18
面接は受ける旨の話をして管理会社の彼と分かれた後、俺はまっすぐラーメン屋に向かった。久しぶりにラーメンが食べられるうれしさと、そこにいるモモに会える喜びに柄にもなくスキップでもしそうなほどに浮かれていた。
すでに懐かしい古い木の扉に手をかけゆっくりとスライドさせると「いらっしゃい!」という元気なおじさんの声が飛んできた。
「こんにちは!」
俺も元気に挨拶をしながら中へと入っていくと、食べ終えた客のテーブルの片づけをしているモモの姿が目に入った。相変わらず可愛いと思ったが、少し何かが違っているような気もした。
「シオン!こっちこっち!ここで座って待っていて!」
モモはそう言って積まれた茶碗のバランスがうまく保たれたトレーを手に厨房へと入っていった。するとおじさんが近づいてきて「シオンくん久しぶりだね!今日は来てくれると聞いていたから首を長くして待っていたよ」と声を掛けられた。
「本当にお久しぶりです。王都に特には未練はなかったのですが、ここのラーメンだけはいつも食べたいと思って未練がましくしてました」
俺のその言葉にとてもうれしそうに「そうかい、それはうれしいね~」といって、今日は味噌だろ?と両目がつむりがちのウインクをした後、厨房の方へと足を向けた。俺とリュートは学園最後の一年間で常連として認められ、お兄ちゃんから名前呼びに昇格していた。それからおじさんと入れ替わるようにしてモモが水の入ったカップを持ってきて俺の隣に座った。
「ちょうどバイトの時間も終わりだから一緒にラーメン食べよう」
そうニッコリ微笑んだモモはやはり以前と何も変わらない。
だがよ~く、じ~っと見てみると、化粧をしているのがわかった。
俺は自分の顔に薄化粧を施された経験があるので、化粧がどんなものかというのは理解しているが、モモの顔の化粧はなんというかとても自然で、もしかすると化粧に気づかない人もいるのではないかと思うほどであった。
「シオンがそんなにじ~っと見つめるということは、私の顔に何かついてるってことよね?」
彼女はポケットから小さな手鏡を取り出して確認しようとしているのを「違う!いや、違わないがそうじゃない!」と慌てて止めた。
「何かついているというか、化粧をしているなと思って見てた」
俺はそう告げ、これで彼女も安心しただろうと様子を伺えば、なぜか微妙に変な顔をしていて困惑した。だからどうしてそんな顔をしているのか尋ねようとしたが、それよりも早く彼女の方が口を開いた。
「やっぱりシオンはこんなうっすい化粧でもキモイって思っちゃう?」と。
しまった‥‥‥そういえば以前、化粧=美のような図式になっているのが気に食わないと口走ったような気もする。だが誓ってキモイなどと言った覚えはない。どうしてそんな話になるのか理解できないが、まずは俺の正直な感想を話してその変な誤解を解いてもらおうと考えた。
「俺は化粧=美というのは違うと思っているだけで、否定はしていない。それにモモが化粧しているのを今日初めて見たからじ~っと見てしまっただけで、店に入ってきてすぐに以前と変わらず可愛いと思ったし、モモは結局何しても可愛いんだなと再確認しただけ。それがなんでキモイになるのか‥‥」
「え⁉ちょっと待って!シオンは私のこと可愛いって思ってるの?聞き間違いじゃないよね?ホントのほんと~に嘘偽りなく確かに可愛いって思ってる?」
なぜか前のめりで興奮気味な口調の彼女に対し、俺は静かに「はい。思っています」と丁寧語で返し、肯定した。すると彼女は椅子に座ったまま俺を横から抱きしめ、うれしい!うれしい!うれしい!と三回言った。
「大事なことなので三回言ったのか?」
なのでここはリュートの真似をしてそう呟くと「そうだよ」と返ってきた。
モモにとって俺が口にする馬鹿正直な思いや感想は一番心に響くらしい。
他の誰の噂も批判も感想もどうでもいいが、俺の口から出てくる言葉は楽しみであり、ドキドキもするのだと笑っていた。
どうやら俺はモモを元気にすることができるが、変な顔にもできるコメンテーターのようだ。できれば永遠に元気にさせることができるコメンテーターでありたいと、そう願った。
それからおばさんが運んできてくれたラーメンを食べながら互いの近況について語ったり、学園の頃の話をしたりもしたが、そろそろおじさんとおばさんも休憩時間に入るので、食べ終えた皿や茶碗は自分たちで洗って片づけ二人に挨拶をした後店を出た。
俺たちは話をしながら歩道を歩き、モモが行きたいと望んだ最近オープンしたというファニチャーショップへ向かっていた。
「そういえば店に来る前に物件の内覧に行くって言ってたけどどうだった?」
そうだった‥‥すっかり浮かれてソレを忘れていた。
「‥‥うん。まあよかったよ、すご~く気に入った」
「ん?シオン?なんか言葉と表情が合っていないような気がするのは気のせい?気に入ったのは嘘ではないってわかるんだけど、何か別の問題があったとか?」
さすがモモは鋭い‥‥
俺は遠回しなどという面倒極まりない会話は好まないので直球で白状した。
「バレンシア伯爵家が買い取って賃貸になっている物件で、ものすごい気に入ったので伯爵の面接待ちなんだ」
「‥‥‥‥‥」
あれ?モモが固まった。なんでだ?そう思っているとモモが我に返った。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた。えっと、うちが買い取った物件って、もしかしてラーメン屋からも近い古い一軒家じゃない?」
「そう。ソレ。ずっと前からいいなって思っていて、俺が王都で家を探し始めた頃から運よく賃貸になっていた。だからすぐ管理会社に連絡して内覧を申し込んだんだ」
「そうだったのね。でもまさかシオンが一軒家を望むなんてね?想像していなかったからびっくりだけど、一人で一軒家はいろいろ管理も大変だし、もっと中心地に近いアパートとかそっちの方が何かと便利なんじゃないの?」
確かにモモの言う通り、管理の面で手間もかかるし一人暮らしなら中心地にあるアパートの方が何倍も便利に違いない。だが俺はあの一軒家にどうしても住みたいのだ。自分の気持ちが最優先、後のことは後で考える主義である。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
四日に次話の投稿を予定しております。