13
翌日の月曜朝。
俺は昨夜のメールでのやり取りの中で決まった待ち合わせの場所である学園裏庭のベンチに座っていた。しばらくするとモモがこちら目掛けて駆け寄ってこようとしてやっぱりやめたというのがバレバレの、わざとらしいゆっくりとした足取りで近づいてきた。
「お待たせ⁉えっと、シオンは朝ごはんは食べる方?」
そう言って手にしていた袋からお握りを取り出して見せた。
「もしよければこれどうぞ。私は朝、お握りを一つ食べるのがちょうどいいみたいで、起床してお腹がすいていたらそれだけ食べるようにしているんだ」
彼女は一つを俺の手の上に乗せ、もう一つをおいしそうに食べ始めた。
「ありがとう。朝はあんまり食わんが、米ならいつでも食える」
俺は礼を言って渡されたお握りにかぶりついた。
「それで、モデルの件なんだけどね、実はお茶会の後のお食事会で会ったメルちゃんから聞いたんだ」
「は⁉メル?‥‥あっ!そうか、彼女も確か貴族だったな‥‥それにしてもなんで彼女がそのことを知っていたんだろう‥‥」
「メルちゃんの家にカタログがあるんだって。だからだいぶ前から知っていたみたいだよ?」
彼女の家は確かに貴族家だが領地は王都から離れている。
だからどんな経緯でカタログを手にしたのかはなぞであるが、これまで一度もそのことに関して話をされたことがなかったのでそのことを不思議に思った。
「ていうか、茶会だけでなく、食事会まであったのか?」
そして俺はもう一つ、気になったことを口にしていた。
「それがね‥‥ホント急遽決まってさすがの母もちょっと驚いて慌てていたくらい。なんか私たちとは別のところで王妹殿下の、今は公爵夫人のイザベラ様主催のお茶会があったみたいで、そちらの方にメルちゃんの家も呼ばれて参加していたみたいなの。で、そのイザベラ様が王妃殿下もお茶会をしているのを知って最後ご挨拶にいらっしゃって、そこからなぜかとんとん拍子にせっかくだから皆で食事でもっていう流れに‥‥その時私はメルちゃんに声をかけられて本当に驚いたんだ。まさか王城で学園の友達にばったりなんて考えもしてなかったから‥‥」
俺は思わず苦笑して「ひと昔前ならモモの驚きの方に皆が驚いただろうな」と告げた。貴族だからこそ、王城でばったりなんてよくある話だったのではないかと。とにかく、そこで食事を一緒に取ることになり、俺の話を聞いたのだろう。モモはメルから着ていたスーツのことを褒められ、どこで仕立てたものなのかと尋ねられたらしい。だから俺の実家の話をして作ってもらったと答えた。そこから俺のモデルの話になったということだった。
「それで私もそのカタログが欲しいのだけれど、オーダーはお店の方に?」
モモは突然そんなことを聞いてきた。
「なんであんなもんが欲しいんだよ‥‥」
俺は呆れて彼女を見たが、なぜかしょんぼりとしているその姿にものすごい罪悪感を覚え、気づけば「わかったわかった。最新のカタログを渡すから!」となだめていた。
その後二人でクラスに戻ると待ち構えていたリュートが「で、どうだった?」と俺の肩を抱き寄せながら聞いてきた。
「モモもカタログが欲しいってさ。あんなの鍋敷きくらいにしかならないと思うけど‥‥」
「シオン、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてさ‥‥それに鍋敷きって‥‥でも!まあいっか。そのカタログってこの前撮影したやつか?」
「そう。親に頼んで送ってもらう」
リュートもなぜか今更興味を示し、自分も欲しいと言い出した。
仕方がないので二部送ってもらうよう家に連絡をとることにした。
後日、寮に届けられたカタログをリュートとモモに渡したところ、その場でページを捲った二人は口をそろえて別人だと言い放った。別人ではないが、確かに化けてはいると思う。
普段はそこら辺で売られているようなメガネにボサボサの髪。
カタログではメガネ無しの薄化粧顔に整えられた髪。
俺自身は普段の俺に自信があるのでカタログの俺に特に興味はない。
だが世間ではどうもカタログの俺の方が評判がいいらしい。
「私、つい別人とか言っちゃったけど、それはいつものシオンじゃないなって思っただけで、私は普段のシオンの方が断然好きだからね」
「そうだろ?やっぱそうだよな?さすがモモはよくわかってる!」
モモの言葉を聞き、腕組みをしてうんうんと頷きながら納得していたら、横にいたリュートから「お前、反応を間違ってるぞ」と、突っ込まれてしまった。だが視線を戻した先に、シオンはそのままでいいんだよと言って微笑むいつもの彼女の姿があったのでセーフだと思うことにした。
そしてとある日の昼休み。
リュートとかつ丼を乗せたトレーを持ちながら空いているテーブルへと向かっていると、もはやこの時間の恒例となりつつあるミクとメルの後追いにより、四人で一緒に昼食を取っていた。
「シオン、あなたいつからモデルなんてやってたの?」
ミクがそう話を切り出すと、リュートがつかさず「あれ?お前知らなかったっけ?」と、返した。俺は仕方なくそうなった経緯と、あくまで家のカタログ専門でモデルをやっていることを説明した。
「私は家にそのカタログがあって、見た時にそのモデルさんのことをかっこいいなって思ったの。それで母からそのモデルさんは同じ学園に在籍しているって聞かされて、いつか話せるといいなって思っていたからミクのおかげでこうやって繋がりができたことをすごく幸運に思っているんだ」
そういうことだったのか‥‥だがそのカタログ自体、どうやって彼女の家に置かれることになったのか気になった。
「そうか。だが、カタログはどうやって手に入れたんだ?」
「あ~それはイザベラ殿下が、いえ、今は公爵夫人のイザベラ様から母が譲り受けたものなの。だいぶ前のことだけどね。私も詳しいことはわからないけれど、イザベラ様のご友人がシオンの家の常連客になっているみたい」
貴族の常連?いまいちピンとこないが、まあそういうことならその友人経由でほかにも流れている可能性はあるのだろう。そしてミクもメルも他でもモデルの仕事をしてみるのはどうかとすすめてきたが、俺はやりたくないと即答した。
まだ誰にも言っていないが、実は自分の好きなものを作ったり集めたりしてそれを売ったり、誰かのコーディネートを手伝ってみたりするような仕事を俺は今、なんとか形にできないかと思考中なのである。
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