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そして無事到着はしたものの、ギリギリだった。何がギリギリかというと、外出許可の時間は寮の夕食前までにしてあるので今からラーメンを食べて戻るとするとここからはすべてダッシュしなければ間に合わない可能性があるのだ。それでもラーメンを食べずに戻るという選択肢はなく、咀嚼せず飲み込むような愚かな真似もしたくない。よって味わってきちんと食した結果、時間を厳守できずに遅れて叱られるという選択肢を追加した。
店の中に入るとラーメンを食べている人で席はほとんど埋まっていた。
そこでカウンターのモモ席が空いているのを確認し、そこに座ることにした。
すぐにおじさんがオーダーをとってくれたので、厨房の中での作業を見ながら出来上がるのを待った。そして目の前に置かれた味噌ラーメンを、手を合わせていただきますの後に器の底の絵が見えるまであっという間に完食してしまった。
「お兄さんの食べっぷりは見ていて気持ちがいいね。そんなにおいしそうに食べてもらえると作り甲斐があるってもんだ」
すると俺の食べっぷりを見ていたおじさんがニコニコとそう告げた。
「このお店のラーメンは王都で一番おいしいと思います。ご馳走様でした」
「それはうれしいねえ、ありがとさん!‥あれ?もしかしてお兄さんは先週も来てくれていた学生さんかい?」
俺の顔をじっと見ていたおじさんのその質問に「そうです、先週もここでいただきました。俺たちはここでバイトをしているモモと同じクラスメイトです」と即答した。
するとおじさんはなんともいえない困ったような顔をしたまま黙ってしまったので、俺は続けてあの日の翌日、彼女と話した内容を伝えることにした。するとようやく安心できたのか、ほっとした様子で改めて話しかけてくれた。
「お兄ちゃんは制服を着ている時と私服の時じゃあ印象が変わるね?今日はお兄ちゃんとは声はかけられなかったよ。モデルの仕事でもしていそうな青年っていう感じでお客さんと呼ぶかお兄さんと呼ぶかで迷った」
そういって微笑んだおじさんにそろそろ寮に戻らなければならないことを告げ、また来ることを約束して店を後にした。寮に戻ると夕食の時間は過ぎていて、予想通りしっかりと注意を受けてしまった。
俺は後悔も反省もしていないが結果的に嘘になってしまった寮に戻る時間のことに対しては謝罪をした。そしてまっすぐ部屋に戻るとリュートが街で買ってきたであろうお菓子の類がテーブルの上に散乱していた。しばらくするとシャワー室からリュートが出てきて開口一番「おっそ!」と、若干拗ねたような感じの言葉が発せられた。
「リュート、おかえり。面接はどうだった?」
「‥‥ごめん。遅いと文句を言う前に言うべきことがあった。おかえり、シオン」
「おう。ただいま。でも予定時間を過ぎていたから寮の管理人さんにしっかりと注意を受けた。リュートはおっそ!の一言だけだったからぜんぜんましだ」
どうやら彼は俺の帰りに間に合うようダッシュで戻ってきたようだった。
それなのに俺が夕食にも現れず、部屋で待っていてもなかなか帰らないので心配もあっての拗ね台詞だったそうである。
「で、面接自体は大したことも聞かれなかったしまあ悪くなかったと思う。それよりも!大手芸能事務所ともなるとやっぱり有名人の誰か一人くらいには会えるかもって考えるだろう?俺もそれは期待大で向かったわけさ。でもぜんぜん会えなくてマジか⁉ってテンションだだ下がり。だけど帰り際、入り口のホールでなんと!クレア モートンとすれ違ったんだよ! 最後の最後でようやく超有名女優に会えてそれはもう大興奮!でもさ、なぜか思いっきり睨まれた‥‥そりゃー俺はうれしくて興奮はしていたけどさすがに声を掛けようとまでは思っていなかった。だから軽く会釈をしただけなのに顔を上げたらものすごい怖い顔して睨んでて怖かった」
彼はそのショックでその後の自分の足取りをよく覚えていないと言った。
だが街中まで歩いてきて空腹だったことに気が付き菓子類を購入した。
そして寮に帰って早く俺に会って話がしたいと、ただそれだけを考えて急ぎ戻ってきたのだと語った。
「そうか‥‥今日はいろいろと大変だったな、ホントお疲れさま。それにしてもよくこんなにたくさん買い込んだな。俺らだけで食べきれるだろうか?まあ開封しなければ別に今日中に食べなくても大丈夫か?で、その女優の件だけど、皆そんなもんなんじゃないか?俺は特にテレビの中はほぼフェイクだと思っているから実際にリュートが見て感じた印象こそがリュートにとってのリアルだと思う。とにかくもう気にすんな。特にお前はその世界でやっていこうとしているんだから尚更だ」
「フェイク、か‥‥シオンはどんなところがフェイクって感じるんだ?」
「ん?だからほぼすべて。番組出演者たちはその名のごとく演者であり演じているのであって言うなればフェイクだろう?ニュースだってそれが真実かどうかなんて誰にも絶対わかりっこない。どの角度から見るかによって印象も導き出される答えもぜんぜん違うんだから報道される情報なんて単なるどこかの誰かによる報告、または作り話ってことだ」
「シオンてさ、ホント昔から難しいことを簡単そうに口にしてくれるよな?でもなぜか理解した気にもなってしまうという‥‥それに親父たちが子供の頃はテレビを見ると馬鹿になるとか言われてたらしい。今それを思い出したわ‥‥」
確かに俺も幼い頃は多少テレビの中に憧れを持っていた。だが成長とともに?の数が増え、それはどんどん増え続ける一方で一向に解消されることはなかった。そしてある時突然思い出したような感覚でフェイクならすべてにおいて辻褄が合い、納得できてしまうということに気が付いたのである。
完璧で唯一のスッキリ回答だ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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