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草木が暖色に染まり出した季節のとある土曜。俺は一人街中を歩いていた。
本当ならリュートと一緒に街ブラでもして何かうまいものでも食おうと計画していたのだが、リュートが所属する事務所からの急な呼び出しにより、彼はそちらへ向かわなければならず、仕方なく一人でブラブラすることになったのだ。
かといって、特別何か買いたい物があるわけでもない。したがって散歩がてらしばらく歩き回ってからいつものラーメンを食べて帰ろうと、その方向に足を向け歩を進めていた。だがその途中、この季節ならではの甘い匂いが漂ってきて、俺はそれに釣られるように方向転換をした。
そしてその甘い匂いの正体、焼き甘栗を一袋購入し、近くにあったベンチに座ると早速食べ始めた。三つ目を口に入れた時、どこからか「シオン⁉」という声が聞こえてきたような気がした。顔を上げ前方を確認したが、その声の主らしき人は見当たらず、今度は左右に視線を流してみたところ、右方向からゆっくりと近づいてくる人物がメルであることに気が付いた。
「よう。メルじゃないか。こんなところで会うとはすごい偶然だな?」
「やっぱりシオンだった!もしかして甘栗を買うためにわざわざここへ?」
彼女は俺が手にしている甘栗と、それを売っている店を交互に見てそう尋ねてきた。だから俺はたまたまここを通りかかったら匂いがしてそれに釣られて買ったことを説明した。
「そうだったのね。それにしても今日は一人なの?リュートは?」
「リュートは急に事務所に呼ばれてそっちにいった。俺はせっかく外出許可を得ているから一人で街ブラ中」
「なるほど。私はこのすぐ近くにあるお店でお味噌を買って実家に送ってもらう手続きをしてきたところなの。でもまさかここでシオンに会えるなんてビックリ」
俺は自分の隣を手でポンポンと叩き、そこに座るよう促せば彼女も素直に腰を下ろした。袋から甘栗を取り出して彼女に分け与え、一緒に食べようと勧めると彼女も甘栗は大好物だと言って喜んで食べ始めた。
「そういえばそろそろ最終面談があるよな?メルはやっぱり領主の補佐をするのか?」
雑談の途中で唐突にそう尋ねてみたが、彼女も慣れたものでなんなく答えてくれた。
「そうね。私は父の補佐として働くつもり。将来は領主としてできる限りのことをしてみようと思ってる。夢ではなく、目標として自分の理想にどこまで近づけるのか試してみたいんだ」
「いつかのリュートじゃないけどさ、メルは本当にブレがなくてしっかり自分を通しているなって感心する。俺もどちらかといえばメル側というか、他人は気にせずいつでも自分軸の考えでいるが、なんていうか、それよりもさらに自由度が高いイメージ?」
俺はメルの思考には余計な壁や天井がなく、好きなようにイメージできているということを伝えたかったのだが、うまく説明できないことをもどかしく思った。
だが彼女は本当にうれしそうに目を輝かせながら自分のことをそんなふうに捉えてくれる人がいてくれたことに感動していると言ってくれた。
「ねえ、シオン。シオンの家はうちの領と近くはないけれど、周辺の領主さんの家とは何かしらの交流があって、実はシオンの家がある領の領主さんもそのうちの一人なの。それで全員ではないけれど、できるだけストレスのない穏やかな暮らしができる領づくりを目指すという同じ志を持つ人たちとの話し合いを進めている最中なんだけど、もしシオンが興味があるなら一度参加してみない?」
彼女からの唐突な誘いの内容はなかなかに面白そうだと思った。
だが俺は今の自分がやりたいことに集中したかったので、そのとても魅力的な誘いに関しては感謝するがと前置きをした上で断った。
「了解。でももしいつか参加してみたいと思った時は歓迎するわ」
彼女はそう言って笑った。
その後しばらくの間、二人で甘栗を食べながら談笑していたが、彼女は時計を確認した後、まだ他に用事があると告げ、「甘栗、ご馳走様!じゃあまたね!」と手を振りながら去っていった。
俺は結構な数の甘栗を口にしていたが、ラーメンは絶対に食べてから帰ろうと思い店に向かった。ドアを開け中に入ると予想外に空いていたので遠慮なくテーブル席に腰を下ろした。
今日はまずおばさんの元気な「いらっしゃい!」という声がかけられた。
そしてすぐにオーダーをとりに来てくれた。
「やっぱり来てくれたのね?待っていたわ」
そしてオーダー用のメモを手にしたおばさんがニコニコとそう言って俺を見たので首を傾けながら「もしかして予知能力ってやつですか?」と、大真面目に返してみた。
「うふふ‥‥私にはそんな能力はありませんよ。実は今夜モモちゃんのおうちの方々の予約が入っていて貸し切りになるんだけど、もしかするとお二人さんが食べに来るかもしれないからその時は入れてあげてくださいって言われていたのよ。でも予想よりもだいぶ早いご来店だったからもう関係なくなったけどね」
「予約?この店を貸し切るとか、モモの家はよくしているのですか?」
「いいえ。初めてよ。それに貸し切りになったのは人数がちょうどこの店の席の数だったからで、うちの都合上そうなっただけ。逆にモモちゃんのおうちの皆さんは恐縮していたわ」
確かにこんな小さな店では予約の人数次第ではすぐに貸し切り状態になってしまうだろう。だから俺たちの予定を知っていたモモがもしかするとリュートと二人で来る可能性を考えてそう伝えていたということなのかもしれない。
「それにしても今日はお一人なのね?いつもは大体コンビで来られるのに」
「コンビって漫才ではないんですから‥‥でもまあリュートとは小等学舎からずっと一緒で家族同然に大切な相手であることは間違いないですね」
「まあ!家族同然に絆の深い相手がいると公言できるなんてとっても素敵!」
俺はそんなニコニコ顔のおじさんとおばさんにやさしく見守られながらもいつものようにしっかりラーメンを完食し、モモたちが来る前に寮へと帰っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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