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「働いてばっかで飽きたよ〜! デートしようよ〜」


「分かった」


 長椅子に寝転んで駄々をこねるシャノンに、イザベルが答えた。


 淡々とした口調でデートを了承する真面目な恋人に、シャノンは狼狽えながらも素早く起き上がる。ついでに、傍で聞いていたオリヴィアも、普段とは違う恋人らしい会話に動揺していた。


「えっ、いいの?」


「昨夜話したとおり、冬ごもりの準備はあらかた整った。オリヴィア、どうだ?」


「ひゃい、大丈夫でふ!」


 編み物の手を止めていたオリヴィアが勢い込んで噛んだが、イザベルは気にせず続ける。


「じゃあ、オリヴィアも今日は休んでくれ。私たちは少し外に出る」


 イザベルは立ち上がって、コートを羽織った。


「シャノン、支度しろ」


 じわじわと、シャノンの顔に満面の笑みが浮かんでいく。


「うん!」




 イザベルがブーツで雪を踏むと、くぐもった音が鳴った。


 外は、ちらちらと雪が舞っていた。雪はまだ浅く、イザベルのくるぶし程度しかない。外気に晒された耳と鼻の先が、痛いほどに冷たい。


 シャノンは、イザベルに続いて外へ出るなり、


「わーい、デートだー!」


 と叫ぶと、助走をつけて勢いよくイザベルに抱きついた。振返りざまの衝撃にイザベルの口からは「ぐぇっ」と変な声が漏れる。


「えへへ〜。デート、嬉しいなー」


 幸せを噛みしめるように、シャノンは呟いた。熱い吐息が、イザベルの耳にかかる。本当に嬉しそうに言うものだから、イザベルは何と返せばいいか分からなかった。


「……痛いから早く離せ」


「んふふ〜」


 照れ隠しの言葉はお構いなしに、シャノンはギリギリと抱きしめることをやめない。そして、シャノンより背の高いイザベルを持ち上げると、右へ左へと振り回しはじめた。


「な、やめろ!」


「今日は〜、楽しい〜、デート〜、だよ〜!」


 左右に振られる度、地面から離れた足が遠心力でさらに浮き上がる。腕ごと抱きしめられているせいで、イザベルはシャノンにしがみつくともできない。


 振り回す勢いはだんだん強くなっていく。


「いい加減にしろ」


 イザベルは頭を振り下ろして、シャノンに頭突きした。


「うぐっ」


 頭は痛んだが、拘束は無事解けた。振られた勢いのまま飛ばされたイザベルは、少し離れた雪上に着地する。


「いったーい!」


「私もだ」


 寒さもあって、余計に痛みを強く感じた。


 額を抑えてまだうずくまっているシャノンに、ため息をつきながらイザベルが手を差し出す。


「ほら、行くぞ。デートなんだろ」


 座ったまま呆然と見上げるシャノンの腕を取って、立ち上がらせる。手袋越しに指を絡めるように手を繋ぐと、シャノンの手を引いてイザベルは雪道を歩き始めた。シャノンが、顔を赤くして付いていく。




 雪が白く覆い隠すのは、いくつかの廃墟と瓦礫だ。人が暮らしていた名残であり、人が消えた後の成れの果てである。


 二人は白い息を吐きながら、終末の後を歩いた。


 ブーツが雪を踏みしめる音。二人の呼吸。


 黙っているとあまりに静かで、世界にたった二人だけ取り残されたようだと、イザベルは思った。


 二十歩ほど進んだ頃だろうか。しおらしかったシャノンがいつもの調子を取り戻して、はしゃぎはじめた。


「イザベルが、恋人だー!」


「何を今更」


 シャノンが二人の隙間をなくそうと近づくので、足を踏み出すたびに肩がぶつかる。


 シャノンはニヤニヤと笑って、イザベルの顔を覗き込んだ。


「オリヴィアと仲良くしてたから、嫉妬でもしたー?」


「してない」


「えぇ〜」


(するわけないだろう)


 その言葉で、表情で、眼差しで、全身で、自分を好きだと、四六時中伝えてくれているのに。


 唇を尖らせてむくれるシャノンの頭を、イザベルは乱暴に撫でた。


「わー! 髪ぐちゃぐちゃ〜」


 デートなのに、と喚きながら、シャノンは手櫛で髪を整える。イザベルは喉の奥でククと笑った。


「ただ、意外だったな。敵視しないだけじゃなくて、親しくなるのは」


「あー」


 シャノンは、すぐには答えなかった。少し遅くなった歩調に、イザベルが合わせる。


「なんかね、お姉ちゃんと似てるの」


 少し俯いて、シャノンは呟いた。

 嬉しそうな、けれども泣きだしそうな声だった。


「お姉ちゃんはもっと落ち着いてたけど……他人にも優しいところとか、命を尊ぶところとか……オリヴィアといると、お姉ちゃんを思い出すんだ」


「……そうか」


 愛する人に出会ったからといって、過去の苦しみが清算されるわけではない。悲しみも、怒りも、憎しみも、変わらずその人を構成する部品で、その人を突き動かす燃料だ。


 顔を上げたシャノンは、困ったようにイザベルに微笑んだ。

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