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 本格的に冬ごもりが始まってからは日中に特にやることもなく、式の準備を三人でのんびり進めた。集めていた布で衣装を縫い合わせたり、当日の段取りについて詰めていく。


 式そのものの知識はイザベルしか持っていないし、それすら曖昧なところが多い。だから、旧文明のやり方の大筋をなぞりつつ、細部については儀式の性質や当時の宗教観から類推した。


 あれから――話し合いを引き延ばすという嘘をオリヴィアが承諾してくれてから、教会は穏やかな雰囲気が保たれている。それが正しいことなのか、イザベルには分からなかった。でも、イザベルはオリヴィアと諍いを続けたくはなかったし、オリヴィアも同じ思いだったからこそあからさまな嘘に騙されてくれたのだろう。




 そして、いよいよ式が明日に迫っていた。


「指輪、失くしてないだろうな」


 冴え冴えとした月明りで教会は満ちている。祭壇に向かって左の壁側で、毛布にくるまれたオリヴィアは既に寝息を立てている。反対側の壁で寝る準備をしていたイザベルは、どうも寝付けなくて隣で横になっているシャノンに話しかけた。室内とはいえ活発に動き回るシャノンなら失くしかねないという懸念があったのも、事実ではある。


 まだ眠ってないくせに返事がないことに小言を言おうとシャノンをじっと見つめて、声が詰まる。


 シャノンは、何か思いつめたような表情を浮かべていた。緩慢とした動作で、シャノンは身体を起こす。


 イザベルが動揺していると、か細い声でシャノンは問うた。


「イザベルは、私でいいの?」


「……何がだ?」


 本当に何の話だか分らないので、イザベルは訊ねかえした。なるべく優しい声を出すように努めたが、慣れていないせいで上手くはいかなかった。


 シャノンは、ゆっくり言葉を重ねる。


「儀式のこと。……私は、いつまでも過去を引きずって、今一緒にいる人を蔑ろにしようとしているのに。そんな私でいいの? 今、私なんかを選んで、永遠の愛を誓って、後悔しない?」


 シャノンの声は、上擦っていた。今にも目から涙が溢れ出しそうだった。


 イザベルは、シャノンに近寄ると、優しく抱きしめた。嗅ぎなれた、花のような甘い匂いが鼻孔をくすぐる。シャノンの頭を撫でながら、正直な気持ちを伝える。


「……お前の復讐を諦めさせたいと思ったことがないと言ったら、嘘になる」


 腕の中でシャノンの身体がこわばるのが分かった。


 思っていることを正しく伝えられるように、慎重に言葉を選びながらイザベルは続けた。


「でも、お前の苦しみを終わらせるために、必要な過程なんだろう。過去とケリをつけて、お前はようやく、今を生きられるようになるんだろう。だったら、私はお前を否定しない」


 鼻をすする音が聞こえる。


「それに、お前が『今一緒にいる人を蔑ろにする』って言うなら、私も同じだろう。私は使命感に、お前は憎しみに、生かされてきた。そして、二人ともその生き方をやめられなかった。だから、言いっこなしだ」


 ちゃんと、伝わっているだろうか。柔らかい髪を撫でつづけながら、不安になる。シャノンには、優しい自分でありたい。どうすれば泣きやんでくれるだろうか。


「未来については、断言できない。お前の言う通り、いつか後悔する日が来る可能性もある。だけど、私は今、お前を愛しているし、愛しつづけたいと思ってる。『私でいいのか』なんて、ふざけるなよ。私は、お前がいいんだ。お前じゃなきゃ、嫌なんだ。分かったか」


「……うん、うん」


 腕の中でシャノンが頷くのが分かった。シャノンの声は、涙のせいで濁っていた。

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