31
「あの、伯爵?ここで店をやるというのはどういう意味でしょうか?」
目の前に座るニコニコと機嫌のよさそうな伯爵にそう尋ねてみた。
「ん?だからトリーを少し増改築させてもらってね、セレクトショップのスペースを作ろうということだよ。今はガレージとして利用しているスペースとキッチンと繋がっているその後方にあるスペースを繋げればなかなか良い感じの間取りになると思うんだ」
ガレージ後方のスペース?
それって現在は俺のカップラーメン部屋、ではなく、食料保管庫にしている場所のことではないだろうか?まあ確かにあそこは壁を外せばガレージに繋がるが‥‥
「ですが店は俺の勝手で始めるものですし、そのためにトリーを改築するというのはかなり気が引けます。自分の持ち家でしたらそういった考えになることもあったかもしれませんが、賃貸物件ではさすがにないです。まったく考えても見ませんでした」
いくら自分軸の俺でもそんな思考にはならない。
それは単なる自分勝手であって自分軸とはまるで違う。
「いや、私がトリーを増改築したいのだよ、シオンくん。実はセレクトショップの話を娘から聞いてぜひ協力させてもらいたいと思ってね。今日はその相談をしに来たんだ」
伯爵が協力?転売屋に?
「協力?ですか?それはとても光栄で有難いお話なのですが、私はスポンサー契約などの縛りが発生する形式は望んでおりません。常に小規模で自分で賄える範囲内で事業を継続していく考えでいるので本当に申し訳ありませんがお断りさせていただきたいと思います」
「いやいや、スポンサー契約なんて最初からするつもりはまったくなかったよ。娘から君の話はたくさん聞いているからね。君のそういう考えもきちんと理解しているつもりなんだ。だから単なる手助けという意味での寄付をさせてもらいたい。まあそれが増改築に当たるというわけだ」
それから伯爵とはかなりの時間をかけて話し合い、いろいろと熟考してみた結果、トリーの増改築を行ってこの場所で店もやることに決めた。
それでもしばらくは改築作業や店の準備にも時間がかかるため、通常の仕事をこなしながら期限を設けずゆったりとその日を待つことになった。そこからさらに数週間、あっという間に年末が来て、すぐに新年を迎えた。
俺たちは望むそれぞれの道を一歩一歩着実に歩み前進していた。
そして学園の卒業から一年が経つ今日、トリーに皆が集合する。
「ねえ、今日は皆で持ち寄りにしたけどお酒はこれで足りるかな?」
昨夜からすでにここで待機しているモモが酒の入ったケースに目をやった。
「皆も自分が飲みたい酒を何かしらは持ってくると思うし、とりあえずはそれだけあれば十分だろう。ていうか皆、結構飲むようになったよな?」
最初の頃は皆がそれほど飲む方ではなかったはずなのに、時が経つにつれて段々と飲むようになった。
「きっと他での付き合いとか飲む機会も増えてきて、段々とおいしいと思うようになっていろいろと試すうちに酒量が増えていったんだと思う。私だって最近はジュースみたいに飲みやすいお酒がたくさん出てきて見るとつい買ってしまうしね。ホント、困っちゃう」
確かに彼女はいろいろなものをここに持ってきては置いていく。
当然酒類も持ってくることが多い。それに大体彼女からの薦めで俺も気に入り飲み始める。いまのところは誰も悪酔いしないので特に何も問題はないのであるが、トリーが場末の酒場のようになってしまうことだけは避けたいので気を付けたいと思う。
「あっ、そうだ!ずっと伝え忘れていたんだけど、去年の終わりにようやく王城から正式な通達が送られてきてね、わたし無事に候補から外れたよ!」
「え⁉もうだいぶ経ってるけど?‥‥まあすっかり忘れていた俺が言うのもなんだがもう少し早く伝えてくれてもよかった気もするぞ?」
「は⁉シオンはこんな大事なことを忘れていたの?それなのにもう少し早く伝えろ?一体どの口がそんなことを言うのかしら?」
彼女は俺の唇の端を指で鷲掴みにした。
「@#$%&*¥‥‥」
俺はこんな口ですと言っていたのだが、口を掴まれているため何を言っているのかわからない感じになってしまった。
「さて、お遊びはこの辺にして父の話によるとね、どうも男爵家の娘さんとの婚約が決まったみたい。私はその娘さんのことはよく知らないのだけれど、最終的には王子が決めたと聞いたからとてもよいご縁なのではないかと思っているわ」
「そっか。モモは王子とは知り合いなんだよな‥‥その王子が決めたのなら大丈夫ということか?」
彼女は結婚は断ったものの王子のことは嫌ってはいなかった。
お見合いのような感じで何度か会い、話をする機会も得たらしいが、モモは言葉遣いは丁寧でもあくまで正直に何でも話したそうである。だが王子は決して無礼だと言って話を遮るようなこともなく、いつも穏やかにきちんと話を聞いてくれていたらしい。
「父がよく今の王の代で自分は運がよかったと話していた意味がわかったような気がしたわ。王家もね、他の貴族と一緒でその代によって考えがぜんぜん違うらしくてそれはもう暴力的に権力を振りかざすタイプの代もあれば平民的で穏やか傾向タイプの代もあるとか。で、今代の王家は後者タイプだったのね、きっと」
なるほど‥‥だから伯爵である彼女の父でも王に文句を言うことが許されているということなのか?それを考えると俺も今の時代で運がよかったということになるのかもしれない。
「危なかったな?俺たちもその王によっては結婚どころか友人関係でいることすら許されなかったかもしれないということだよな?それに大昔は制度的にまさにずっとそんな状況だったんだろう?そんな時代に生まれなくてよかったと思ったが、そういう時代だからこそ生まれたくてそこで生き抜いた人たちもたくさんいたのかもしれないな‥‥」
「私の母方の祖母がね、同じようなことを言っていたわ。今のあなたがこの時代に生きているのは自分が望んで選んで生まれてきたからなのよって。もちろん他の時代に生きた人たちも皆同じ。だから自分は運が良いとか他の大変な時代の人は運が悪かったって考えるのはまったくの見当違いなんですって。自分の価値観を物差し代わりに何でも判断するくせは人間だけが持っているおかしな特徴らしいわ」
あのモモそっくりの伯爵夫人の母でモモの祖母。
俺は容易にその彼女の祖母という人物の顔や雰囲気が想像できた。
「モモが三人並んだみたいな感じになるんだろうな‥‥俺もいつか話をしてみたい。楽しそうだ」
「ふふふ‥‥私たちは周りからはよく似ていると言われるけれど、当人である私たちは互いにそれほど似ているとは思っていないのよね~面白いでしょ?それに母は平民の出で、当然その両親、私の祖父母も平民。私は小さい頃からそこを行ったり来たりして過ごしてきて貴族家であるはずの父方の家もそことあまり変わらなかったからこんな風に育ってしまったわ」
そう話す彼女の表情はとても楽し気だ。
俺たちはいつかその祖母のところに一緒に会いに行ってみようと約束し、皆の到着を待った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
続きは執筆中です。




