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「あのね、実は私のクラスにシオンのファンがいて、それで今度一緒に出掛けてみたいって言ってるの。その子が私にその橋渡しを頼んで来たんだけど、二人っきりだと緊張するから最初は私とリュートを含めた四人で出かけるのはどうかって」
「要はシオンとデートがしたいってことか‥‥シオン、どうする?」
「断る。と、言いたいところだが、ちょうど見たい映画があるからそれを見に行くということでいいのなら一緒に行ってもかまわない」
「そういえばお前、みたい映画があるって言ってたな。じゃあとりあえずその子とミク、俺とシオンの四人で見に行くか?」
意外にも簡単に映画を見に行くデートプランが立てられてしまい、誘ってきた張本人であるはずのミクが本当にいいのかと心配そうな顔で尋ねてきた。だがリュートの嫌ならすぐに断っているという一言でまるで魔法でもかけられたかのように弾ける笑顔を見せた。その後もいつも以上に口数も多くなり、俺たちは聞き役に徹していたらあっという間に昼の休憩時間は過ぎていった。
そして翌日土曜。
大手芸能事務所の面接のため、リュートは朝から出掛けていった。
俺はというと、親からの要請で一時帰宅するため一月ぶりに実家を訪れていた。
「ただいま。今朝は早かったから眠り足りない。だから一旦部屋で寝てくる」
家に入ってからの一言目がこれで、親は呆れはしていたものの、言う通りに寝かせてくれた。今回の帰宅の要請も、いつものバイトの件であると思われる。実家は商売をしていてオーダーメイド専門のスーツを仕立てている。両親の意思、希望により、宣伝という宣伝は一切行われてはいないが、カタログ作成を行い来客への説明時に使用したり、要望があれば配布もしていた。そのカタログに載せるスーツ着用モデルになっているのが何を隠そうこの俺である。
親も最初は外部に依頼するのが面倒ということと、遊び心から最初だけ息子にモデルをやらせてみたのだが、それがなかなか良い感じの出来で客にも好評であったため、今後もこれで行くと勝手に決めてしまったのである。俺はもちろんそんなことはお断りと拒否の姿勢を貫くつもりであったが、これはバイトであり、毎月の小遣いよりも破格の報酬があるという言葉のエサにまんまと釣られ了承してしまったのだ。
普段の俺はあまり身なりを気にせず髪のセットもしない。
ファッションに興味はあるのにかなりの面倒くさがりという珍気質である。
ボサボサの髪にメガネ、部屋ではいつでも寝転がれるスウェットの上下で外出時はほぼ制服。ここ数年はずっと学生生活なので、私服を着る機会は滅多にない。だからそんな俺の貴重な私服姿を見る機会があるリュートがどのくらい常に一緒にいるのかがよくわかるだろう。
「で、撮影はここ?それともカメラマンのスタジオ?」
目が覚め部屋を出て階下に降りたところにちょうど揃っていた二人に尋ねた。
「あら。思ったよりも早いお目覚めで。今回もスタジオの方に来てくださいってカメラマンの方が。それからなんか前回のカタログを見たカメラマンさんのお知り合いの方がぜひ一度あなたとお話がしてみたいとおっしゃられているのですって」
「わかった。じゃあ今から行ってくる」
俺はキッチンにあったお握りを一つ掴んでそれを食べながら部屋に戻った。
部屋着から私服に着替え、髪は後ろで一つに縛りメガネも外し机の上に置いた。
スタジオに到着するとすぐにカメラマンの助手の一人が迎い入れてくれた。
案内された部屋で待っているとカメラマンとヘアメイク担当の女性が間もなく入ってきた。二人の間でもう話はついていたようで、俺はそのままその担当女性にされるがまま、まな板の上の鯉と化していた。
そしてその女性が満足げに鏡越しに頷いているのを確認すると同時にカメラマンが入ってきて着替えのためのドレスルームへと案内された。指示通りの順番でスーツを着用するよう告げるとアシスタントを残し出て行った。俺ももう慣れたものでスーツを着る、スタイリストがチェックする、撮影する、次のスーツに着替え戻ってくるを繰り返した。
ただ今回は途中でヘアメイクの変更などが加わり時間がかかった。
さらには俺に会いたいというカメラマンの知り合いも来ていて撮影の間も見学していたようだった。だから撮影終了後すぐに帰宅するつもりがスタジオ近くにあるというレストランで彼らと食事をすることになってしまったのだ。
腹は減っていたので有難くおいしいものをご馳走になり、彼らの話も一応はちゃんと聞いていた。要は俺をとあるファッション誌の専属モデルとして採用したいということだったのだが、それはその場できちんと断ることができた。彼らには言っていないが、俺はどこかに属したりすることはない。雇われたその先の上下関係の中で仕事をするのが嫌なのだ。だから将来的には一人で事業を興すしかないだろうと思っている。
帰宅後は疲れていたので風呂の後はそのままベッドにダイブした。
翌朝、というより昼近くになって目覚めると、あまりの空腹で母が用意してくれていたものだけでは足らず、冷蔵庫を開けそのまま食べられそうなものを漁ったが碌なものはなかった。だからあの王都の街中にあるラーメンを食べに行こうと思い立ち、私服に着替えて家を出た。