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ほんの三ヶ月ぶりだというのに、王都独特の忙しない雰囲気に懐かしさを感じ、三年間の学園生活を思い出しながら歩道を歩いていた。
今日は王都で一人暮らしを始めるための家探しに来ている。
拠点を王都に移して自分が考えているもう一つのやりたいことを実現させるため、俺は以前から気になっていた古い一軒家の管理会社を調べて連絡を取り、彼らとその家の前で待ち合わせているのだ。
目的の家が見えてくると、そこにはすでに担当者らしき人物が立っていた。
「こんにちは!」
俺は速足で彼に近づき挨拶をすると、彼も俺に気が付いて挨拶を返してきた。
「あ~どうも!こんにちは!連絡をくださったシオンさんですよね?」
「はい、そうです。今日はよろしくお願いします」
俺が会釈をすれば、彼もまた同じように会釈をして「外はすでに見られているようですから、中を見てみますか?」と言ってドアの鍵を開けてくれた。
「!‥‥‥‥‥」
開かれたドアの先はもちろん玄関だが、そこは土間となっており、通常の家で靴を履いたり脱いだりするスペースよりもはるかに広い。この広さは私の両親の実家、私の祖父母宅と同じで、私が幼少時から大変気に入っていた様式である。
もうこの時点ですでにお気に入りというか、絶対ここに住みたいと思ったが、やはり他のところも一応は見ておかなければと思いなおし、彼の案内でいろいろと見てまわった。
彼の説明によると、ここに長く住んでいた老夫婦は子供たちの懇願により、とうとう折れて同居を決めたそうで、田舎ではあるが、堅固に建てられた洋式の家に移ったのだという。だがその老夫婦はこの家をとても大切にしていてメンテナンスも適宜行っていたため倒壊などの心配もいらないという。
「そうですか。中も確かに思っていた以上にきれいですし、そのご夫婦がどれだけこの家を大切に思って住んでいたのかよくわかります。彼らがあなた方にこの家を売却された時はそれは寂しかったでしょうね‥‥」
「いえいえ。そうではないのです。この物件はその老夫婦と以前から親交のあった貴族家の方が買い取られて、その後我々に管理者として業務委託しているのです。ですのでそのオーナー様の希望でこちらを賃貸として出していますが、端とはいえ、王都内でこのような一軒家はもう珍しく、欲しがる富裕層もかなりいるため本来ならば売却対象物件なんです。本当にあなたは運が良い‥‥」
そう言って苦笑した彼に、「もしかして家賃が相場よりもかなり安くなっているのもそのオーナーの意向ですか?」と尋ねた。すると彼はすぐに頷き、オーナ様は自分の領地に住みたいと望む人たちは多いが、諸事情によりすべての人を受け入れることはできないので、近郊に数軒の領地と同じ相場の賃貸物件を持たれているのだと返ってきた。
「あの‥‥もしかしてその貴族家ってバレンシア伯爵家ではないですか?」
俺は先ほどから頭の中に浮かんでいたその名をついに口にした。
彼は少し驚いたような表情になったが「その通りです」と肯定した。
それから「実は‥‥」と、気まずげな様子でバレンシア家から管理を委託されている物件に関しては貸し出す相手は彼らとの面接後に決定するのだと語ったのだ。
「‥‥‥‥‥」
それを聞いて黙り込んでしまった俺に対し、彼は慌てて「あなたで五人目ですが、何も心配はいりませんよ!バレンシア伯爵様は大変な紳士でとても穏やかな方ですから!あなたならきっと大丈夫です!そうに違いありません!」と捲し立てた。
俺は心の中で全然まったくちっとも大丈夫ではなさそうだがと反論していた。
たとえ俺がもし、一般的なただの借主としてその話を聞いたのなら、普通に面接を受けていたかもしれない。だがここで問題なのは、俺は確かに一般ではあるが、彼らとまったくの無関係ではないという点である。伯爵の一人娘の友人、しかも三年以上の付き合いがあるかなり仲良しな関係のおとこ。よって五人目の失格者となる可能性は高いと考えるべきであろう。
これまでモモの家族とは一度も顔を合わせたことはない。
だが娘からはいろいろと話は聞いている。
その話からの印象で言えば、豪快で器の大きないろいろと凄い人間である。
その凄いの中にはもちろん娘への壮大な愛も含まれているのだ。
「そうですよね‥‥まあそうなんだと思います‥‥で、あのそれで僕がこの家を借りるための面接とやらは、わざわざ伯爵様ご本人がなさるのでしょうか?」
恐る恐る尋ねた俺に、彼はニッコリ微笑みながら「はい!その通りです!」と即答した。俺はそれでも往生際悪く、ほんの僅かだがまだましだと思われるもう一人にかけてみようと「多忙である伯爵様本人ではなく、次期伯爵という可能性もありますよね⁉」と縋ってみた。
だが彼はなんとそんな俺に追い打ちをかけるような言葉を放ったのだ。
「あ~そうでした!次期伯爵様もご一緒されるかもしれませんね」と‥‥‥
なんということだ⁉脅威が倍になってしまったではないか‥‥‥
こういうのを自滅というのだろうか?それとも藪蛇か?
だが俺はここで一旦冷静になると、自身を抱きしめ褒めてやりたくなるようなことを思い出すのである。今日はこの後ラーメンを食べに行く予定で、バイトを早く上がる予定になっているはずのモモと会うのだ。
まずはモモに話して一緒に対策を講じよう。
俺は物件の内覧とモモに会うプラスラーメンを同日にしたナイスすぎる自身によくやったとハイタッチしていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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