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「旧文明では、大切な装飾品に魔法の力を込める習慣があったらしい」


「そうなんだ……」


「私の知識では大層なことはできないが、小さな不運を遠ざけるぐらいの効果は込められる。呪い返しまでできるといいんだが難しそうだ」


「うん……」


「まずお前の指に合わせて指輪をつくって、内側にルーンを刻む。環境が整っているから、ルーンを刻むのも魔法で――」


「もう! 早く終わらせてよ〜!」


 シャノンは椅子に座って、跪くイザベルに手を取られていた。指のサイズを測定するため、イザベルは糸などの道具を使いながら真剣な表情でシャノンの指を確認している。壊れやすく繊細なものを扱うような丁寧な手つきで触れられることが恥ずかしいのか、シャノンの顔は真っ赤に染まっている。


「お前の指に合わせてつくるためだ。我慢しろ」


「う〜、大体のサイズでいいよぉ。というか緩めにつくって! 太って指輪つけられなくなったりしたら嫌だから!」


 必死な様子のシャノンの主張に、イザベルは柔らかい微笑みを浮かべた。


「ああ」


 イザベルは測定を終えると、シャノンの指からそっと手を離して、立ち上がった。部屋の中央の台座まで行き、ベルトポーチを探る。そして、万年筆を取り出して、台座に図形を描き始めた。インクは、魔法陣を書くための特殊なものだ。


「工房、だっけ? 使ったことあるのー?」


 イザベルの手の動きをまじまじと観察しながら、近くに来たシャノンが訊ねる。


「両親と旅をしていたときに、何度か。魔法陣の描き方もそのとき教えてもらった」


「へえ〜」


「時間がかかるから、座って待ってろ」


「んーん。ここで見てる〜」


 シャノンは上半身を屈めて、イザベルの顔を覗き込んだ。そして、にへらと笑う。


「……邪魔になるからあんまり近づきすぎるなよ」


「はーい」


 能天気な声で返事をしながら、シャノンは後ろ歩きで三歩下がった。


 背中に視線を感じながら魔法陣を描き終えると、シャノンは部屋の隅に置かれていた箱を持ち上げて、台座にその中身を出した。事前に集めていた金属片だ。


「集中するから、話しかけるなよ」


「はいはーい」


 気の抜ける返事に、イザベルは苦笑した。そして、大きく息を吐き出す。


 台座に両手を乗せて詠唱を始めると、魔法陣が淡く青色に光った。詠唱を唱えながら、身体に流れる魔力を練る。詠唱を終えると、魔力がごっそり失われた。光が一際強くなった後、消える。


 台座には魔法陣も金属片もなくなり、代わりに一つの指輪があった。


「サイズの確認をするから、もう一度手を出してくれ」


「えー。初めては儀式のときがいいよ〜」


「儀式の最中に指に嵌まらないことが分かったら興ざめだろう」


「そうかもしれないけどぉ」


 渋々といった様子でシャノンは手を差し出した。その手を取って、イザベルは指輪を嵌める。関節で少し引っかかったが、問題なく通った。


「サイズはそれで大丈夫そうか?」


 シャノンは、指輪を嵌めた手を宙にかざすと、キラキラした目でそれを眺めた。そして、手を動かしていろいろな角度から観察する。


「おい、どうなんだ」


「……うん! ばっちり!」


「じゃあ寄越せ」


「え~」


 不満げなシャノンを、イザベルが諭す。


「はじめに説明しただろ。それにルーンを刻むから……魔法陣を描き終わるまでには返せよ」


「ういー」


 シャノンの目は、すっかり指輪に釘付けだ。うっとりと、とろけるような笑顔で指輪を嵌めた手を眺めている。


 イザベルは再び台座に向き合って、陣を描き始めた。


(魔導具づくりは得意じゃないんだが……)


 シャノンには、不幸から少しでも遠いところに居てほしい。朝、爽やかな気分で目覚めて、危険に脅かされることなく、美味いものを食べて、笑って、夜は悪夢に怯えることなく眠ってほしい。


 祈るような気持ちで、イザベルは魔法陣を描いた。


 一息ついて、振り返る。シャノンは、変わらず指輪を眺めるのに夢中だった。


「…………」


 こっちは終わったから指輪を寄越せ、と言おうとして、イザベルは躊躇った。代わりに、ずっと気にしていたことを確認することにした。


「儀式といってもただの口約束だ。何の拘束力もない」


 シャノンがきょとんした瞳でイザベルを見る。


「契約魔法と違って、誓いを破っても何の罰もない。それでも、いいのか?」


 結婚式に、反対したいわけではない。


 旧時代のように戸籍が変わるわけでもないし、契約魔法で縛りを付け加えることもできない。そもそも、イザベルは契約魔法を使えない。立ち会うのも、当人たちのほかにはオリヴィアだけ。儀式といっても、形だけのものだ。それでも構わないのかと、イザベルは念を押す。


「うん。やりたい。法律にも魔法にも縛られることがなくとも、私たち自身に誓うために」


「……そうか。ならよかった。ほら、こっちは終わったから指輪を寄越せ」


「しょうがないなあ」


 何故かやれやれという様子で、シャノンはイザベルに指輪を渡す。


 受け取った指輪を台座の中央に置くと、イザベルは魔法陣を起動した。

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