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旧文明には、永遠の愛を誓う儀式があったらしい  作者: ときわ わず


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 イザベルは、緊張に息を吞んだ。指先が冷え切っているのを自覚する。静かに息を吐いて、視線を上げた。


 かつてはステンドグラスがはめ込まれていただろう窓の開口部には、木製の格子が組み込まれている。冬の間は毛皮で覆っていたが今は取り払われ、そこから穏やかな太陽の光が差し込んでいる。明るい日差しに照らされて、教会の荒廃した有様が浮き彫りになっていた。


 イザベルは、顔は動かさずに改めて教会を観察する。


 壁のほとんどは、蔓状の植物に覆われていた。多少切り落としたものの、複雑に絡みついて壁の一部と化していたため、あえて手を付けず放置している。下手に手を加えて建物が崩れても責任はとれない。


 蔦に隠れて分かりにくいが、石造りの壁も、積み上げ方がところどころ不格好だ。その石も苔むしていたり、お世辞にもきれいとは言えない。これでも、イザベルたちが手を加えていくらかマシになったのだ。きれいな造りの部分もあるから、おそらく何らかの理由で大きく損傷した後、素人の手で修復されてきたのだろう。


 イザベルは一度目を閉じて、深呼吸をした。再び目を開けた後は、今から始まる儀式に意識を集中させる。


 教会内で焚いていた火の跡はきれいに掃除され、講壇には厳かな表情でオリヴィアが立っていた。これまでどこかにしまっていたのだろう説教台は、彼女の身長には少し高そうだ。


 講壇の段差の下、イザベルはシャノンの隣に立ってオリヴィアに向き合う。イザベルもシャノンも、白いドレスとヴェールを身に纏っていた。


「ただいまより、新婦シャノンと新婦イザベルの、結婚の儀を行います」


 少し肌寒い教会に、オリヴィアの声が響く。あどけなさの残る声でありながら、凛として聞こえた。


 張り詰めた緊張感が漂っていた。でも、それは以前言い合いになったときのものとは違う。神聖で、荘厳で、それゆえに重い空気だった。 


「新婦シャノンは、イザベルを妻とし、愛しつづけることを誓いますか?」


イザベルの左側、シャノンに視線を向けてオリヴィアが問う。


隣で、息を吸う音が聞こえた。


「はい。誓います」


 シャノンにしては淡々と、けれども力強く。教会に響く声は、いつになく真剣な重みを帯びていた。


 オリヴィアの目が、イザベルに向いた。視線が交わる。


「新婦イザベルは、シャノンを妻とし、愛しつづけることを誓いますか?」


「はい、誓います」


 声は、かすかに震えていた。


 歳をとっても、離れ離れでも、シャノンが人を殺しても、変わることのない愛を。


 親愛。慈愛。友愛。敬愛。最愛。


 愛と名のつく全ての感情を、彼女に捧げよう。


「では、指輪の交換を」


 イザベルとシャノンは向き合った。イザベルが差し出した左手に、シャノンがそっと指先をのせる。


 説教台に置いていた白い布を、オリヴィアが持ち上げて二人に差し出した。布の上には、銀に輝く指輪が二つ並んでる。


 イザベルはその片方を右手で取ると、そっと、シャノンの薬指の第二関節まで嵌めた。そして、指の柔らかい部分に押し当てながら、付け根まで通す。


 ベールの奥で、シャノンの口元が緩んだのが分かった。イザベルもつられて、笑みをこぼす。


 重なる手をひっくり返す。シャノンもオリヴィアから指輪を受け取ると、壊れやすいものに触れるような手つきで、イザベルに指輪を嵌めた。


 イザベルの指輪は、シャノンの指輪を作る前に練習がてら作った。それを伝えたら、『何もできなくても、一緒に立ち会いたかった!』とシャノンはむくれていた。失敗するところを見せたくなかったんだ、とは格好悪くて言えなかった。


 シャノンが、イザベルのベールを上げる。改まった場で顔を見られることに、イザベルは気恥ずかしさを感じた。


 イザベルも、シャノンのベールを上げた。薄い唇、ほんのり色づいた頬、まっすぐ見つめ返してくる翡翠の瞳は潤んでいる。


 シャノンが、瞼を閉じた。雪のように白い肌に、睫毛が影を落とす。イザベルは、シャノンにゆっくり顔を近づけて、そのまま唇を重ねた。


 鼓動が伝わりそうなほどに近い距離。花のような甘い匂いが、鼻先をかすめた。


 イザベルは、彼女と過ごした日々を追憶した。それから、彼女のこれまでのこと、これからのことに思いを馳せる。


 シャノンの体温を感じながら、穏やかに澄んだ心で、ただただ彼女が愛おしいと、イザベルは思った。


 永遠のようで、短い時間だった。どちらからともなく、唇を離す。離れたぬくもりが、既に恋しい。


「今、あなたたちは誓いにより結ばれ、神の前で夫婦となります。何人も、これを引き離すことはできません。これは聖なる誓いであり、永遠に続く誓いであると、神の御前で宣言します」


 オリヴィアの言葉の後、一呼吸おいて空気が弛緩する。予定していた段取りは、すべて終わった。


(準備にかけた時間の割に、案外あっけないな)


 拍子抜けではあるが、それでもイザベルは穏やかな幸福に満たされてた。


 なんとなしに、三人は顔を見合わせる。


 オリヴィアは、緊張が抜けたのか、ふにゃふにゃと笑っていた。


 シャノンは、幸せそうに微笑んでいた。しかし、オリヴィアとイザベルの腕を掴むと、とろけるような笑顔を、悪戯っぽい笑みに変える。


「外、行こ!」


「えっ」


 オリヴィアの驚いた声を無視して、シャノンは二人の腕を引っ張って歩き出した。イザベルの足がもつれる。シャノンは踊るような軽やかで、足を使って扉を開けた。そのまま、二人を引きずるように外へ飛び出す。日差しの眩しさに一瞬、イザベルは目を細めた。


 雲一つない青空だった。空気は澄んで、土と草の匂いが肺を満たす。まだ肌寒い気温の中で、太陽の光が穏やかに暖かかった。


 日陰にはまだ雪が深く残っているものの、日の当たる地面はむき出しの土だ。丘の下に目を向けると、廃墟となった街並みが広がっている。


 かつて栄えていた文明を思って物思いにふけるイザベルを、にまにまと笑うシャノンが両腕で持ち上げた。そして、シャノンはそのまま、ぐるぐると回り始める。イザベルの身体が、遠心力で外側に引っ張られる。


「っな、おい!」


「あはははは」


 イザベルは思わず、シャノンの肩にしがみついた。身体が浮き上がる感覚に本能的な不安を覚えるイザベルとは対照的に、シャノンはこの上なく楽しそうに笑っている。


「いい加減に、」


 以前のように頭突きをしようとするイザベルの動きを察してか、シャノンが先手を打つ。


「えいっ」


 シャノンに抱きかかえられたまま、身体が傾く。


「やめ――」


 残雪に、勢いよく飛び込んだ。ドレスの生地は薄く、雪の冷たさに肌が一瞬で粟立つ。雪はざらざらと硬くて、氷の粒と表現したほうがいいかもしれない。溶けては固まるのを繰り返しているせいだろう。


「あははは!」


「……はあ。まったく、はしゃぎすぎだ」


 イザベルは呆れてため息をつく。それでも、シャノンはやはり楽しそうだった。


 仰向けに寝転ぶ二人の元に、オリヴィアが呆れながら近づく。


「もー、大丈夫ですか?」


 起き上がろうとしないイザベルに、オリヴィアは手を差し出した。イザベルはその手を取ると、地面の方に勢いよく引っ張った。


「きゃっ」


 バランスを崩したオリヴィアが、仰向けに雪に倒れこむ。


「きゃー! 冷たーい!」


 悲鳴を上げて身体を起こしたオリヴィアは、自分を抱きしめるようにして両腕をさすった。雪を掃いながら立ち上がると、再度イザベルを見て、なげやりに叫ぶ。


「なんなんですか、もうー!」


「悪いな、道連れだ」


 イザベルは、意地悪な笑みを浮かべて言った。


 オリヴィアは少し意外そうな表情を浮かべて、呆れたように笑った。


 きっと自分も、浮かれているのだろう。イザベルは思った。


「私もイザベルの道連れになりたーい!」


「お前が、私を道連れにしたんだろう」


 イザベルは仰向けのまま、顔だけを左に向けた。最愛の人の不満げな顔が目の前にあったので、掴んだ雪をその首元に押し当てる。


「つっめたーい!」


 シャノンは跳ね起きて、獣がするように身体を震わせて雪を振り払った。イザベルは、喉の奥でクククと笑う。


「さすがに寒いねぇ! 戻ろ」


「ああ」


 シャノンが差し出した手を掴んで、イザベルは今度こそ立ち上がる。


「イザベルさーん、薪は組んだので火をお願いしますー! このままじゃ三人そろって風邪ひいちゃいますよー」


 一足先に教会に戻っていたオリヴィアは、薪のそばで毛布にくるまっていた。


 イザベルは苦笑しながら、「分かった」と返す。


 二人は、手を固く繋いだまま教会に戻った。



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