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おかしい‥‥おかしすぎるのではないだろうか?
俺はなぜこんなところにいるのか‥‥
というか、既視感?‥‥
つい先ほどまでは確かに街のファニチャーショップに向かっていたはず。
なのに今はショップではない立派な屋敷の門前に立っている。
「大丈夫よ!そんなに緊張しないで!さあ、中に入りましょう!」
彼女は手慣れた様子で暗号式の解錠を行い門脇のドアを開けた。
ここで話を巻き戻すと、例の物件の話をした後、モモは今から面接をしてさっさと手続きを終わらせようと言い、突然行先を自宅に変更したのである。俺はもちろんそんなあまりにも恐ろしい急すぎる変更には反対したが、一日でも早く住めるほうがシオンもうれしいでしょ?と、何の策も講じていない裸同然の俺を敵陣に連れ込んだのである。
あの物件の内覧中に今日の予定を内覧→ラーメン=モモにした自分を賞賛していたことを後悔しかけていると、いつの間にかリビングらしき部屋のソファーの上に座らされていた。
はっとして見回すと、ひろ~い部屋に俺はたった一人だった。
モモもいない。
俺はいつか見た、娘の恋人をあの手この手で試し、娘にふさわしい相手かどうかを見極めるコメディー映画の一場面を思い出していた。この部屋はあちこちに隠しカメラやマイクがあり、大きな鏡は実は隣の部屋から見える仕様になっていて監視できるのだ。
そう思って巡らせた視線の先に想像通りの大きな鏡を見つけてしまった。
やはりこれは俺を一人にしてその行動を監視しているに違いない。
俺の決断は早かった。とりあえず何もしない。これに限る。
ただし俺の場合、こんな静かな状況で横になっても足が飛び出ることのないリッチサイズのソファーで睡魔との闘いに勝てる自信はまったくない。というか絶対に眠ろうとするのでそれだけが気がかりである。そんなことを思っていると、部屋のドアがゆっくり開き、ワゴンを押したモモが入ってきた。
「お待たせ~!ちょうど昨日母が作ったケーキもあったから持ってきたよ。シオンの好きなレモンティーに、はちみつインもしてきた!」
彼女は手際よくテーブルの上にセットしている。
「モモの家はお手伝いさんがいるよな?今日はお休みなのか?」
「ん?いるよ。キッチンでちょっと手伝ってもらったけれど、あとは自分でできるからって言って私が運んできた。もう小さな子供じゃないし、自分でできることはやりますとも」
俺は何をそんな呑気な会話をしているのだと自分で突っ込みを入れ、改めて背筋を伸ばして彼女に尋ねた。
「モモさん、伯爵で在らせられるお父上はこちらにいらっしゃるのでしょうか?それとも別の場所で面接は行われるのでしょうか?」
彼女は一瞬目をぱちくりさせ、頭上にクエスチョンマークが並んでいたが、それも束の間、お腹を抱えて笑いだした。
「シオン、もしかしてこの部屋に隠しカメラとかマイクとか仕込んであると思ってる?」
彼女は笑い過ぎて涙が滲んだ目を拭いながらそう尋ねてきた。
「違うのか?」
俺は念のため小声でそう問い返したが、これがなぜかまたつぼったようで更なる笑いを呼び起こしてしまった。なんだかそんな彼女の姿を見てたらリュートを思い出してしまった。彼はこうやってよく俺の傍で笑っていた。
いや、今はそんな懐かしさに浸っている場合ではない。
俺はモモが落ちくのを待ちながらも最初の挨拶はごきげんようだろうか?それともはじめましてが先だろうかと考えていた。
「シオン、本当にふっつ~のリビングだから安心して!それに今ちょうど父は出かけていて不在なの。だから二人でのんびりお茶して待っていよう!」
だがモモから衝撃の事実が告げられ「ぬあっ⁉」と言葉にならない変な声が出てしまった。面接官が不在?ということはまだ時間があるということか?俺は気を取り直して彼女に「どんなことを聞かれるのかわからないが、とにかくモモとの付き合いを認めてもらえるようにはする」と言った。
すると彼女はまた変な顔になってしまった。「今日は賃貸物件に住まわせてもらう了承を得るために来たんでしょ?それに私との付き合いを認めるもなにも三年以上経ってるけど今更過ぎない?」と告げ、多分うちの両親も兄もとっくに認めていると思うからそこは気にしなくても大丈夫とケーキを食べ始めてしまった。
とっくに認められている?一度も顔を合わせたこともないのに?
ここで俺は話が噛み合っていない可能性に気が付いたが、こんな時に頼りになるリュートもおらず、困ったと腕組をした。だがそれも一分ほどで得意のまっいっかで決着させ、もしかすると貴族というのは相手の身辺調査は初対面の時点で行われていて、そこで問題がなければ認める方針になっているのかもしれないと納得することにした。
ではもしかすると賃貸物件の面接も実はシード?王手?のような状況なのかもしれないが、さすがにそれは調子に乗り過ぎているかと思いなおした。そんなことを考えながら俺も目の前にあるおいしそうなケーキにフォークを入れ口に運んだ。
「うまい‥」思わず漏れた一言にモモはとても喜び、それを直接母に言ってもらえるとうれしいと、ここに連れてきてもよいかと聞いてきた。俺は何の気なしにもちろんと即答したが、三秒後にモモの母とは伯爵家当主夫人であることを思い出した。
だが、だからといってどうすることもできない俺は、ただじっと伯爵夫人が部屋に入ってくるのを待つしかなかった。そしてそう間を置かず、モモに連れられ登場した夫人はモモにそっくりであった。というか、おばさんという印象は全くなく、とても若く見える。冗談抜きでお姉さんでも通ると思った。
「モモの母上というよりお姉さんのようだな」
だから紹介された後に彼女にそう告げたのだが、まだケーキのおいしいを伝えてもいないのに、母上は上機嫌になって賃貸物件はシオンくんが住めるように手配しますからねとだけ言い残して去って行ってしまったのである。
その姿をぽか~んと見送っていた俺にモモは「シオン、ものすごいスペシャルムーブの発動であっという間に攻略できちゃったね」と言い、クスクスと笑っていた。だがふと真顔になってこちらを見たかと思うと「でもさ、シオンのソレは諸刃の剣でもあるよね?」とつぶやいた。ソレってなんだと尋ねる暇もなく、それはもし、俺の感想が真逆だったとしたら、想像するのも恐ろしい結果になっていたかもしれないと言って若干震えて見える手でカップを手に取り中身を飲み干していた。
そしてこの家では父と見せかけてはいるが、実は母が最大の権力者であり、母の了承を得られたということはもう決定なのだと彼女は言った。俺は半信半疑でいたが、その日結局屋敷に戻るのが遅れた伯爵とは会えず、そのまま帰宅となり、なんと翌日には管理会社から賃貸契約を結ぶのでまた都合の良い日に改めて王都に来てほしいと連絡があったのだ。
だがなぜだろう?飛び上がって喜ぶべきところがどうしても何かが引っかかる。
俺は首をかしげ考えたが、考えたところでどうしようもないので素直に喜ぶことにした。そこでリュートから送られてきたジュースで一人乾杯をして、あの一軒家で優雅に暮らしている自分の姿を思い浮かべ、ニヤついていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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