⒈ シオン編
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こちらは各登場人物個人が選択した道の話を綴っています。ですので登場人物によって話は変わります。同じ話の別視点になるのではなく、いうなればIF的ストーリのようになります。
そして話の内容に不快になる、もしくは苦手な要素が含まれている可能性がありますので、なんでもOKどんとこいという方のみ読み進まれることを推奨させていただきます。
「シオン!おい!起きろよシオン!」
なんだか聞き慣れたよく通る声が耳元から聞こえてきてゆっくりと目を開いた。
どうやらいつものごとく机に伏したまま眠っていたようである。
「なんでこうぐっすりと気持ちよく眠れる時間に眠れないシステムになってんだろうな‥‥」そう呟きながら腕を伸ばして一つ大きくあくびをしていると、小等学舎から一緒で親友のリュートが「言われてみれば確かに誰かが作ったシステムの上に俺らは暮らしているよな?てか、そんなことより!約束通り今から街に出かけるぞ!」と言って俺の腕をとり立ち上がらせた。
そうだった‥‥確か昨日、オーディションに着ていく服を一緒に選んで欲しいと言われ、今日街へ出る約束をしていた。彼は小さい頃から体を動かすことが好きで、中等学舎に入る前からはダンスに夢中になっていた。役者としても活躍できるダンサーを目指し、高等学舎に進学してからはいろいろなオーディションを受け、その道で稼いで生活してくことを目標としている。
「で、今回はどんなオーディションを受けるんだ?」
街中へ向かう途中の歩道を歩きながら俺はそう尋ねてみた。
「実はダメ元で送ったデカい事務所の新人募集の書類審査が通っちゃったみたいでさ、面接?するから来いっていうメールが届いたんだ。面接で何があるのかはわからないけど、とりあえず見た目くらいは印象良くしたいだろう?だからお前の出番なんだ」
「俺の出番?俺は洋服選びの単なる付添。あとラーメン食いたい!」
「わかったわかった!ラーメンは買い物が終わった後おごってやる。だからマジで俺がかっこよく見える服探しを任されてくれ!頼む!」
彼は両手を組み拝むようにしてこちらを見ている。今の俺の頭の中はラーメンで占められているが、実はファッション関係に興味があり、特に着るものについて妄想を膨らませることが好きな俺は親友の頼みを引き受けることにした。
街中に入り立ち止まって彼に行きつけの店や気になる店の有無を尋ねると、特にはないと返ってきたのでまず適当に歩いて回り、彼が興味をもった店に入った。
「よし。とりあえずリュートが好きな服を何着か持ってこい」
俺がそう言うと彼はそれでは意味がないと呆れ、俺のチョイスの中から選ぶので見て回れという。
「あのな、いくら俺がお前に似合うと言って服を選んだとしてもお前の本心で気に入らなければなんの意味もない。何に置いても着るものの好みが一番。色もデザインも素材もまずは本人の好みだ」
「だから!そうすると本人は満足かもしらんが似合っているとは限らないだろう?お前の私服姿はいつ見てもかっこよくて羨ましいと思ってた。お前のそのセンスなら絶対俺でもかっこよく見えると思ったから選んでくれって頼んでるんだよ!」
「リュート、いいから好きな服を探してこい。ちゃんと一緒に考えるから大丈夫だ」
俺はそう言って近くにあった椅子に座り腕を組んでこの後のラーメンは醤油にするか味噌にするかで悩み始めた。そんないつも通りのマイペースな俺を見て諦めたのか、彼は渋々店内を見て回り始めた。そしてしばらくすると服を抱え戻ってきた。
「シオン、一応俺がいいなと思った服を三着持ってきた」
彼は目の前でその服を掲げ見せてくれた。三着ともダーク系の色で黒、ネイビー、グレーのシンプルなデザインのシャツとパーカーだった。
「リュート、それホントにお前が好きな服なのか?頭でこれが流行りだとか、人気があるとか、スタイルが良く見えるはずとか考えて決めなかったか?」
彼はとてもわかりやすく図星をつかれたというような表情を見せた。
「‥‥‥俺は自分が好きな服を選んでいるつもりだったが、今シオンにそう問われてその通りの思考で選んでいたことに気が付いた。それに俺は本当は水色とかベージュが好きなんだけど持っている服は大体黒かグレーだ。服を選ぶ時は自然に今の流行りを意識していたし、流行りじゃなくても無難に黒白グレーあたりなら大丈夫だろうっていう考えが常に頭にあったと思う」
そうなのだ。俺たちは幼い頃から他人の価値観に振り回され自身を表現することに妙な罪悪感を感じさせられてしまう環境に置かれ続けている。そして知らぬ間に他人の目を気にした服装選びが当たり前になっているのだ。毎年テレビや雑誌等で流行りを発信するのも消費者を誘導したいがためである。いつの時代も個性は潰されできるだけ皆を同じ方向に持っていくという統一の意図が働いているのを感じる。
「よし。じゃあ今から水色とベージュ系の色の服を一緒に探そう。それでデザインと素材をチェックしてリュートが着てウキウキする服を買うぞ」
それから二人で数軒の店を見て回り、彼好みの色のシャツとパーカー、カーゴパンツを購入した。
「あーマジで楽しかった!シオン、本当にありがとう!この服を着て外に出るのが楽しみで今からもうウキウキワクワクしてる。こんな感覚はすごく久しぶりな気がする‥‥お前が最初俺の好みじゃなきゃ意味がないとか言った時は正直ムカついたけど、いろいろ指摘されて自分が本当に好きな色の服を探して鏡の前で合わせて組み合わせなんかを試すのがすげー楽しかった!」
「そうか。それならよかった。似合うっていう感覚も人それぞれ違うもんだろう?だから本心で自分も同調できる似合うならかまわないと思うけど、そうじゃなくてこの人なら!みたいに憧れとか地位や名声でその人の価値観に依存した似合うは違うだろうって思うんだ‥‥その服を身に着けている本人の気持ちの持ちようというかさ、ウキウキ感が一番大事でそれこそ似合うが表現されるんじゃないかって俺は思ってる」
「シオンはさ、昔から服とか靴とかファッションに関してすごい興味を持ってたよな?読んだ本とか漫画のキャラクターを勝手にコスプレさせたりしていたし、小等学舎時代から親が選んだ服は絶対着なかったもんな。おばさんすっかり諦めて自分で買うなり作るなり好きにしなさいってさ、今考えるとすごい両親だよな?親の言うこと聞きなさい!とか怒鳴って強制せずに、できるだけシオンの自由にさせようとする理想のかっこいい親だったよな」
確かに俺の両親は自分たちの考えを押し付けるようなことはせず、呆れながらも大体はやりたいようにやらせてくれた。まだ小さかった俺は結局自分の望んだ通りの結果にならないことで最終的には親にお願いしたり親の言う通りにする羽目になっていたが‥‥
そんな懐かしいガキの頃を思い出しながら注文したラーメンが目の前に運ばれてくるのを今か今かと待っていた。
「シオン、あの厨房の傍にあるカウンター席にいる子って同じ学園の生徒じゃないかな?」
そう問われ振り返ってみるとカウンター席にはどう見ても背中がおじさんを表明している男性三人しかいなかった。
「えっと、おじさん三人だけだよな?幻でも見たか?」
「違う違う!あのカウンターの端っこ!横に箱みたいな荷物が積んであって見えにくいけど隠れるようにして座ってる子だよ!」
俺はもう一度振り返り、物が重ねられていて見えにくくなっている端っこの方に目をやると、確かに女の子らしき人物が座っているのが見えた。
「あっ‥‥ホントだ。でも女子生徒がこんなところに一人で来るか?」
俺たちがそんな会話をしていると、待ちに待ったラーメンが運ばれてきた。