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「ここだ」
イザベルが足を止めたのは、外壁をわずかに残すだけの廃墟だった。繋いでいた手をほどくと、イザベルは何かを探すように、地面に積もる雪を靴で払いはじめた。
「ここー? というか、目的地あったんだね」
ただの散歩かと思ってたよ、とシャノンが辺りを見回す。しかし、特に目を止めるようなものはない。
少しすると、イザベルが「あった」と呟いた。
「雪と瓦礫で分かりにくいが、この石段を降りると地下に魔導具の工房がある」
「工房?」
「足元に気をつけて。手すりは錆びて脆くなってるから、触らない方がいい」
道幅は、一人で歩く分には余裕があるものの、二人横並びで歩くには狭い。イザベルが先導して、石段を降りる。
降りるごとに視界は暗くなり、足元が見えにくくなった頃に左右の壁に明かりが灯った。さらに進むと、進んだ先で同じように明かりが灯る。どういう原理で作動しているのか、イザベルには分からない。
「すごいね」
感嘆か畏れか、シャノンの小さな声が、地下に反響した。
石段に雪は見えなくなり、代わりに苔が茂っている。
「ねえ、イザベル」
「なんだ」
「人探しが終わったら、イザベルはどうする?」
背後から聞こえるシャノンの言葉に、イザベルは動揺した。
「考えたこともなかった」
自分の旅に、終わりがあること。その終わりの続きを、生きること。イザベルは、旅を続けてきて――両親とともに旅をして、一人で旅をして、シャノンと旅をして――、その間で一度も、自分の使命を果たせるとは思いもしなかった。
「もし見つけられたとしても、その後に何が起こるか分からないからな……。全ての顛末を見届けるよ」
「その後は?」
階段は、まだ下に伸びている。あとどれだけ降りればたどり着くのか、奥は闇に包まれて判然としない。
イザベルは返答に迷って、質問を返した。
「お前は、どうするんだ」
「そうだなあ。うーん……お姉ちゃんのお墓参りに行こうかな」
「そうか」
「旅をして、いろんな場所に行って、いろんな人に会って……お姉ちゃんに伝えたいことがたくさんあるなぁ。もちろん、結婚式のことも。でも、人殺しは、怒られちゃうかな」
深く、深く、地の底へ、二人は階段を降りていく。
「……怒っても、お前を嫌ったりしないだろう」
「そうかな。そうだといいな」
心細そうにシャノンが呟いた。陽の光の届かない地下に、ブーツが石畳を叩く音だけが響く。
階段を降りた先には、錆びた扉があった。蝶番はとうに壊れていて、入口に立てかけられているだけだ。イザベルは、それを両手で支えながら膝で押して、近くの壁に立てかけた。
「意外ときれいだねぇ」
階段と同じ照明が、少し手狭な地下室を照らす。
まず目につくのは、部屋の中央にある円状の台座だ。その他は、本棚や机といった木製の家具がある程度で、旧時代における一般的な私室と相違ない。
不思議なことに、部屋は埃などもなく清潔に保たれていた。自分の知らない魔法の影響だろうと、イザベルは推測する。
キョロキョロと部屋を見回すシャノンに、イザベルが告げる。
「ここで、指輪を作る」