千葉くんは食べられない
学校の授業で書いたものなので短いです。
今日は待ちに待った新しいハンバーガーショップに行く日だ。バイトをしてお金を稼いだ日々の苦労が解き放たれる日である。そう思えばこの憂鬱に思える通学路も、睡眠約三時間の早起きも苦ではない。
少々ぼうっとした頭と体でひたすら高校へ歩を進める。突然だが家を出る直前まで雨が降っていた。この道は湿っていた。水にぬれた大量の葉に足を取られた。自然の摂理である。
「ゔぇっ」
「っと、おい」
ギャグのような滑り方をし、あわや後頭部か尻を強かに打ち付けるかと思いきや、足裏以外地面に触れていない。しかも聞き覚えのあるイケボがすぐ近くで聞こえる。
「おお、千葉くんじゃん。おはよ」
「おはよう。はは、すごい滑り方してたな」
「本当にマジありがと。さすがイケメン」
曇り空の下でも燦然と輝くイケメン、千葉くんだ。持っている傘がビニールでも宝石のごとく輝いて見えるのは仕方がないことだろう。
「けっこう重かったと思うんだけど、右腕平気? 大丈夫そ?」
「大丈夫、そんなことない。俺、鍛えてるんで」
どや顔で言ってもかわいく思えるのはこの顔のせいなのだろうか。イケメン無罪は本当に存在しているのか。
「じゃあ、そんなに鍛えてる命の恩人の千葉くんにバーガー奢っちゃおうかな」
「え、バーガー……?」
「そう、バーガー。この間開店したばかりのお店なんだけど、アメリカに本店があってね。やっぱすごいボリュームがあって、食べ応え抜群、満足度が超高い店なんだ。野菜も肉もバンズもこだわりまくってるんだけど、一番はチーズ。あのトロっとしたチーズが美味しいらしいんだ」
「へえ、詳しいんだな」
「そりゃもちろん。このためにバイトしてるといっても過言ではない」
そんなことを話している間にもう学校の正門だ。人気者な千葉くんは部活仲間に話しかけられたので、そっと千葉くんからフェードアウトしていく。……しようとしたとき。
「そのお店行くから、放課後は下駄箱集合な」
と微笑まれる。きらきらを真正面から受け止めながら離れる。イケメンってすごい。
放課後。すべての授業が終わり、下駄箱には大勢とまではいかないがそれなりに人がいた。帰宅部、帰宅部、一人飛ばして帰宅部である。飛ばした一人が千葉くんなのだが。
「よっ。じゃあ行くか」
「うん。……あれ、でも千葉くんって弓道部じゃなかったっけ。部活はどうした」
「ああ、今日はお休み。道場が改修工事でさ」
「あーね」
会話で時間をシバき飛ばし、バスに揺られて着いたのは。
「ここが……、バーガーマジェスティ……! 早速入ろう!」
「テンション高。でも人多くないか」
「大丈夫、予約とってるからすぐ座れる」
「とれるんだ……」
なんやかんやあった気もするが興奮しすぎてバーガーを食べる直前まで記憶が無くなった。
「あ、うめえ」
バンズが優しく具材をサンドし、ソースの染みた箇所が店内の照明を反射して魅力的に光る。レタスのしゃきしゃきなる音が心地いい。ハンバーグは肉肉しさがありつつ、くどくない。なによりチーズが濃厚で病みつきになるうまさだ。
「うめえ……」
「そ、そうだな」
若干引かれているのは気のせいだ。それにしても。
「もしかして千葉くんさ、バーガー食べるの苦手だった?」
もたもたしている。非常にもたもたしている。どう食べようか考えているのがよくわかる。そんなに頭を傾けても口に入る量は同じだし何も変わらないぞイケメン。
「えっと、恥ずかしいんだが、ちょっと食べるのが昔から下手でさ。味は好きなんだけど……」
照れ顔。はにかみ。口の端についたチーズすらアクセサリーに見える。
「いけめんってすごい……」
ただ両手でばかデカいチーズバーガー持つだけで絵になる。恐ろしい。