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嵐のように訪れて嵐のように去っていった従兄弟。
それからあっという間に数週間が過ぎ、久しぶりにメルから連絡があって彼女がミクを連れて遊びに来ることになった。二人が何かおいしいものをテイクアウトして持ってきてくれると言うので今朝から何も食べずにおいしいものって何だろう?を頭の中で繰り返しながらウキウキワクワクと過ごしていた。
そしてついにおいしいものが到着し、玄関先で「おいしいもの!」と出迎えてしまった俺を、まるで知っていて待ち構えていたかのように仁王立ちしていたミクが叱りつけ、その横で爆笑していたメルがまあまあと取りなし事なきを得た。
「シオンは私たちを待っていたんじゃなくてこの食べ物を待っていたんだね?まあそんなことはもちろんわかっていましたとも!」
そう言い腕組みをして頷くミクは「そんなことより!シオン!あなたレンジの中に生ものを入れたまま結構な日数放置して大変なことになったらしいけど、今はどんな状態なのかしら?」
おかしい。それは俺のやっちまった最新情報ではないだろうか?
「今はすっかり元通り、きれいで無臭状態だ。だがなんでそんな俺の些細な日常の情報が王都にいないはずの君らの間で更新されているんだ?」
だからそう問いかけたのに、「よかった~!それなら温められるわね?温め直して食べるほうがおいしいですよって言われたからどうか復旧していますようにって祈りながら来たんだよ」と華麗にスルーされてしまった。
まっいっか?俺は目の前に置かれているすんごいよい匂いをまき散らしている物たちに目を向けた。
「まだこれだけ匂いがのぼってくるのだから、まだ十分温かいだろう?冷めないうちに早く食べてしまおう!」
「そうね。もう腹ペコシオンが待てに限界が来ているみたいだし、このまま頂きましょう」
何か言いたげなミクを尻目にメルの言葉に素直に従った俺はテーブルに皿とフォーク、カップ等を並べてさっさと座った。すると惣菜が詰め込まれているパンやプラスチック容器に入ったよくわからない何かが皿の上に盛られた。
「シオン、これね、今王都で大人気のベーカリーで買ってきたものなの。お米派のシオンでもこれなら好きって言いそうなものを厳選して買ってきたから食べてみて!」
幼少期から一緒にいるミクは俺の食の好みもよくわかっている。
だからこれは期待大であると早速パンをつかんで口へと運んでみた。
「パンのもちもち感と中に入っているチーズが合い過ぎておかわりしたい」
俺のパン食史上、おかわりを考えたパンは一度もなかったはず。
だがそれがたった今、覆されることに‥‥‥
「やっぱり~!絶対にコレならシオンも墜ちると思ったんだよね?さすがわたし!」そう言って誇らしげなミクもパンにかぶりついた。
「ホントそう。私がお米派のシオンにパンはあまり喜ばれないんじゃないかって心配していたら、パンでもシオンが喜ぶものはあるってすぐにこれを見つけたんだよ。さすが小さな子供の頃から一緒にいるだけのことはあるわね」
よくわからないが確かに何でもお見通しなところはあるなと思っていると「あのね、シオン?食べながらでいいからちょっと話しておきたいことがあるから聞いてくれる?」とメルが突然真面目な口調で話しかけてきた。俺は急に雰囲気が変わったことには気づいたが、普通に頷きそのまま彼女が話すのを促した。
「シオンは王城内で貴族の集まりがあることは知っていると思うんだけど、実は王子たちの結婚相手探しも同時進行していてその中で候補が絞られていってるみたいなの。それで以前からミクには話していたんだけど、その候補の中にどうやら私とモモも入ってしまっているみたいで‥‥これまでなら私たちのような貴族であってもう貴族ではない家なんて見向きもされなかったのに、なぜか今回は真逆の青い血の血統とも言われる貴族そのものの家が外されてしまっている。だからモモが王子の婚約者に選ばれてしまう可能性は高いのではないかと思って‥‥ちなみに私は領主として勉強中ということで父が候補から外してくれるように頼んでいるところよ」
そうだった‥‥俺は時々こうやってモモが貴族であるということを思い出すのだ。普段はそのような印象がまったくないモモなのでつい忘れがちであるが、確かに貴族令嬢であることは間違いないのである。
「そうか‥‥でも俺はモモからは何も聞いていない。その情報を知らせてくれたことには感謝するが、本人であるモモから話があるまで特に俺がどうこうすることはない。それにしてもすでに昔とは違う制度になってもいまだに貴族ってのは結婚まで本人以外の誰かに決められてしまうんだな?」
「私もシオンも貴族ではないからこうやって好き勝手に言えちゃうけれど、貴族であるメルやモモはそうはいかないもんね?やっぱりどんなに名ばかりになったといえども貴族は貴族だから今でもその世界では不自由なことなんていくらでもありそう‥‥」
「まあミクの言う通りなんだけど、うちとかモモの家みたいにもうほぼ平民化しているところもあるでしょ?そういう家は単なる仕事として貴族をやっているようなものだから私的には割と自由なのよ。うちの父なんて王族相手でもまったく怯むことなく何でも断ってしまう人だしね。それにモモの家なんてさらにもっと上をいってると思うわよ?王族の方からいろんなことを相談されているみたいなんだけど、いちいち俺を呼ぶなって王に文句が言えちゃうとか」
王に文句‥‥俺はあのモモの父親である伯爵が王に文句を言っている姿を想像してみたが、まったく違和感なくよくある日常の風景のようだった。
「あの伯爵ならそれはないとは言い切れないな。威厳のある佇まいはさすがに伯爵様って感じだし、モモの父親っていう意味でも十分ありだろう‥‥」
メルは自分の父よりもずっと王とは近しい関係にある伯爵なら断ることもできると思うが、逆に近しいからこそ王のお願いを無碍にもできないのではないかと心配しているようだった。
「でもいざとなったらシオンは王城に乗り込んででもモモと王子の結婚は阻止するわよね?」
茶化すようそう口にしたミクに「モモがもし本心から王子との結婚を望むのなら喜べはしないが幸せくらいは祈れる」と返したところ、メルと二人して沈黙してしまった。
そしてその沈黙を破るかのようにいきなりミクから一発の蹴りがお見舞いされた。
「シオン!そういうのはドラマの中の優男だけでお腹一杯なの!現実でこそ漫画みたいに恋の逃避行一択でしょうが!まったくシオンのくせにこういう時だけ普通になり下がるなんて!もうがっかりよ!」
普通になり下がる?
なんだかよくわからないがミクの反感を買ってしまった俺は自分の家だというのに追い出されそうになっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
続きは来週投稿予定です。




