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家のドアを開け、中に入るとリビングでくつろいでいたらしい両親が揃って俺たちの方を見た。なんとなく嫌な予感がしたその次の瞬間にはもう母は俺の少し後ろで控えていた彼女の傍まで移動していた。
「ようこそいらっしゃい!こんなに可愛らしいガールフレンドを連れてきてくれるなんて!」と、彼女の手を取り興奮気味にブンブンと上下させている。
「母さん、モモが困っている」
そう告げ、まず彼女から母を引きはがすと俺は彼女が同じ学園でクラスメイトのモモ バレンシアであると紹介した。彼女もそれに合わせて丁寧なお辞儀をして重ねて自らも名を名乗った。
「バレンシア?ってもしかして、王都近郊にある領の主様であるあのバレンシア伯爵家の?」
「そうだ。そのバレンシア伯爵家のご令嬢だ」
「‥‥‥‥‥」
母はつい先ほどまでの興奮状態がまるで嘘だったかのように固まってしまったが、その場の空気を察した彼女がすぐに「あの、貴族なんてすでに名ばかりですし、特にうちではただの面倒くさい苗字としてほとんど名乗ることすらありません。ですから本当にお気遣いなさらず‥‥」と、なんとか和やかムードに戻そうと頑張っていた。
すると父が会釈をし、「お気遣いありがとうございます」と言いながら、俺たちをソファーに座るよう促した。母も「先ほどはごめんなさいね」と告げてからお茶の準備をするためその場を離れた。
最初こそ対応にまだ迷いがあるせいか、ギクシャクとしていたが、彼女のいつも通りの明るさと俺の相変わらずの容赦ないしゃべりにいつの間にかリラックスした雰囲気の中、会話が進められていた。
「ではモモちゃんはうちでスーツを仕立てたくてわざわざここへ?」
「はい!そうなんです。どうぞよろしくお願いいたします!」
俺の言葉が足りないとよく言われてしまう短縮形な説明にも慣れた両親の対応は素早く、爆速の採寸とデザイン、色決めが行われ、見事に門限前にはそれぞれ寮と屋敷に戻ることができた。
彼女は戻る途中の間中、ずっと自身がオーダーしたスーツの話をしていて聞いているこちら側までその楽しみな様子とうれしさが伝わってきた。
そしてその翌日。
今日はリュートのオーディション合格おめでとうパーティーの日である。
リュートのリクエストで街中にある外国料理専門のレストランを予約しているが、その前に二人でストリートダンスが見られるという、とある公園に向かうことになっていた。
「なんかあっちに人だかりがあるな‥‥」
「多分ここで一番人気と噂のストリートダンサーのグループだと思う」
その公園ではあちこちでパフォーマンスが繰り広げられていたが、どうやらその人だかりの向こうでダンスを披露しているグループが有名らしく、リュートも彼らを見ることが目的のようだ。
俺たちはその人だかりの後方から彼らのパフォーマンスを見ようと首と視線を動かしながら頑張ったがほとんど見ることはできなかった。そして一通り彼らのパフォーマンスが終了すると、一部はどこかへと去っていったが、残りの多くは彼らと接触を図るために彼らを取り囲み始めた。
「リュート、今日のパフォーマンスはもう終わったみたいだ。あれは彼らのファンが囲んでいるからここから離れたくても離れられなくて困っているような感じに見える」
「まあ噂通りだな。彼らは最近、若い女性からの人気がすごくていつもこんな感じになるとは聞いていた。俺は彼らのダンスが見たかったけど、こんな人数の女の子たち相手じゃそれも叶わなかったな」
リュートは苦笑し、今日はもう諦めて街ブラでもしようと言って歩き出した。
「そんなに彼らは有名なのか?ダンスの上手さであの人気に?」
「彼らのダンスレベルは高いと聞く。そんでもって女の子が騒ぎそうなルックスらしいからまあ両方の理由で有名になって今じゃあの人気ぶりなんだろうな‥‥」
俺は歩きながらリュートと彼らについていろいろと話をした。
リュートは中等学舎時代から本格的にダンスをやり始めて今ではかなり上達し、プロとしても十分に通用するレベルなのだという。そのリュートが今日なぜわざわざ彼らを見に来たのかといえば、リュートの受けた同じオーディションに合格したというもう一人の男から聞かされた噂によるものだった。
その彼ら五人をスカウトしてリュートとその男を足した七人グループとしてデビューさせる計画があるらしいと‥‥‥
「そうなのか‥‥だがリュートとしてはどうなんだ?」
「実はオーディションの段階からボーイズグループを結成してデビュー予定だってことは聞かされていた。俺は受かる可能性を考えていなかったわけじゃないけど、そのことは深く考えていなかったから正直今になって悩み始めてる。俺の理想は一人でやることだけど、その理想のためにはまず事務所の意向に逆らわずグループとして活動した方がいいのかもしれないとも思ってる‥‥」
彼の夢は一貫して俳優もこなせるダンサーになることだ。
誰かとその夢を共有する考えは持っていなかったが、やはり事務所に所属するとなればその意向を無視して個人の希望通りにとはいかないようである。
その後予約していたレストランで三種類の極上パスタを二人でシェアしてお腹いっぱいになり、大満足のまま寮へと帰っていった。そして互いにシャワーを済ませ、寝る前のわずかなリラックスタイムにそういえばと突然リュートが話を切り出した。
「すっかり忘れていたけど、昨日のモモとのデートはどうだった?」
「今それ?‥‥まあいいや。デートというよりも、うちにスーツのオーダーをしに行くと決めたモモの案内係の一日だった」
「はあ⁉なんだそれ?服はどうした?映画はどうした?」
「映画はまた別の日でいいって。まあ俺がスーツを勧めたからそうなったんだけどさ、それにしてもまさかわざわざ俺の家までスーツつくりに行くなんて言うとは思わないだろう?」
「おい!お前何いってんだ?モモだぞ?十分あり得るだろうが!」
またもや仁王立ちのリュートにドヤられてしまった。
確かにモモは予測不可能なところはあるが、さすがに今回の行動は別だろうと俺も負けずにドヤってみたが、なぜか「まだまだお主も青いのう‥‥」と、時代劇に出てくる悪代官のような顔をして意味ありげに嘲笑っていた。
その夜は時代劇のような風景の中でリュートが将軍役で悪役の俺が追い回されている夢を見た。追いつめられて捕まりそうになり諦めて振り向いたところで目が覚めた。
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