15
「おかえりリュート」
シャワーを済ませ、出てきたところにちょうどリュートが部屋に入ってきた。
「ただいま!それより今日はホント悪かったな!」
「俺はぜんぜん気にしていない。それにお前が謝ることは何もない」
リュートはそのままドカッとソファーに腰を下ろし、「あ~疲れた~‥」と言いながら横になった。だいぶ疲れている様子の彼に、腹は減っているかと尋ねると、大丈夫だと返ってきたのでボトルに入った水を持ってきて近くに置いた。
「水、サンキュ。今日はあの後すぐ事務所に行ってミーティングに参加させられた。やっぱり例のストリートダンサー五人とエイダンと俺の七人グループでやっていくことになったんだけど、そのグループ名とリーダー、あとよくわからんがメンバーカラーとかいうのを決めさせられた」
「まあ予想通りだったわけだな。エイダンというのは同じオーディションで合格したやつのことだろう?それにしてもメンバーカラーって一体何なんだ?」
俺の質問に彼はゲッソリとした顔をして「一人一人イメージカラーを割り当てて、俺らを見る人たちが個人を認識しやすいようにするのといろいろな戦略に使えるからだとさ」と答えた。とにかくデビュー前から大々的に宣伝され、各媒体でも優先して紹介されることになっているらしい。さすがデカい事務所といったところか。それよりも俺が気になるのはリュート自身が最初の頃と比べるとあまり楽しそうではないことだ。
「リュート、俺はいつだってお前のことを応援している。お前が楽しく幸せだと感じられているのならなんだってかまわないんだ。だから俺はあえて決して頑張るなと言っておく」
普通、これから頑張ろうとしている人間に対し、こんなことを言われたら幻滅し、友人関係も壊れてしまうかもしれない。だが彼は疲れが滲むその表情を緩ませ口角を上げた。
「おう。頑張るという無理だけは絶対にしないようにするさ。それと今思ったんだが、これまでずっと一緒にいたのに卒業後初めて離れることになるんだな。まだそんな実感はないが、やっぱり寂しくなるんだろうな‥‥」
そうだ。彼の言う通りずっと一緒にいたが、学園を出れば離れて暮らすことになる。俺はしばらくは実家に戻るがその後一人暮らしをする予定でいる。そしてリュートは事務所が用意した王都の寮に入ることになっているのだ。
寝ることが大好きで、普段寝つきも最高に良い俺は、その夜初めてなかなか眠れず結局朝までよく眠ることができなかった。どうやらリュートも同様の朝を迎えたようで、二人して睡眠不足のフラフラとした足取りのまま学園へと向かうことになったのだが、ばったり会ってその姿を目撃したミクに「突然別れ話を切り出されてあまりのつらさに眠れなかったカップルの朝?」と爆笑されてしまった。
さらにはリュートに救護室で休むか?と提案したところ、「休むわけないだろう」と一蹴されてしまい、その日はほぼ睡魔と戦うだけの授業の記憶は一切ない一日となった。
その後予定通り最後の面談も終了し、気づけば卒業は目の前に迫っていた。
学園最後の日が近づいていたある日の昼休み。
リュートと食堂で定食を食べていると、離れたところでクラスメイトたちと食べていたモモが一人こちらに向かって歩いてきた。
「シオン、もうすぐ卒業だし、その前にみんなで一緒にご飯でも行かない?」
「モモからの誘いなんて珍しい。でもまあ確かにみんなで飯はいい案だと思う」
「じゃあ来週あたりでどこか良いお店を予約しておくね」
そしてその翌週末。いつもの五人で街中にあるレストランの個室に集まっていた。なんとモモの親の友人の店を紹介してもらえたため、彼らの気遣いにより個室まで用意してもらえたのだ。そのほかにもたくさんのサービスを受けられることになった。
「このメンバーで集まるとさ、なんだかんだくだらない話しかしなくてまったくしんみりしない感じがらしくていいよね。でもせっかくだから最後くらいは真面目に今後について語って終わろうか?」
デザートを食べ終えコーヒーを飲んでいたミクがそう呟いた。
「俺たちはいつも真面目じゃないか?でもまあそうだな。ミクは幼い頃からの夢を叶えるためにケーキ屋で修行。で、メルは親父の後を継いで領主になるための勉強。モモは‥‥あれ?結局どっちにしたんだっけ?」
リュートのその言葉に皆が同時にズッコケた。
それは先ほどモモ自身からしっかりとそのことについて言及があったからだ。
「えっと。私はものすごく手先が不器用なのに、看護師とメイクアップアーティストの両方に興味がありました。それで知り合いの現役メイクアップアーティストの方からそんな私でも絶対に大丈夫だと背中を押してもらい、よければ自分で開いている教室に通わないかとお誘いを受け、この度有難く受けさせていただくことになりました!大事なことなので二回言いました!」
モモはリュートの目の前まで移動し、「近い!近い!」と顔を背け叫ばれながらもそう宣言し、軽いデコピンをお見舞いした後席に戻ってきた。リュートは額を抑えながら「大事なことなので二回言いましたの使い方が間違ってるぞ」と、小さく突っ込んでいた。
「ふふふ‥‥でもこんな漫才が見られるのもきっとあと僅かなんだよね?」
メルのつぶやきにしんみりしそうになったところで俺が後を引き継いだ。
「それでリュートは芸能界でデビューして、俺は自分の会社を立ち上げる。みんなそれぞれ別々の道に進んでいくことになったが、まあ年に一回くらいは会おうと思えば会えるだろう」
「え⁉一回ってマジ?俺は一年に三百回くらいはシオンに会いたい!」
これはさすがに皆ドン引きしているだろうと視線を廻らせたてみたところ、ドン引きというよりも母性に満ちた表情を浮かべた三人はよしよしと彼を慰めていた。
なのでその光景に俺の方がドン引きしていたら、「あのさ、実際はシオンの方がリュートに毎日会いたい!って思ってるのはバレバレだからね?」と意味不明な宣告を受けてしまった。
その時本当にまったく解せないと思っていたはずの俺は、卒業した翌日には早速、これまでしたことのない「おはよう!」のメールをリュートに送っていた。
卒業後最初に五人で再会する日。
それをネタにして盛り上がる皆の顔が浮かんできた‥‥‥
ここまでお読みいただきありがとうございました。
続きは執筆中ですが、次回から卒業編に入っていきます。