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今日はおよそ四か月ぶりのリュートとの再会の日である。
卒業以来、電話やメールでのやり取りは続いているが、顔を合わせるのは久しぶりだ。ついこの前、モモに会えた時もうれしさでかなり浮かれていたが、同じようにワクワクしていて朝から幾度となく窓から外を覗き見ている。
俺は多忙なリュートがあまり動かなくてもいいようにと、王都での待ち合わせを提案したが、彼は地元に帰って俺の家でのんびり過ごしたいと望んだ。そこは自分の家でのんびり過ごしたいというところなのではないかと即座に突っ込んだが、俺の家の方が落ち着くからと、普通に返され即終了した。
確かに彼の家はうちと同様、両親共働きであるが、うちとの違いは二人とも企業に属して働いているため、外に出ている時間がかなり長いという点である。よって彼は幼い頃から俺の家やミクの家など近所で過ごしていることが多かったのだ。
そんなことを思い出しながら自室でぼ~っとしていたところ、階下から「大スター!リュートくんのご帰還よ~!」と、母のデカい声が聞こえてきた。俺は急いで部屋を出て階段を下りた。
「シオン!久しぶり!会いたかった~!」
俺が階段を下りきったところでリュートががばっと抱き着いてきた。
あまりの勢いにちょっとのけ反ってしまったが、倒れることなく受け止めることができてほっとした。俺はそこでは気が付かなかったが、その後リビングのソファーに座って話しをしている時に、リュートが以前よりも痩せているのではないかと感じた。頬がこけ、心なしか顔色もあまり良くないようにも見えたのだ。
そのことを指摘すると、なんとも言い難いこれまで見たことがない表情を浮かべて彼は言った。「俺は働いているというよりも、働かされているのだ」と。
リュートは学園を卒業してすぐにデビューを果たした。
それはやはり彼が所属する大手芸能事務所の力が大きい。
彼も周囲ももちろんそんなことはよくわかっていたが、リュートらグループメンバーの意思確認がほぼ行われず、事務所の方針に従いそのマネージャーやスタッフの指示通り動かされることになるとは考えてもみなかったと肩を落とした。
事務所に所属する以上、そのトップの指示に従わなければならないというのは世の常である。会社でも企業でも組合でも組織に入るということはそういうことなのだ。
それでも彼はそんな中に自身の夢を叶える手段の一つとして希望を見出していたのだろう。リュートは続けて俺に愚痴やつらい状況は一切口にするつもりはなかったが、自分のことを幼少期からずっと見てきた俺がそんな言葉にしないところを自然に読み取ってしまうことを忘れていたと、その表情を緩ませ、どこか安心したように微笑んだ。
彼は詳しいことは何も語らなかったが、自身にとって仕事ではないと思うことが仕事としてやらされるのと、グループ内でのメンバー同士の関係性に納得がいかない事象があるのだと吐露した。
そして俺が何かを言う前に、それでも今はまだ離れるつもりはないのだとはっきり宣言した。だから俺は頷いてただ一言、「すべてはお前次第だ」と告げた。
俺たちはいつも常識や他人の価値観に振り回されて生きている。
だから自分を見失い、そのまま進んで行くことしかできないと思い込み、その道から外れることに恐怖を感じたり罪悪感を覚えてしまう。自分で選択した道でも途中で何か違和感を覚えたり、嫌な気持ちになった場合はプライドや最後までやり遂げなければという強迫観念に捕らわることなく離れればよいのだ。逃げるのはただの方向転換であり、勝ち負けでもなければ、情けなくも弱くもないのである。
リュートは一つ大きく深呼吸をした後、今日はそんな暗くなるような話をしに来たのではなく、俺と楽しい話をしてエネルギー補給をして帰りたいのだと言い話題を変えた。
「そういえばミクがよくお前と顔を合わせると勝ち誇りメールを送り付けてくるぞ」
「‥‥勝ち誇るとは?でもまあ確かに友人関係の中で言えば誰よりもよく顔を合わせているのはミクだな」
学園卒業後、俺もミクも地元に帰り、それぞれ仕事を始めたが、彼女はケーキ屋で修行しながら働いている。そしてなぜか時々俺のところにケーキを持ってくるのだ。自作のケーキを試食させ、俺の感想を参考にして次に活かすと毎回気合をいれて帰っていく。
「俺はケーキは好きだが、かなりの頻度で持ってくるから飽き気味だったんだ。だがそれを察したのか、最近は母さんに持ってくるようになって、なんか二人で楽しそうにお茶会してるぞ」
「あ~それもメールにあったな。実はあいつとは王都で二度会ったが、時間がなくてゆっくり話すこともできていない。今日も会う約束をしたかったのに、シオンと二人でゆっくりしなさいとか言って断られた」
「そうか。なら今からここにミクを呼ぼう。俺は少し外に出ているから二人でゆっくり話せ」
「いや、いい。今日はミクの言う通り、シオンと二人で過ごそうと思って来たんだ。明日からはまたしばらく仕事漬けになるから俺の元気の素、シオンからパワーを与えてもらわないとな」
その後二人で途切れることのない会話を続け、子供時代同様、二人並んで昼寝もし、俺の両親と一緒に食事をしてまたしゃべり続け、結局夜遅くまで俺の家で過ごしてから深夜になって一人王都へと戻って行った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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