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獅子が至る  作者: ゆき
3/8

第三漢 処刑台の旋律

「──して、今に至る訳であるか」


 儂は今、処刑台の上にいた。

 群がる民はその散りゆく花が舞うのを、今か今かと待ちわびている。

 人の命が軽かった時代……処刑はある種娯楽の一つであったとか。

 処刑台から見える群衆は、想望の眼差しで儂の死を待ちわびる。

 最早、過程など関係無いのであろうな。

 うら若き女子の死が間近で見れるのならばそれで良いと……救い難し。


「このアリリスが如何様な罪を重ねたかは知らぬ。だが書物を読む限り、死を以て償うべき罪ではない。時代の齟齬があろうが、この死生観の概念は理解出来ぬ!」


 これが世に蔓延っているとは不届き千万。

 真に正すは人の心──儂は決めたぞ。


「む、オイ。勝手に動くな!」

「聞けい民よ! 幼子の罪は大人の無知と狂気によるものである! この処刑を待ち望む者共! 己が心に問いかけ、何を思うかを考えよ! 命を軽んずる事なかれ。連鎖は狂気の血を流し、それはまた悲劇の涙となる! 幼子の命を奪うことが、どれほど愚かな行いかを理解せよ!」


 処刑人が儂の首に縄を掛け、落下レバーに手を添える。

 処刑台の下では、近衛兵が()()()()()罪状を読み上げる。


「黒薔薇姫──いや、アリリス・ドンゲブラ・ローズウェル! 執政貴族の息女の身分でありながら、公爵の御子息を籠絡し傀儡として操り、その富と権力を簒奪せしは万死に値する。何か言い残す事はあるか!」


 民衆が固唾を呑んで見守る中、儂は笑みを浮かべる。


「儂は──この世を正し、弱きを導く組織を作ってみせる! 絵空事ではない。綺麗事だけでは事が回らないのは100も承知……如何なる誹りを受けようが、如何なる罪を重ねようが、儂は成し遂げてみせる!」


 大衆は困惑する。処刑される人間は誰もが激しく抵抗し、悶え、そして無様に死にゆくものではないのか? と。

 だが、儂から迸る闘志に大衆は気圧されていた。

 儂に眠る情熱の炎が燃え盛って止まない。


「フンッ!」


 儂はしゃがみ込むと、己が筋肉のみで縄を吹き飛ばす。

 その出来事に、民衆は声を合わせて叫び散らす。


「「ええええぇぇー!?」」

「ふむ。どうやら肉体の強さはそのままのようだ。ここで無様に打首獄門の骸なる訳にはいかん……儂には大望がある!」

「と、逃亡だ! 逃がすな捕まえろーッ!」

「おぉ……この湧き出るパワーはまるで若かりし頃よ。フハハハ! 小童共、この儂の健脚に追いつけるかな!」


 近衛兵達は儂を捕縛しようと試みるが、全盛期の力が蘇った儂のダッシュには及ばず、馬でさえも追いつけない程であった。

 近衛兵達との距離は開いていき、やがて姿は完全に見えなくなっていく。

 フン。中世期の馬は鎧武者を乗せれば人より遅いと聞くが、本当だったようだな。


「もうこの街にはおれんな……宮殿の者共は名残惜しいが、儂の覇道はこの国より始まる! まずは軍備を整え、それから国を出るとしよう。この昂揚感、野望夢見た若き日々を思い出すわ。よし、では行くぞ!」


 新天地を目指してひた駆ける。

 儂の旅路はここより始まるのだ。


 ────

 ──


 未だ混乱収まらぬフローレンス公国、中央区画の広場。

 それを見下ろす位置に存在する、荘厳な白き聖堂テラス。

 2つの影がその様子を眺めていた。


「おやおや。逃げられてしまったようだね」

「まあ、アリリスを助ける計画が台無しですわね」

「縄が緩んでいたんだろうね。逃げられるのは想定外だが……フフフ。この次期公爵──ルイン・ローメイザ・フローレンスから逃げられると思うなよ黒薔薇姫」

「フフフ、悪い御方だこと」


 女は口角を歪めると、男の胸に指を這わせる。


「いやいや、君の奸計には負けるよ白薔薇姫──アーデントよ。元より評判悪きアリリスを貶め、その悪評を利用し処刑に追いやる。それを救出し世間の賛美を集めた後、正式にローズウェルの富を頂戴する……フフフ、恐れ入るというものさ」

「まあ嫌ですわルイン様。これは奸計では無く政でしてよ。ウフフ、これからが楽しみですわ」

「そうだね。この公国は美しき青海に囲まれた絶海の孤島……港には既に封鎖指示を出している。まあ、ゆっくり追い詰めてやろうじゃないか。ゆっくりと、ね──」


 ────

 ──


 儂は道で拾ったボロのフードを深く被り、公国を漫遊していた。


「ほう……ここは島のようだな。しかも中々に美しい。十数年前に取引の為に寄ったベネチアを思い出す」


 青海に囲まれた断崖絶壁の島──フローレンス公国。

 島固有の美しい花々が名物であり、その稀有な造船技術で築いた海洋貿易で財政を成す、貴族政治の公国である──そう、書物には書いておった。

 街には運河が敷かれており、装飾の施された船がその水の都の景観を彩っている。


「しかし……もう情報が出回っているみたいだな」


 儂はフードを深く被り直す。

 道行く人々に紛れて、武器を携えた兵達が辺りを警戒していた。


「フハハ。ま、日陰者である事には慣れている。まあ、奴らは日本警察のようには行かぬだろう。だが警戒するに越したことはない。注意を払って行動するとしよう」


 そう頷いた瞬間、儂の腹がクルクルと可愛らしい音を奏でる。


「そういえば飯を食い忘れていた。食い盛りの女子に空腹は毒か。ふむ、とりあえずは腹拵えといこうか」


 人通りの多い地域を避け、小一時間掛けて海岸沿いの平民外へと足を運ぶ。

 さざ波の音が遠くに聞こえる静謐の区域……都心部の喧騒からは離れた平民街。

 儂はそんな下街の酒場に入る。


「おや、いらっしゃいませ」


 海沿いの酒場──酔いどれの船出。

 店内は海の家のような至って普通の木造家屋。


「海の男達の憩いの場……といった所か」


 客の見えない店内で、物腰柔らかそうな片眼鏡を掛けた初老の男が、パイプを蒸しながら儂を出迎える。


「人がいないのは好都合……この男に色々聞くとしよう。すまぬ店主よ。とりあえず炙った鮭とばと温燗を貰おうか」

「……なんだいそりゃ。サケトバ? ヌルカン?」

「ぬ、しまった。ここが異国だと失念しておったわ。じゃあなんでもいい。酒をくれ」


 男は困ったように苦笑を浮かべる。


「お嬢ちゃん……酒場は夜からだよ。それに、君のような子供に出す酒は無いよ。ほら、果実の飲み物でも飲んでな」


 こう見えてまもなく還暦なのだが。

 全く、不便な身体よ。


「お嬢ちゃん1人かい。気を付けた方が良いよ。なんでも今朝、処刑を免れた大罪人が辺りを彷徨いてるって話だ」

「……大罪人か。クク、それもまた愉悦」


 はちみつ付きのパンを果実ジュースで流し込む。

 甘い……胸焼けがしそうだ。

 そんな時だった。

 店の扉が勢いよく開かれ、数人のガタイの良い色黒の男達が押し入ってきた。


「邪魔するぜェ」

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