとえ無理やりだったとしても結局最後に決断したのは自分なのである。つまりは過去も未来もすべて自分が成した、成す結果ということになるのだ。
だからつい、余計なお世話とは真に余計なお世話ってことだったんだな、とぼやき笑ってしまった俺に枕を投げつけ「お前のは独り言だから余計じゃない」とつぶやいたリュートはさすがの優男であった。