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現在俺は念願の王都の古民家へと移り住んでいる。
あのモモと再会した日の翌日、早速管理会社から連絡があり、その翌週には再度王都へ赴き契約を済ませていたのだ。それからおよそ一月。ついに引っ越しを終えた。
あまりのうれしさに外出も億劫に感じてしまうほど、四六時中家の中でウキウキと過ごしていた。さらには場所が王都ということで、モモがよく家を訪れるようにもなり、ウキウキは倍増した。
そして意外なことに、俺が最初に手掛けたTシャツは販売から二月ほどで完売していた。手伝ってもらった彼らからはもっとたくさん作ればさらに儲けることができるのに、なぜもっと作らないのかと不思議がられてしまったが、俺は端から儲けようとは考えておらず、生活に必要なお金を必要なだけ稼げればそれでよいのだ。
俺は次に買い物のお供ビジネスを開始することにした。
最初は元からの計画通り、服選びに関しての手伝いのみで始めたが、近所に住むお年寄りから他の買い物の供としての同行を求められたことからそれもよいのではないかと再考した次第である。
だが、想像以上に忙しくなってしまい、大好きな家で過ごす時間が減ってしまったことを残念に感じることもあるが、ビジネスなのにも関わらず、俺自身が楽しいという素晴らしいまさかの現象が起き、なかなか充実した日々を送っている。
それは客層の幅が広く、学生から自身と同じくらいの年齢のもの、少し上の年齢や年配の方、お年寄りといわれる方々まで本当にいろいろな人たちと同行中に交わされる会話がその要因となっているのだと思う。
そんな日々を送っていたある日、まる一日王都で買い物のお供を依頼するというメールが入った。なんとそれは友人のメルからだった。
彼女とは卒業以来まだ会っていなかったが、メールのやり取りはたまにしていた。それなのになぜか今回はオフィシャルのアドレスに一人の客として依頼をしてきたのだ。だから俺はその日の夜、彼女に電話をしてビジネスではなく、友人としての同行を申し出た。だが今回は客として自身のビジネスに少しでも貢献したいという思いがあるのでそのままでという言葉が返ってきた。そのため俺は心から感謝して、素直にそれを受け入れることに決めた。
それから約一月後、予約された日の朝に俺は待ち合わせの場所に向かって歩いていた。そしてもうすぐ着くなと思ったその瞬間、先に到着していたらしいメルの姿が目に飛び込んできた。まだ少し距離は離れていたが、かまわずその場で大声を出して呼びかけ、上げた両腕をブンブンと振った。
そして彼女の元にたどり着くと「やっぱりシオンはシオンだね!」と言って彼女は破顔した。
「シオンが私に対してここまで心を開いてくれるようになるなんてさ、ホント感慨深いわ~」
続けて彼女がそう言ったので、俺は気になった部分の確認をすることにした。
「メル、俺の心は常時開放、開けっ放しだろう?」
「ん⁉いや、そうじゃなくてね‥‥まあでも素直?馬鹿正直?っていう意味では確かにそうかもしれないけど‥‥ほら、シオンは人見知り的なところがあるじゃない?なんていうか基本、すべてに対して興味がなければノーリアクションだから、シオンの方から大声出してブンブン手を振ってくれるなんて相手からすると感動レベルだって言いたかったのよ」
「‥‥‥‥‥」
言われてみれば確かに俺はそんな感じの人間のような気もする。
冷静に客観視すればちょっと冷たい人間のように見えてしまうかもしれない。
だが俺は変わることはできないし、そのつもりもない。
リュートやミクのようにそんな俺を変わらず慕い、友人関係を続けてくれている相手というのはやはりとても貴重で稀ということなのかもしれない。
「やっぱりリュートのようなできた人間が俺のすぐそばにいたっていうのは奇跡だったんだな‥‥」
思わずそう呟いてしまった俺に、メルは苦笑しながらきっとリュートの方も同じことを思っているだろうと告げた。さらにリュートだけではなく、ミクやモモ、もちろん自分も同じで、そういうそのままのシオンが好きだからこそずっと仲良くしていられるのだから、変な反省とかはしないでねと言って笑った。
その後メルの買い物の供として数軒の店を回り、辺りからよい匂いが漂い始めてきた頃、俺たちもランチ休憩をとることになり、近くにあった飯屋に入った。
「そういえば私みたいにまる一日コースだとランチ代ってどうしているの?」
注文を終え、出された水の入ったカップに口をつけ、一息ついたあとに彼女がそう尋ねてきた。
「交通費と飲食代は各自ということになってる。午前か午後のどちらかと一日の予約のみで、どんな買い物でも内容に関わらず定額制にしているからな。まあ買い物内容や状況によって車を出す必要がある場合のみ別料金が発生するが。だから一日コースのお客さんによってはここは支払いますって言ってくれる人も結構いるんだが、その時は丁重に断るようにしている」
「そうなのね。でも私の感覚だと儲け無視?って思うほど良心的な価格だし、ランチ代も払いたくなるお客さんの気持ちもよくわかるわ~」
その後テーブルに運ばれてきたボリュームのある豚カツを食べ、山盛りの玄米と味噌汁ともにきっちり腹に収めた。この店は白米と玄米どちらか好きな方を選べるが、俺は決まって玄米をお願いしている。実はこの店に来る以前は玄米を食べた経験がなかった。だがモモに連れられ初めて来店し、モモの真似をして玄米を食べてみて以来、はまってしまったというわけである。
「メルも玄米派なんだな?まだリュートとミクとはこの店に来たことはないが、リュートはなんとなく俺と同じで玄米にはまるタイプだと思う」
「玄米、おいしいもんね~。ミクも絶対好きだと思うよ。いつか皆で食べに来られるといいね」
いつか‥‥その言葉に少しため息をつきたくなってしまったのは仕方がないだろう。学生時代と違い、それぞれが目指す道へと踏み出した俺たちは、全員で集まることがなかなかに困難な状況にある。したがい卒業以来五人で集まったことはまだ一度もないのだ。
食事を終え、彼女が希望している店へと向かっている最中、あっ⁉と彼女が突然声をあげ、何かを思い出したように立ち止まり、ちょっと寄りたいところがあるからバックバックと言って来た道を引き返した。そしてとある脇道に入ると、「あの建物!」と言って視線の先にあるきれいで新しく見える立派なビルを指差した。
「なんかこの辺りでは抜きに出て立派なビルだな。あそこに誰か知り合いでもいるのか?」
「そう!いるのよ!めっちゃ仲の良い友人がひとりと有名人がた~くさん!」
「⁉まさか、リュートが所属している事務所のビルなのか?」
彼女は誇らしげに手を腰に当てながら「正解です!」と言って頷いた。
俺はその時初めて事務所がある場所を知ったが、そういう方面に全く興味のなさそうな彼女が知っていたことにもとても驚いていた。詳しく聞けば、やはり貴族関係の人脈絡みによるものだった。
基本、貴族というのは金持ちである。
ということは、誰か、または何かのスポンサーにもなり得るわけだ。
とある貴族家の主が後ろ盾となり、事務所社長を何かとサポートしているという話は貴族の間では割とよく知られていることなのだという。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
続きは20日に投稿予定です。