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 学園を卒業後、俺は一旦実家に戻った。

 だがさすがに以前同様()()でというわけにもいかず、両親の手伝いをしながら労働力の提供という形で一応はただ住まいを回避している。


 その中でふと思いついたアイデアを二人に話してみたところ、意外なことにやってみなさいと協力するという後押しまでされてしまった。


 うちのスーツは生地やデザイン、そしてなにより着る人に合うよう細部に至るまで丁寧な仕事が施されているのが特徴である。そこで既製品のシャツ類と少し差別化を図ったものを作り販売してみようと思いついたのだ。

 

 そこでまず最初に型にこだわった明るい色のTシャツを作ってみることにした。既製品ではあまり見ない俺自身がいいなと感じた淡色で、生地は厚みのあるしっかりとしたものにし、通常の半袖よりも長めにしようと決めた。そして親の伝手で紹介してもらった職人さんと素材からデザインまで、できるできないなど議論を繰り返し、試行錯誤してもらいながらなんとか満足のいくものが出来上がった。


 その間に個人事業主として開業する届け出も済ませ、サイトの立ち上げも同時に行った。その際、モデルのバイトで知り合ったカメラマンの助手をしていた一人にその方面に詳しいものがいたので、その彼に協力を申し出たところ、快く了承してもらえたためスムーズに事が運んだ。


 この時は人との繋がり()は不思議で、とても大切なことなのだと実感した。

 乗り気ではなかったモデルのバイトをしていなければ、彼らに会うことはなかったかもしれないし、切欠はなんであれ、出会った人たちとの交流から生まれる新しい発見があるのだ。


 「まあ!とてもきれいな色で素敵じゃない!」


 出来上がった試作品のTシャツを見た母の最初の一言がこれである。


 「そうだろう?特にこの部分はかなり気に入ってる」

 

 俺は袖部分に小さく刺繍された紫の音符を指して母に見せた。


 「あらま⁉なんてかわいらしい!もしかしてこれはシオン?」


 母はいたずらっぽく微笑みながら俺の返答を待った。


 「‥‥‥まあそんな感じ‥‥‥」


 俺の名前は()()()でもある。

 だからといって別にブランドとして認知されたいわけでもなく、単に自分が気に入ったシャツという思いを込めただけである。いわゆる自己満足だ。


 それでも母だけではなく、なんと父までもがすごくよいと言って褒め倒してきた。ちょっと怖い‥‥だがとてもうれしそうな両親を見ていると、なぜだか俺が幸せな気持ちになった。人の気持ちというか、その人が出すエネルギーは伝染するのだろうか?俺はそんなことを思いながら出来上がったばかりの試作品たちを眺めていた。


 数日後、サイトの立ち上げに協力してくれた彼が家に訪れていた。

 そして試作品を見てその色と重厚感のある生地がものすごく好みだと言って驚き、約束していた自身のモデルとして撮影に協力する件の話を持ち出して、できればこの試作品も提供してもらいたいと告げた。


 俺はもちろんと即答し、互いに提供できる相手が必要とする何かで協力し合うだけの金銭のやり取りは一切発生しないこの関係性に心から喜び感謝していた。


 そして撮影の日。

 彼の案内で小さなスタジオに到着すると、彼女兼アシスタントだという女性を紹介された。二人の指示通りに服を着たり装飾品を身につけたりしてポーズをとりながら順調に撮影は進んでいた。昼休憩になり、彼女が用意したというサンドウィッチやマカロニサラダなどを三人で食べることになった。


 「シオンくんのTシャツ、私も買うから、もしここにある色以外で他にもあればあと何色があるのか教えてくれる?」


 彼女は撮影前にもTシャツを見て欲しいと言っていたが、それはあくまでリップサービスだと思っていた。だから本気でそう思っていたことに驚いていた。


 「まさか本気で欲しいと思ってくれていたとは‥‥ありがとうございます。で、色なんですが、全部で四色作っています。ここにある灰赤紫と空色、あとは若菜色と藤色があります。どれも袖には小さく音符かト音記号がランダムに一つずつ刺繍されていて、長めの半袖のVネックかクルーネックの二種です」


 「そうなのね?なんだか全色揃えたくなってきちゃった。困ったわ‥‥」


 彼女は苦笑しながらも、すぐに売り切れてしまうような気がするのでやはり全色買うと宣言した。それを聞いていた彼の方も賛同し、提供された試作品はスタイリストの仕事をしている友人に貸し出して宣伝する予定なのでそれなりに反響もあるだろうと語った。


 その後撮影を終え、家に帰るとなぜかキッチンの方が騒がしかった。


 「母さんただいま。一体これはどういう状況?」


 俺がキッチンの中の方まで入っていくと、そこには山積みになった箱と、それをどうにかしようとしている母の姿があった。


 「あ~お帰り!これはね、さっき届いたの。リュートくんからよ!」


 「は⁉‥リュート?‥‥‥」


 その山積みの箱には()()()()()()()()()()()()と書いてある。と、いうことは、その名称通りのものが箱の中身だとすればジュースだろう。だがなぜリュートが俺にジュースを送ってくるのか、まったく見当もつかない。俺は幼い頃からずっと一緒にいたリュートのことで、いまだにわからないことがあったのかと少し感動しかけていたところに母が俺宛ての白い封筒を差し出してきた。


 「それ、箱の中に入っていたわ。伝票には贈答品ジュースって書かれていたからリュートくんからのうちへの贈り物だと思うけど、もし違ったら大変だから早くそれを読んでみてちょうだい」


 俺は心の中で、伝票には贈答品と書いておきながら、実は違いました残念!と、迷惑すぎるドッキリを仕掛けてくるようなやつではないと反論していたが、芸能界という未知の世界に入った彼が、未知なことをやらかす可能性も無きにしも非ずということで、とりあえずはその封筒を開け、手紙を取り出して読んでみた。


 [これはスポンサーからの提供品だ。実家に送ってそこから皆に配ろうと思ったが、親は二人とも長期出張中で受け取る人がいない。だからシオンの家に送ってみた。シオンのうちで全部消費するか、誰かにあげるのか、それはシオンの好きなようにしてくれ!それから来月は休みがもらえそうだから会いに行く!日が決まったらメールする]


 各方面からの情報によると、リュートは大人気ボーイズグループとしてよくテレビに出ているらしい。俺はテレビはまったく見ないので、画面の中のリュートをまだ見たことはないが、母が何度か見てあのリュートくんが画面越しにいて自分と目が合うのが不思議な感じだと言っていた。


 学園を出てからすぐにデビューして、毎日忙しくしていることはメールのやり取りで知っているが、それまではほぼ毎日のように一緒にいたので最初の頃はそれにとても違和感を覚えていた。だがおよそ三か月が経った今、ようやく慣れてきたらしく、その違和感も薄れ始めている。


 俺はポケットから携帯を取り出し、画面を操作して「ジュース届いた、ありがとう。来月一緒に飲もう」とメールを送信した。


 


ここまでお読みいただきありがとうございました。


先日気が付いたのですが、ブックマークと評価をしてくださった方がいらっしゃいました。比喩ではなく、本当に飛び上がって喜びました!

とてもうれしかったです!幸せな気持ちにさせてくださり本当にありがとうございました。心より感謝いたします。


続きは執筆中です。

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