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 今日はとても良い天気である。


 朝はゆっくり派の俺は、大体いつも寝室の窓からカーテン越しに差し込まれる明るい陽射しの中目覚める。そしてカーテンと窓を開け、空を見ることからその日一日をスタートさせるのだ。今日は目覚めた瞬間、雲一つない青空を想像したが、まさにその通りの晴天が広がっていた。


 ここ最近はずっと多忙であったため、大好きな家で過ごす時間が少なかったこともあるが、掃除をさぼってしまっていることが気がかりだった。だから今日は休みにし、掃除の日として当てていたのだ。


 先日モモが置いていったおいしいと評判だという缶入りスープを温め、大きめのマグカップに注ぐと気に入りの縁側に腰を下ろし、庭に咲く季節の花や緑を見ながら贅沢な時間を過ごしていた。そしてしばらくすると垣根の向こうに人影が現れ、玄関先に立ったのを確認した。


 俺はそっとカップを置き立ち上がると、その訪問者がいる玄関へと向かった。軽い数回のノックとともに「ごめんください、シオンさんはご在宅ですか?」という男性の声が聞こえてきたので「今開けます、少々お待ちください」と返しながら土間に下りて扉の解錠を行うとゆっくりスライドさせ開けた。


 「あ~これはどうも、初めまして!シオンさんですね?」


 目の前に立つ紳士がそう告げた。

 知り合いではない、会ったことがないはずのその紳士はぱっと見でも貴族だとわかった。身なりも話し方も()()()()であったからである。だがどうしてかその知らないはずの貴族男性は俺のことを知っているようだった。


 「はい、そうです。あの、恐れ入りますが、あなたはどちら様でしょうか?」


 だからストレートにそう尋ねてみたのだが、紳士は「あ~やっぱりこの土間の感じ、相変わらず良いな~!」とつぶやいて目を輝かせている。俺は自分の質問も忘れ、「そうですよね!この広さとこの感じ!私の祖父母宅よりいかにも土間!というこの感じがたまらなく好みで、もうここだけ見て絶対に住みたいと思って決めたんです!」と、土間オタク会話を開始させてしまった。


 紳士も俺と同様、木造平屋の古い家が好みであり、特に土間や縁側には強く惹かれるという点まで一致してしまい玄関先で盛り上がっていたが、気づけば中でゆっくり話しましょうと俺の方から招き入れていた。


 「いや~君はまだ若いのに、知識もなかなか豊富で素晴らしい!古い家の話でここまで盛り上がるなんて驚いた。ところで名乗るのが遅くなったが私はグレン。グレン バレンシアという」


 縁側に並んで座り、しばらく話した後、突然紳士がそう告げてきた。


 「⁉‥‥‥‥」


 俺は確かに()()()()()と耳にしたが、俺の知るバレンシアとは違う別のバレンシアの存在の可能性を探っていた。もしかしたら俺が知らないだけで他のバレンシア家が存在していてそこの家主かもしれないと考えたのだ。


 「シオン君、私は()に見えるだろうか?それともやっぱり父親にしか見えないかな?」


 すると紳士はニコニコしながらそんなことを言い出した。


 「‥‥‥バレンシア伯爵殿、大変なご無礼をお許しください!」


 俺は観念して正座をし、向き直って頭を下げた。


 「おいおい、なんでそうなる?止めてくれ。仕方なく家名も口にしたが、グレンでいい。何も無礼ではないし、頭を上げて先ほどまでのように普通に話しをしてほしい」


 恐る恐る顔を上げてみれば優しい表情をした伯爵の姿があった。


 「今日は突然訪問して驚かせて悪かったね。ちょうどこの近くで仕事があったのだが予定よりも早く済んでしまってね。以前、面接で屋敷の方に来てもらったというのに会えず仕舞いだったからどうかと思って来てしまったよ」


 「あの時は急にお邪魔してしまい、こちらこそ大変失礼いたしました。今日は驚きましたがわざわざ訪問していただき光栄です」


 伯爵はその後も俺の堅苦しい話し方を何度も指摘し気楽に話すよう促してきたが、さすがにそれは無理であると懇願してこの話し方のまま会話を続けた。


 「シオン君はすでに立派な経営者として事業運営されているが、それと並行してモデルの仕事もしているようだね?そちらもなかなかの評判らしいが今後もそのまま続けていくのかな?」


 「いえ。モデルと言っても実家の両親の手伝いとして専門的にやっているだけです。同じように知り合いの手伝いとして一度受けましたが他では予定もありませんし興味もありません。今は好きな洋服関係の仕事に集中していて新しくデザインした服の限定販売も再開する予定です」


 さすが伯爵。

 俺の情報は筒抜け状態であったが嫌な感じはまったくしなかった。

 その後もいろいろと質問されては答えるを繰り返していたが、最後の最後で変な質問が投げかけられた。


 「シオン君はモモとよく食事もともにしているようだが、その際何か違和感を覚えるようなことはないのかな?」


 俺は一瞬その質問の意味がわからず困惑したが、結局いつものように単純に捉え「まったくないです」とはっきり答えた。すると伯爵はフフッと笑って軽く頷いた後、妻と娘が言っていた通りだなと呟いた。


 「ではもっと直接的な質問をしてみようか?君はモモの箸の持ち方がおかしいと感じたことはなかったか?」


 「箸?‥‥えっと、持ち方というか、使い方は一応幼少期に親から教えられていますが、それとは違う使い方を誰かがしていたとしてもまったく気になりません。それに彼女の箸の持ち方がどうであれ、これまでもこれからもおかしいなどと感じることはないと思います」


 俺は自身の考えをそのまま告げただけなのであるが、伯爵はなぜかキュッと唇を噛みしめ何かを耐えているように見えた。そしてその理由もすぐにわかった。


 伯爵はモモが手先が不器用なため、箸を正しく持つことに苦戦していた幼少期の話をしてくれた。さらにはその当時にある他家での食事中に大人からそれに関して指摘され、叱責と罵倒を受けたためショックで外食ができなくなったことが伝えらられた。


 「そんなことが‥‥‥彼女は食事の際も普段通り明るく何でもおいしそうに食べている印象しかないので、まさか過去にそのような経験をしていたとは想像もつきませんでした。ですが世の中には食事をともにする相手の食べ方に注視し、わざわざそれに文句をつける人がいるのですね?僕の感覚ではちょっと理解できませんが、恐らく世間的にはそういった自分の正しいを周囲の人間にも強制する人間のほうが多いのかもしれません」


 「君はそういった世間でいうところの常識というものに対する見方がまったく違っているように思う。それは実はものすごいことなんだが君はそれを当たり前に通している。もしかしてご両親の教えが?」


 どうやら伯爵は俺の感覚が一般的ではない(常識外れ)ということで、それに憤るのではなく、なぜかとても感心しているように見えた。質問に対し、俺は両親からは特に何も言われてはいないこと、むしろ自分が嫌なことは拒否したり反発して困らせてきたことを話した。その過去を振り返っている中でそういえば一度も強制されたことがなかったことに気が付いた。


 俺はとんでもなく恵まれた人生を送っているのかもしれない。


 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

続きは10月1日に投稿予定です。

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